表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
61/494

雄叫びを上げろ

 傭兵の命は軽い。それに比例するように、その給金も。

 当然だろう。彼らは金によって主を変える。金を積まれれば戦場のただ中ですら雇い主を裏切るし、命の危険のある戦いには決して参加しない。

 いやむしろ、勝算があったとしても、戦力が拮抗した時は出撃を渋ることすらある。彼らが進んで前に出るのは戦局が決した追撃戦ばかり。敵の背中以外は斬ったことがないという傭兵もいる。


 結局は、戦いではなく、殺しをしたいだけなのではないだろうか。


 命どころか血の一滴も損ないたくないのだと、ある傭兵は語った。酒の入ったジョッキを呷り、片手に女を抱きながら。

 ……その酒と女を買う金は、戦場になった村を略奪して得たものだった。

 西で散発した、砂漠民族との小競り合い。彼は昼の戦闘に参加せず、仲間とともに戦場の端にある、無防備な小さな村に襲い掛かり、それが戦功として認められたのだ。

 その村の住民は皆殺しにされたという。この廃棄村のように、ほとんどが戦う術も知らない老人や女子供だったというのに。その男が何もしなければ、その村は戦場と認められることすらなかったというのに。


 必要な汚れ仕事だと雇い主の騎士は言った。虫唾は走るが、敵の作る麦を減らすことは、敵を減らすことにもつながるからと。

 清廉潔白な騎士様にはできない。だから汚れ仕事は傭兵にやらせる。だから傭兵の給金は安い。不足分は略奪によって補うのだから。


 ……そんなもの、そこいらの山賊と何が違う。


 ――そう、情けを知らず、誇る義もなく、信を得る努力もしない。それがこの大陸の、この時代の傭兵である。


 それが、イアンはたまらなく嫌だった。


 いけないのか、傭兵が誇りを胸に戦っては。

 弱者から奪い取るのではなく、正当な客のみから高い報酬を受け取り、弱きを助け、強きを挫く。そんな傭兵は時代遅れなのだろうか。

 英雄になりたい。本当の戦士になりたい。

 幼い頃寝物語に聞かされた、征服王に従った傭兵卿のように。

 綺羅星のような豪傑と轡を並べ、ともに倒した強敵について語り合いたい。

 苦難に襲われるか弱い娘を颯爽と救い出し、報酬は頬への口づけだけでいいと気障な台詞を吐いてみたい。

 保身に走る騎士を尻目に、報酬を出すならどんな相手とだって戦ってやると吹いてやりたい。魔王の首にいくら出す、と格好をつけて言ってやりたい。


 ――それが、この鉄剣の原点だ。


 仲間が欲しい。ともに誇りを胸に、理想を語り、未来に向けて走っていける仲間が。

 そのためなら、たとえ千金だって惜しくはない。

 力なんていらない。そんなものはともに歩いていれば身につくものだ。

 才能なんていらない。そんなものは仲間とともに見つけていくものだ。


 金は要らない。俺にはこの鉄剣があればいい。

 金は、俺以外の誰かのため使う。そうやって仲間が増えていく。

 死んだ者もいる。怪我で抜けていった者もいる。それでも――


 ただ、思いが。


 思いがともにありさえすれば、俺たちはどこまでも昇っていけると――――!



   ●



 ――そんな、俺たちを。この猟師は何と言った……?


「雑兵、だと……?」


 声が震える。握り込んだ拳がぶるぶると激情を抑え込む。

 そんなイアンを、目の前の猟師は臆面もなくせせら笑った。


「そうとも。ここでお前たちが死ねば、『鋼角の鹿』などどこにでもいる犬死にした傭兵団の一つだ。お前たちの積み上げた実績は、その犬死ににすべて打ち壊される。誇りや面子なんて脆いものだ。

 ――――そら、あとに残るのはただの雑兵。ただの木端武者だろう?」

「――――――」


 ――侮辱するのか。俺を、仲間を。村のために死んだ傭兵を。


 目が眩む。あまりの怒りに頭が煮え立つ。

 イアンが何も言い返さないのをいいことに、猟師は嘲るように鼻を鳴らした。


「……まったく、大層な大口を叩くかと思えば、こんなところで全滅しかけている。期待外れもいいところだ。こんな腰抜けに雇われようとしていたなんて、自分が恥ずかしい。……これならさっさと見切りをつけて、山に逃げ込んでおけばよかった」

「言いやがったな、猟師風情が」

「戯け。その猟師に気後れしているお前は何だ? 戦士か? 小娘か? 小鹿か? ――ああ違ったな。お前自身が言っていた。……お前は風見鶏だ」

「…………ッ!」


 風見鶏。日によって仕える相手を変える傭兵を揶揄する言葉。イアンが最も嫌う言葉。それを猟師は口にした。


「お前はそこらの傭兵と何も変わらない風見鶏だ。お前が自慢げに掲げているきらきらした角も、さっさと鶏の模型に差し替えてしまえ。そのほうが紛らわしくないか――」


 ガン! と。

 猟師の声を遮って、イアンは剣と盾を打ち鳴らした。耳障りな音が響く。


「…………違う」

「何が違う」


 再び、盾を打ち鳴らす。さっきよりも力強く、盾を持つ手が痺れるほどに。


「……俺たちは、鋼角の鹿だ」

「ほう?」


 猟師が眼を細めた。その眼を見据えて、イアンは続ける。盾を打つ。


「――そう、俺たちは鋼角の鹿だ。誇りある傭兵だ。ザルム渓谷に覇を唱える、無敗の鹿だ」

「そうだとも……!」


 カンッ、とすぐ傍で音が響いた。ウェンターだ。手に持つ長剣の柄頭を胸甲に打ち付け、彼はその胸を張った。


「鋼角の鹿は群れの仲間と角を並べ、逆落としに敵を串刺しにする。友と歩を並べるからこその無敗だ」


 また、音が響いた。先鋒の班長を任せていたガインだ。


「臆する鹿はいない。彼らは常に前だけを見て、敵を貫くことだけを考える」


 傭兵たちは言う。己の武器を打ち鳴らして。


「死を恐れる鹿はいない」


「いや、死の中に笑って突っ込むのが俺達だ。その先を、友が進むと信じているから」


「犬死にする鹿はいない」


「友がさせない。仲間の屍を踏み越えて、その遺志を継ぎ続けるから」


「鹿は負けない。俺たちは必ず勝つ」


「敵を打ち倒したそのあとに、俺たちは仲間とともに勝ち誇る」


「鋼の角を振り上げて、俺たちは勝鬨を上げるんだ……!」


 剣が鳴った。槍が鳴った。弓が鳴った。石を持つものは足を踏み鳴らした。

 普段なら五月蠅いだけの、耳障りな騒音が、今はこれほどに頼もしい。


 ――これをみろ。

 ――これこそが俺の誇りだ。

 ――これが、この夢見がちな団長についてきてくれた若い鹿だ。

 ――これが、この無謀な理想に共感してくれた若い傭兵だ。


 ――――断じて。


「断じて、俺たちは風見鶏なんかじゃない……!」


 そんな傭兵たちに、猟師は何を見たのだろう。

 掴みどころのなかったその瞳は、挑むように、願うように見開かれていた。


「――――結構」


 言葉を返した猟師は、口元を微かに緩めた。


「左男鹿の八つの耳を振り立てて、か……」


 意味の通らない言葉を呟き、今度こそ猟師は傭兵を見つめる。

 侮りはない。蔑みもない。

 その眼には殺意が、戦意が、ギラギラと溢れんばかりの激情が漲っていた。


「ならば構えろ、傭兵(ハスカール)! 団体様のご案内だ……!」


「鋼の鹿に栄光あれ!」

「鉄剣に!」

「ハスカールに!」


 傭兵どもが気勢を上げる。手始めに脚が潰れて身動きが出来ないトロールを血祭りにせんと群がっていく。

 そのあとは――――いや。

 結末のわかりきった戦いを語る必要はないだろう。

 鋼角の鹿は無敗の鹿だ。その名を冠する傭兵も同様である。


 付け加えるなら、蛇足に一つ。


「ハスカール、か……」


 聞きなれない言葉に傭兵団長の口元がにやつく。

 よくわからないが、格好いい響きだな、と珍し物好きの心が疼いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ