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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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最速の魔族

 皆さんこんにちは、不意の濃霧に襲われて全身ずぶ濡れ。何だか風邪っぽいコーラルです。

 魔物を率いてやってきたチンピラっぽい魔族を片付けて、いざ本隊を追撃しようとしたときに、何やら戦闘狂っぽい新たな魔族に絡まれてさあ大変。

 なんでこいつ俺に絡んでくるの? こんなの普通じゃ考えられない! 平和的な提案は一顧だにされず、嬉々として槍を手に襲い掛かってくる始末。

 こんなに人間と魔族で意識の差があるとは思わなかった……!


「オラァッ!」

「――――ッ」


 裂帛の気勢と迫る穂先。両手に持った牙刀で絡めとり、どうにか受け流してやり過ごした。

 速い。踏み込みから刺突まで瞬きほどもかからなかった。あの様子なら恐らく百メートルに三秒もかかるまい。あの加速がもう少し近くで行われていれば、防御は間に合わなかっただろう。

 刺突を躱された魔族は、突進を止めることなく通り過ぎ、十歩ほどで制動してようやく振り返った。


 ……騎兵のランスチャージかよ。槍の意味あるのか、それ。


 内心でぼやきつつ、二刀を中段に構える。

 都合三度、魔族の攻撃をいなしているが、その全てがあのような直線的な突撃で、まるで払っても払っても構ってくる虻か蜂のようにヒット&アウェイを繰り返している。

 だが動きそのものは単純で、適切な距離さえ保って助走のタイミングを見図れば受け流すのは可能だ。


 ――それが、とんでもない膂力で行われていなければ。


「オオオオオ!」

「くっ……」


 再度の突撃。刃を合わせて軌道を逸らす。擦れあった武器は火花を散らし、互いを押し退けんとせめぎ合う。

 ――押し負ける。そう判断するや身体を横に流した。紙一重。胸の革鎧を削りながら槍が過ぎ去っていく。

 男の背を目で追いながら歯噛みする。あの隙だらけな背中に追撃が叶わない。ただ速くて追いつけないという理由だけで。


 翻弄されている。速度と技量にはそれなりに自信があったが、この男の速度は俺の遥か上を行っている。

 恐らくこの男の成長は敏捷と攻撃に偏っているのだろう。それもHPやMPに振り分けられる分も費やして。そうでなければ説明がつかない。 

 種族選択の際、こういう極振りキャラが生まれるとしたらこの魔族くらいだろうとは思っていたが、まさかここまでとは。


「ははっ! すげえじゃねえか、おっさんよ。俺の攻撃が四度も躱されたのは初めてだぜ」

「そっちこそ。ただ突いてくるだけの槍にここまで手こずるとは。……よほどステータスに差があるらしい。――参考までに、レベルと敏捷値を聞いてもいいかな?」

「おいおいマナー違反じゃねえのか、そういうのって? まあ、どうでもいいがよ。

 レベルは25、敏捷値は200を超えたあたりだ」

「…………」


 マジですか。想定以上の返答に絶句する。

 どうしてこう魔族ってのは、無駄に強いのばかりなんだ。

 チートか、チートだろ。プレイ始めてたかだか半年たったくらいでそこまでレベルが上がるものなのか。

 おまけに、槍そのものまで厄介となれば始末に負えない。


 そう、槍。

 魔族の持つ槍。見た目はいたって普通の2メートルほどの長槍に見える。どうにも見覚えがあると思い返してみれば、スタンピードを伝えに来た役人が連れていた護衛の所持品にそっくりだ。

 ただ決定的な違いはその装飾。穂先から石突きまで、幾何学的な模様が槍を覆っている。

 まるで、あの山賊長の戦鎚のように。


 ……ここでも麻痺の武器かよ、クソが。


 内心で大いに毒づく。あの戦鎚といい、最近は既製品に加工を施すのがトレンドであるらしい。

 最初はまるで気づかなかった。初撃をしのいだ時に受けた手に異常を感じ、二撃目で付呪の存在を確信した。三撃目で山賊長とやり合った時のように魔力を放出して相殺しようとしたのだが、困ったことにあの戦鎚より強力な付呪であったらしく、ほとんど軽減できた気がしない。


 痺れ始めた手で牙刀を握り、改めて魔族と相対する。

 ……この戦い、そう何度も打ち合っていればこちらが不利となる。あと数撃、できればあの槍を迎え撃つことなく、一撃で事を終えるのが理想だ。


 ――――勝機は、ある。


「いや、驚いた。速い速いと思っていたが、そこまでとは」


 口を動かして時間を稼ぐ。今から行うことのために、少しでもMPを回復させておきたい。


「後学のために、どうやったらそこまでレベルが上がるのか、秘訣でも教えてもらいたいものだが」

「胡麻磨りかぁ? ……んなこと聞いたって、おっさんじゃ実践できねえと思うぜ。人間と魔族じゃ、レベルの上がり方が違うみたいだしよ」


 呆れた様子で魔族が言った。ただ律儀な性格なのか、聞かれたことには答えてくれる。


「それは知らなかった。魔族はレベルが上がりやすいのか」

「ステータスの上がりも早いぜ。だがスキルの習得が半端なく遅くてな。動くたびにスタミナをとんでもなく使っちまう。だからこんな風に殴るたびに離れて休憩を入れてるわけだが。つまり――」


 そこで、魔族は腰を深く落として槍を構えた。背中の翅がちりちりと震える。


「おっさんの時間稼ぎは、俺にとっても好都合だったってわけだ」


 ばれてーら。

 諦めて前方に意識を向ける。MPは……ぎりぎりというところか。


「……俺のアバター名、『バアル』っていうんだがよ。元ネタは聖書の方なんだが」

「蝿の王か。するとその翅も蝿の?」

「さあ? 細かいことはどうでもいいが、蝿ってのが気に入ってる。

 知ってるか? 蝿は瞬きの間に100回以上羽ばたきをする。主に飛行ルートの変更のための動きなんだが、――――その動きを直進のみに使ったら、どうなると思う?」


 ――――ォォォオオオオオオ……


 音が聞こえる。

 それはレシプロ機のプロペラが回る音に近い。現実の蝿の出す騒音は耳障りなだけだが、それが長さ1メートル以上の翅から放たれる音は、サイレンのように低く響いてきてひたすら不穏だ。

 魔族――バアルは背中の翅を残像混じりにはためかせ、ぎらついた笑みを浮かべた。


「これが俺の必殺ってやつだ。――心して受けろよ?」

「――――――」


 是非もない。真っ向から来るというなら、迎え撃つまで。

 目を閉じる。意識は己の中に沈める。……大丈夫、魔力は煮え立つように漲っている。全身から放出し周囲に漂っている霧を再度掌握する。


 そうして、意識を切り替える。

 目は用をなさず、耳は何も捉えない。鼻はつまったように機能を止め、肌の感覚などとうに消えた。



 ――――今この瞬間、わたし(・・・)は霧を通して世界を視る。



「今更目くらましか! もう効くかよ、間抜けが……!」


 真っ白い霧に包まれ、激昂した男が突進を開始した。なるほど大した速さだ。ともすれば亜音速に到達するだろう。霧はわたしの姿を隠すにはほど足らず、迷いのない彼の突きは誤ることなくこの身を貫く。今のわたしにこれを躱す術などあるまい。

 だが脅威ではない。脅威ではないのだ、若者よ。

 速いからなんだというのか。強いからなんだというのか。肝要なのはその精度。己を御する術ではないのか。

 霧が見る。霧が聞く。霧が感じる。五感を用いぬからこそ目の前の不調和が手に取るようにわかる。

 己を顧みるがいい。重心は上下し、体幹は左右に乱れている。ただ走り突き込むだけの単調な一撃。……それが必殺? 笑わせるな。

 強大な推進力を生むはずの翅の動きが、逆に身体の流れを損ねている。それでまともな刺突が叶うものか。


 両手は大上段に掲げた。

 既にこの手に牙刀はない(・・・・・)


「――――――ぉ」


 放て、大喝を。

 この未熟な若者を、叱り飛ばさずして何が先人か――――!


「おおおおおおおおおおおお!」

「――――――ッ!?」


 振り下ろした。

 手に持つのは麻痺の戦鎚。

 渾身をもって打ち抜いた一撃は、魔族の突撃の軌道上にするりと入り、槍を砕き、その腕を叩き折って地面に炸裂した。



   ●



 頭が痛い。胸がむかむかする。

 変な魔法を使ったせいで脳に負荷がかかったのだろう。鼻血どころか血涙まで出てきて視界が真っ赤だ。


 馬鹿なことをやった。霧と同調するなんて、二度とやりたくない。

 非合法ドラッグをやってラリった以上の衝撃だった。霧なんていう五感に適応しない感覚を、無理矢理変換して脳内に展開すればキャパオーバーで破裂する。

 もたらされた情報は景観を虹色に歪め、全身をカレー臭のきつい風呂桶に浸からせて、音響を蝉とボブディランと三波春夫の大合唱に昇華させたのだ。あれが一分も続けば廃人待ったなしである。

 さっきだってあの魔族を迎え撃つときの記憶がほとんどない。気が付けば牙刀はインベントリに放り込まれていて、いつの間にか指先に山賊長の戦鎚が引っ掛かっていた。手ごたえはまだ残っているから、さすがに仕留めたと思うが……。


 ……とにかく、最悪極まりない。

 気持ち悪くなって蹲り、胃の中の物を吐いたら、出てきたのは朝食の携帯食ではなく血の塊だった。


「……これはもう、だめかもしれん」


 半ば冗談でもなく呟く。と、


「おいおい! せっかく勝ったのにそのざまかよ!」


 呆れ返った声が鼓膜を震わせた。

 霞む視界で声の主を探すと、やや離れたところでバアルが胡坐をかいているのが見えた。

 血涙のせいでよく見えないが、その表情はどこか気遣わしげに見える。


「…………なんだ、殺さないのか?」

「そんなざまのあんたを殺して、一体何になるってんだ! 肝っ心なところで締まらねえな!」


 不思議に思って問いかけると、逆に怒られてしまった。毒気を抜かれて呆然としていると、魔族は深々と溜息をついて首を振る。


「あーもう。興醒めしたじゃねえか。……槍は潰れて、腕も折れて、身体も何だか痺れる。――もー知らねえ。出来ることもねえし、帰るわ」

「――――バアル」


 何でもないことのように立ち上がり、腕をぶらぶらさせながら背を向ける男に声をかける。

 経緯はわからないが、見逃してもらえるらしい。なにか、謝礼になるものがないかと考えて、ふと思いついた。


「お仲間の首はいらないか? インベントリにあるんだが正直持て余してるんだ。……上司に渡したら礼金でも貰えるんじゃないか?」

「いらねえよ気持ち悪い! あんたはどこの戦国武将だ!? 群れも止まってねーのに呑気なこと言ってんじゃねえよ!」

「そうか、なら礼代わりに少しアドバイスを。――次に会うまでに、槍の扱い方を学ぶといい。今のままでは、内ゲバで角材を振り回す学生と変わらない」

「あーそうかい。本気で余計なお世話だっての。次会うときは今度こそぶっ刺してやるから覚悟するんだな」


 心なしか拗ねた様子でバアルは肩をすくめ、今度こそ立ち去った。


「…………」


 完全に気配が無くなったのを確認し、今度こそぶっ倒れる。焼け焦げた地面に大の字になって空を見上げた。

 五分だけ、五分だけ休む。そしたら回復した魔力で傷を治して、今度こそ群れを追う。だから今は休ませてほしい。

 霧は晴れ、じりじりとした日差しが肌を灼いてくるが、その暑さすら今は心地いい。


 そういえば、あの魔族に名乗ってなかったな、と思い返すのは起き上がって再び走り出した頃だった。

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