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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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悔いはなく、心は乱れる

 ウェンターがそこに辿り着くには随分とかかった。村に入り込んだ魔物を掃討し、襲撃はもうこないと確信できるまで再び陣で待機。失神して後方に下がっていた仲間が復帰したので後を任せ、ようやく猟師を追うことが出来た。

 ウェンター一人だけだ。同伴はない。

 傭兵の大半が傷を負っている。手当がいるし万一の備えも必要だ。だから同じく軽傷な団長を抑え込んで、単独で村を出たのだ。

 闘技場出身で走行スキルの低いウェンターでは、ジョギング程度の速度しか出せなかったが、そこはもう妥協するしかない。

 走ってはSP回復のための休憩を取り、全快に近くなったらまた走り出す。ままならない自分の身体に苛立ち、時折通り過ぎる魔物の死骸に呆れた視線を送る。


 ……どの死骸も、大半が一撃か二撃で殺されている。あれほどの戦いの後ですら、まだ技が衰えないか。

 だがこれは吉報でもある。いくらその手腕が卓越していても、出くわす魔物全てを殺していれば時間もかかる。

 足の遅いウェンターでも充分追いつけると判断した。もう日は暮れてしまったが、日付が変わるまでには帰れるはずだ。

 ……村に戻る際は死骸を回収しておくべきだろう。インベントリにある剥ぎ取りナイフを意識しながら、ウェンターは足を速めた。



   ●



「これは……」


 そして、彼はそれを見た。


 一見すると、それはまさに地獄絵図だった。

 街道の先、たとえるなら25mプールほどの範囲が、ガス爆発で吹き飛んだ火災跡のように真っ黒になっている。それはまるで、昔義務教育で習った戦争の空襲後の写真を彷彿とさせた。

 一体何が起きたのか。火災跡の中心には大きな炭が寄せ集めたように折り重なっていて、形からしてまるで人間のようにも――


 ――――まて。


「まさか……」


 夜闇の中、ちらつく残り火を頼りに目を凝らす。……炭の一部が崩れ落ちていた。中身が露出し、白い何かが覗いている。

 ――あれは、骨か……?


「…………っ」


 周囲を見渡して猟師の姿を探す。ここで何が起きたのか、彼なら知っているのではないのかと――


「っコーラル……!」


 はたして彼はそこにいた。街道の端にいて気が付かなかったのだ。猟師は黒く焦げた地面に跪き、静かに手を合わせていた。

 咄嗟に問い詰めようとして息を呑む。彼の周囲の惨状に。


 死骸が散乱していた。

 小人やゴブリン、虎や熊。村を襲った魔物ばかり。折り重なるように死骸が広がっている。

 まるで巨人が癇癪を起して暴れたみたいだ。

 全てが頭を一撃で潰され、周囲に脳漿を撒き散らしている。

 猟師の手元には長柄の戦鎚があり、柄頭に至るまでが血に染まっていた。


 これを、この猟師がやったのか。


「…………傭兵か」


 目を伏せたまま男が言った。億劫そうに戦鎚を手に立ち上がり、焼け野原を見回す。


「見ての通りだ。いつの間にか逃げ出していた一部の村人が、魔物の残党と一緒に竜騎士に焼き殺された」

「――――――」

「……そう珍しいものでもない。この世界が中世ヨーロッパ風というなら、農民の命など塵芥のようなものだろうし、俺たちのいた世界でも、ナパームで一般人を焼き殺した馬鹿は――ん? ああ、そういえばお前はプレイヤーなんだったか。なら説明もいらないだろう」


 そこで猟師はウェンターに初めて気づいたように一瞥して息をついた。……どこか遠くを見て、疲れ果てたように。


「……なんということでもない。どこにでもある光景だよ、これは。いつだって理不尽は弱った者の命を奪っていくし、奇跡は滅多に起きないから奇跡という」

「――――奇跡」

「そう。起こりえない偶然を期待しなければ彼らは助からず、当然のように起こらなかったがために彼女は順当な死を迎えた。これがどこぞの神の子なら、あのブレスの行く先を歪めでもしたのだろうが、残念ながら昔から神様とは縁がなくてね。

 ――――つまるところ、わたしに奇跡は起こせない」


 猟師の顔は無表情だった。つまらなげに語る姿は、この光景に何も感じていないようにも見える。


 だが、その固く握り込んだ拳は。

 その篭手から滲んで漏れる紅い粒子は――――


「……守り切れなかったと、あんたはそう言いたいのか?」

「……いいや、守り切ったとも。彼らが勝手に逃げたのは完全に想定外のことだった。そこに俺や傭兵たちの過失はない。スタンピードのさなかにこんな山沿いの街道を進めば、はぐれ出た魔物と出くわす可能性はあった。彼らはそれを見て見ぬふりして無謀な旅に出て、分の悪い賭けに負けたに過ぎない。守る対象でなくなったんだ。

 だから、守り切れなかったと表現するのは正しくない」


 ただ、と猟師は続けて。


「少しは、村に溶け込めたと思っていたんだ。村にただ一人いる猟師として、少しは信頼を得ていると思っていた。……自惚れだったらしいな。これだけの人間が、俺たちを信じずに自らこぼれ出て行ってしまった。それが残念でならない」

「信じる、信じないの問題じゃないと思う。あの戦いは、確かに俺たちの分が悪かった。……見放して逃げるのは、目端の利く人間なら当然のことだろう」

「――――ああ、そうだな。そうだとも」


 残ったものは逃げても後がなかったから逃げられなかった。去ったものは持ち出せる余裕があったから村を見捨てた。ただそれだけだ。

 単純に立場が異なっていた。誰もがそれぞれの立場によって、当然の決断をした。彼らの決断を糾弾できる者などいない。


 自分はどうだろうか、とウェンターは自問した。

 ……たとえば、自分の住んでいる場所に近い将来災害が起こり、そこに住む人々が八割がた死ぬと予想されたとしたら? 自分には多少の蓄えがあり、家族全員が乗れる車を持ち、すぐにでも逃げられる態勢が整っていたら?

 たぶん、家族だけを連れて逃げていただろう。友人も近所の知り合いも見捨てて、自分たちだけは逃げ延びようとしただろう。

 そして移動中、突如起きた地割れに車ごと巻き込まれて全滅する。そんな自分の末路が目の前の惨状だ。

 当然の決断だ。誰に責められるいわれも、誰を恨む理由もない。


「だからあんたも、そう気に病むことは――」


 ウェンターがそう声をかけようとしたとき。


 ――――ぱん、ぱん、ぱん、と。


 誰かが手を鳴らす音が聞こえてきた。単調な拍子で、まるで退屈なままに終わった演劇に送るような、侮蔑を籠めた拍手だった。


「誰だ……!」

「――――――」


 長剣を抜き放ち、音のした方向を探る。猟師が無言で街道の先の闇を睨みつけているのが見えた。

 そこには、


「ふふふ……。随分と退屈な三文芝居ですね、『ご客人』が二人して。……所詮あなた方には、一夜の夢のように取るに足らないもののはずなのに」

「――――随分と陳腐な感想だな、魔族殿」


 口元に嘲笑を浮かべる、一人の魔族の姿があった。

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