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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
56/494

濃霧の戦い

1/25

一部描写に矛盾があったため修正しました。

 背中から貫いた牙刀は魔族の心臓を完全に破壊している。それなのにまだ息があるのは、この男の地力のなせるわざなのか。

 身体の所々に負った火傷の痛みに顔をしかめる。……本当に、手間取らせやがって。

 立ち尽くす男の後ろから、肩ごしに正面を見やる。そこには、


「……オークの、死骸……?」

「その通り。ちょっとしたトリックだよ」


 棒立ちに絶命している、オークの死骸があった。


 手品のタネとしては実に単純だ。火球に襲われる寸前に、事前にインベントリに入れておいたオークの死体を身代りにした。回収した当初はジョークのつもりだったんだが、まさかこんなところで役に立とうとは。

 水魔法で最初の火球をいくつか迎撃し、湯気を発生させて目くらましにする。あの爆風ならこちらを凝視してもいられまい。入れ替わる間隙は充分にあった。

 そのあとは仕上げだ。思わせぶりな人影に調子に乗った魔族が火弾を連射しているうちに、背後に回って仕留めればいい。


 もちろんそのために隠れ蓑も用意してある。周囲を覆う、この真っ白な煙である。

 この煙は燃焼によって生じたものではなく、大半は俺が水魔法で発生させた霧である。

 ……おかしいと思わなかったのかね? 煙がこんなに長々とひとところに留まるものかよ。馬鹿と煙は何とやら。さっさと空高くに登っていくものだろうに。

 爆発に伴い完全に視界がホワイトアウトした時は、俺ですら方角がわからなくなり、敵を見失いかけた。おかげで馬鹿の居所を知るために、やったこともない魔法に挑戦して一瞬廃人になりかけたのはいい思い出である。死んでしまえ。

 でもまあ、急場の作戦は奏功し、どうにか魔族を殺すことが出来たわけだが。


「げぅ、ぶ……」


 牙刀を引き抜く。支えを失った魔族は力なく崩れ落ち、仰向けに倒れ込んだ。

 霧を集める。白い霧はつむじ風のように渦を巻いて舞い上がり、柔らかく発光しながら俺を包んだ。

 ひんやりとした感触が心地いい。光魔法を含んだ霧は、身に纏う装備を濡らしながら火傷を癒していく。


「――な、ば……そん、そんなまほう、しらない。いやすきり、ある、わけが……」

「そうかい。だったらそんな魔法なんてないんだろう」


 こちらを見て何やらぶつくさ言っている男に溜息をつく。

 ……君、心臓がないんだから。往生際悪く動いてるんじゃないよ。


 ドラゴンは火を噴き、虫は毒を撒き散らす。メガロドンの胃酸なんて極上の魔法だ。俺がやっているのは多分それに近いものなんだろう。海でも散々やられた。魔法生物は魔法陣なんて浮かばせない。魚の口から出てきたウォーターカッターに眉間を貫かれたときは、変な笑いしか出てこなかった。

 系統だった技術を学ばなくとも、突き詰めれば似たような領域に踏み入ることがありうるということなのだろう。


 ――――さて、いい加減鬱陶しいな。

 放っておいても死ぬだろうが、無駄に苦しみを長引かせては人道にもとる。ここは介錯してやるのが後腐れがない。


 魔族の腹の上に跨る。血の滴る牙刀をその首筋に押し当て、左手を峰に添えた。


「ぁ――――」


 何か言ったか? ――まあいいか。

 感慨もなく刃を押し込んだ。心臓が動いていないのに血が噴き出てきて、顔を真っ赤に濡らしていく。

 ――ぶちん、と。

 きっちりと骨まで挽ききり、首の後ろの皮まで完全に切断する。なにせ初めて遭遇した生命体だ。ひょっとしたらプラナリアみたいに無駄に高い再生力を持っているかもしれない。しっかりととどめは刺しておかないと。


「ふん……」


 刈り取った首を目の高さまで持ち上げ、しげしげと観察してみる。肌が黒くて髪が紫なところ以外はいたって普通の首だ。不意打ちで致命傷を与えた分、顔に傷はほとんどなく綺麗なもんである。表情はぼうとして、半開きになった眼も恨みだの恐怖だのと言った感情が浮かんでいるわけでもない。

 不意の死に遭ったにしては、随分真っ当な死に顔だ。


 プレイヤーでありながら、死体は消える気配がない。消滅にもう少し時間がかかるのか、もうこいつのレベルは10以上に到達していてシステム的に消えることがないのかは、俺の知るところにはない。


 まあ、こんなところか。

 これで標的の魔族は倒したことになるのだろう。これからは南進している魔物の群れに追いついて、状況がどう変化したのか確認しないと。


 ――あぁ、ただ、その前に。


「――――それで、お仲間がやられたところを見てるだけで、お前は何をしに来たんだ?」


 その前に、さっきからそこにいる出歯亀野郎を問い質さないと。



   ●



 魔族の男だ。

 痩せ型の体型に長い手足。薄い青色の肌で髪は黄色がかった緑。頬にはひっかき傷のような刺青が施されている。

 そして何よりの特徴は、その背に生える羽だろう。

 二対四枚の半透明な翅だ。形としては蝿や蜂、あるいは蜻蛉に近い。

 時たまぶるりと震えるように動くのを見るに、飾りではないのだろうが。


 そいつはこのモナンが焼き払った火災跡から離れた、一本の木の枝に腰掛けていた。


「――驚いたな。あんた、いつから気づいてたんだ?」


 愉しげに男が言う。ここで何が死んだか、見えていないという訳でもないだろうに。


「……ついさっきだよ。お前、その霧に触っただろう?」

「へえ、そういうカラクリかい!」


 感心した風に男が膝を叩いた。勢いをつけて枝から飛び降り、地に足をつける。

 ――空中で背中の翅が蠢き、姿勢を制御していたのは見間違いではないだろう。


 ……この男を感知できたのは、俺がこの霧をセンサー代わりに使ったからだ。包んだもののおおよその形を把握できる。それが人型で動いているなら標的ということ。そうやってモナンの位置を特定し、背後から襲い掛かった。

 ……簡単に言ってるが、これ相当にしんどいから。頭痛が半端ないし、初っ端は情報の取捨選択が出来ずに忘我状態になりかけた。今でも鼻血がだらだらと溢れてくるし、二度とやりたくない。

 ああ、話を戻そう。

 そんなこんなでモナンの目を誤魔化していた時、一瞬霧が端の方で掻き乱された感覚があった。なんだなんだと探ってみると、そこには呑気に干し肉を齧りながら観戦している男の姿が。

 加勢にしては間の抜けたタイミングだし、首を落とす場面も傍観してるし、本当になんなんだ、こいつ。


「……それで、敵討ちでもしたいのか? 正直疲れてやる気が起きないんだが」


 そう言うと、男は心底馬鹿にした様子で俺の手にある首を見やった。


「俺が? そいつの? 冗談はよせよ! 俺はただの見届け役でね、その馬鹿を看取ってやっただけでも十分サービスしてるんだぜ」

「見届け役。それは初耳だ。つまりこの南進はこいつの独断じゃなく、何か計画に従ってのものなのか」

「大当たり。だが詳細は聞くんじゃねえぞ? 知らないもんでね。お上は俺たちプレイヤーがお気に召さないらしくてな。あれをやれこれをやれとは言われるが、どういう目的かまでは教えてもらえねえのさ」

「そうか、お前もプレイヤーだったか」

「応とも。だがそいつと一緒にされるのはごめんだぜ。あの守りを突破してからはほとんど馬鹿の独断で、俺はお上に言われて押っ取り刀で先行して追いついたってとこだ。……そうじゃなきゃ、今頃竜騎士相手に腕試しできたってのによ。

 まったく、雑魚を殺して経験値? 理解できねえよ。VRゲーの中でまで牧童気取りとは。……ゲーマーの業ってのは手に負えねえよな?」

「…………」


 しばし考え込む。

 このスタンピードは何者かに計画されたもの。ただ突破することは考えていなかった? まるで戦闘そのものが目的であるような――


 混乱する俺を愉快気に眺めて、男は言った。


「それにしてもいいのかよ? あの群れは馬鹿が溢れるカリスマで統率してたもんじゃねえ。群れに纏めて幻覚を見せて、進む方角を操ってるだけだ。馬鹿が死んだところで、一度始まった南進は止まらねえ」

「そうか。だったら早いところお暇したいんだが、構わないかな?」

「いいや、構う(・・)


 そう言って、魔族は手元に青白い光を灯らせ、インベントリから一本の槍を取り出した。


「――言ったよな? 本当は竜騎士とやり合うはずだったってな。それをそこの馬鹿に台無しにされたところで、あんたが現れた。……さっきのはいい戦いだったぜ」

「――――――」


 インベントリを展開する。とりあえず手に持つ首を収納に放り込み、二振り目の牙刀を引き抜いた。


「活きのいいプレイヤーは久しぶりでな。――――愉しませてくれよ、おっさんよ……ッ!」


 翅が蠢く。魔族が奔る。

 霧も晴れ去らぬ山の中、俺は二振りの牙刀を構えた。

 もうしばらく、戻れそうにない。

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