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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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取りこぼしたもの

「ふっ……!」


 摺り足で踏み込み、牙刀にて突きを放つ。一直線に奔った切っ先はオークの兜を避けて目を狙い、誤りなく眼球を潰し眼窩を貫いて脳を破壊した。

 オークはメイスを振りかざしていたが、懐に入ってしまえばそんなものは怖くない。この体勢からなら迎撃を受けたところで肘打ちが精々だし、今だってオークは手からメイスを取り落して動かなくなった。

 敵の頭からずるりと短刀を引き抜く。……だいぶ刃毀れがひどくなってきた。切れ味はとうに失われ、今は刺突だけに用いて騙し騙し運用している。


 ……まあ、この戦いもそう長くはかからないだろうから、あまり心配はしていないが。


 戦局はもう定まっている。必死こいて駆けつけたときは傭兵どもの腑抜けっぷりに唖然としたが、そこは団長がカリスマを示してくれた。士気を立て直した『鋼角の鹿』は次々とオークやゴブリンたちを撃破していっている。

 形勢の変化に伴い魔物たちもようやく怖気づいてくれたのか、ちらほらと北へ撤退を決め込む個体がいくらか見られた。

 守り切った――もはやそう判断しても十分な状況だ。


「コーラル!」


 団長が呼んでいた。真新しい予備の鉄剣を手に、足元の小人を斬り捨てている。動きにキレは残っていて、まだ当分は戦えそうだ。


「――何があった!?」

「何体か、ゴブリンやら脚の速い魔物やらが守りをすり抜けた! 中心の方に行く気配がないから、やつら守りを西に迂回して街道から逃げる気だ!」

「西の見張りは!?」

「撤退の呼子は鳴らしてある! あとは祈るしかねえ」

「――――」


 臍を噛む。声を上げて罵りたいのをかろうじて堪えた。……仕方のないことだ。傭兵たちも随分数を減らしている。軽傷で済んでいるものでも数人ほど。完全な防御など望むべくもない。

 村の住人は酒場の地下室に押し込めてあるという。不測の事態、いざ村が飢えたときに備えて大量に食料が備蓄してある。当然スペースも相当なもので、住人の大半を収容可能だ。……恐らく今頃、満員電車のように足の踏み場もない様相と化しているだろうが。


 村人の心配は必要ない。以前確認したが、地下倉庫のはね扉は強固なものだ。オークの大半を殺した今、あれを強引にこじ開けられる腕力と器用さを持つ魔物はいない。

 となれば――


「先行して叩いてくる。ここがひと段落したら応援を寄越せ」

「村に被害は出ないんだ。別に、見逃したって罰は当たらねえだろ」

「あんたには実績がいるんだろう? 村を守り切ったという。……なら、変な難癖を付けられる余地は消しておこう」

「……悪いな」

「ふん……」


 鼻を鳴らしてそっぽを向く。まだ戦いのさなかにあるというのに、緊張感のない団長だ。


 ――――さて、気を取り直して追撃戦を始めよう。

 どうにも気が逸って仕方ない。嫌な予感が頭によぎった。



   ●



「ん……?」


 魔物を追って街道を西に走る。もう日は暮れて空に星が瞬き、夜目の効果がなければまともに進むこともかなわないだろう。

 道中で何体か魔物を殺している。熊であったり虎であったり、身長二メートルのゴリラなんて代物もいた。遭遇した魔物は何故かどこかしら傷を負っていて動きも鈍く、仕留めるのは二合もあれば充分だった。幸いなことにこちらは風下。気付かれる前に背後に忍び寄って牙刀で突き殺すだけでいい。


 ただ、それが仇となったのだろう。魔物を見つけて殺すたびに時間がとられて足止めを食らう。団長が言っていたゴブリンに追いつかないまま、追撃は一時間以上続いていた。

 もうきりのいいところで村に引き返すか、と半ば諦めたとき、遠くから声が聞こえた。


「あれは……悲鳴か?」


 いったい何故。この辺りに人が住む場所はなかったはず。街道を行く旅人だとしても、スタンピードの件は半島中に知れている。わざわざ出歩く馬鹿がいるとも思えない。

 疑問を抱えたまま声の聞こえた先へ進むと、今度は微かな、鉄を打ち合う耳障りな音が聞こえてきた。


 誰か、人間がいる? それも、何者かと武器を打ち付けあっている……?


「――――」


 さらに足を速める。今まで消費と回復が拮抗していたSPがじりじりと減少し始めた。

 何が起きているかわからないが、急がなければ手遅れになる気がする。


 そして、そこに辿り着き、その光景を目にした俺は、今度こそ絶句した。


「ば――――どうして……!?」


 そこには、魔物の集団がいた。ゴブリン、人狼、サーベルキャットに小人ども。

 そこまではいい、もともと俺が追っていたものだ。挑発と牽制を繰り返してそいつらをこの場に釘付けにし、何体か削りながら応援を待って本格的に討滅すればいい。

 だが、だが――――


「雑貨屋ァ! なぜそこにいる……ッ!?」


 お前は今、酒場の地下室にいるはずではなかったのか……!?


 その声に魔物の一部が反応して振り返ったが、そんなことは今はどうでもいい。


 人間の集団がいた。男女合わせて十人程度。見覚えのある顔がいくつかあって、どうやったか知らないが、村から出てきたのだと知れた。剣や斧を持つ男が二人、あれは恐らく傭兵団員だろう。

 人間の集団は街道の前後を魔物たちに塞がれていて、どちらに進むことも出来ずに包囲されていた。

 血だまりが見えた。地面に転がっている何かの肉片が見えた。あの細長い物体は女の腕か。


 死んでいる。この戦いで防げたはずだったのに、まるで関係のないこの場所で村人が死んでいる。

 戦う術を知らない人間だ。襲われれば逃げ散るしかない、食われるしかない弱い生き物だ。

 多数の傭兵たちを犠牲にして、守りきり生きながらえさせたはずの――


「が、ああああああああ!?」


 剣を持っていた傭兵が、腕を喰いちぎられて絶叫を上げていた。小人たちが槍を手に群がって男を引き倒し、止めを刺していた。

 また一人男が死んだ。農家の男で、名前は知らないが何度か酒場で顔を合わせていた。ゴブリンの持つ鉄片のようなナイフで首を裂かれている。口をパクパクと動かして酸素を求め、やがて目を見開いたまま倒れ伏した。


「この――――!」


 ――――させない。

 断じてさせない、これ以上は。

 疑問はある。混乱もしている。だが今はそれは些末なことだ。あとでいくらでも追及できよう。

 だから今は、この魔物どもをどうにか退ける。


 目の前を人狼が遮った。いつかのように血走って正気を失った眼。戦意だけは旺盛なようで、だらだらと血と涎を口から垂れ流してこちらを睨みつけている。

 その血は、誰のものだ。


「そこを、退け……ッ!」

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