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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
54/494

魔族モナン

 作戦結果を報告する。


 ――――失敗した。


 繰り返す。遅滞作戦は失敗した。


 ……まあ、期間も作戦目標も曖昧なまま場当たり的に始めた時間稼ぎだ。どこかですり潰れるとは思っていたんだが。

 まさか、こんな形で妨害を受けるとは。


「…………」

「――――クヒ」


 相対する男に視線を向ける。

 薄気味の悪い男だ。髪は紫で肌は黒、口は耳まで裂けていて、おまけに口端にピアスをいくつも付けていて見るからに痛々しい。そして頭悪そう。

 襤褸切れのような服装から覗く手足には長い爪が生えている。お前どこの女子大生だと言わんばかりの長さで、あんなものをつけててまともな日常生活を送れるなんて信じられない。


 魔族。


 この大陸に現界して以来の人類種の天敵。

 俺が魔物の群れの中に認めた不審人物。恐らくこの騒動を引き起こした首謀者がここにいた。



   ●



 ……なんだってこんなことになったのやら。


 あれから何体かの魔物を殺した。群れからはぐれているやつを優先的に。

 基本は物陰からの射撃で。たとえ腕力とタフネスに優れていても、背中を取ってしまえばオークなどただのカモに過ぎない。延髄にボルトで一撃するだけの簡単なお仕事である。


 本隊にちょっかいをかけるのは諦めている。

 ――囲まれると終わる。あの猿だの人狼だのとの戦いで身にしみるほど理解した。もしあれのどれかにもう少し時間をかけていたら、追いついてきた人狼との連携に押し潰されていただろう。

 後方に脅威があることは奴らにも知れているはず。これ以上危ない橋を渡る必要もあるまい。


 なので、はぐれて一体になっているもののみを狙う。

 三体以上で徒党を組んでいる奴らは徹底的に無視する。人狼や虎のように鼻の利く獣も避けた。なのでメインの獲物はオークや小人となる。

 隊からはみ出て遅れている者は焦りから周囲への注意が疎かになる。殿軍としての訓練を受けていないただの魔物ならなおさらだ。

 襲うときは背後から。必ず一撃、あるいは振り返る間もなく二撃目で仕留める。悲鳴は上げさせない。時には弩弓で、時には牙刀で。

 ……正直、あまりの容易さに拍子抜けしてしまったほどである。何しろ誰も俺に気づかない。これならウォーセやその兄弟たちとやったかくれんぼの方がよほど手強かった。


 その慢心が、悪かったのか。


 気が大きくなっていた。後方に人狼が一体だけ孤立していたので、やれるかもしれないと迂闊に近づいたのだ。

 我ながら馬鹿なことをした。狼は群れる獣だ。複数で連携することで真価を発揮する。嗅覚と遠吠えで互いの動きを把握する彼らが、仲間とはぐれるなどあり得ない。……灰色達と生活していながら、そんなことも失念していた。


 くるりと振り返った人狼。まるで見え透いているとでも言いたげにはっきりと俺を見つめ、天高々に遠吠えを放った。

 その後はもう死に物狂いだ。遠吠えに呼ばれた仲間が集まる前に離脱しなければならない。脚に魔力を注げるだけ注ぎ、一瞬で人狼の懐に跳び込み、いまだ空に向けて吼え続ける喉を短刀で貫いた。

 勢い余って狼の首を刎ね飛ばしてしまったが、そんなことはどうでもいい。


 離脱が間に合わなかった。

 示し合わせたように続々と姿を現す人狼や小猿ども。適度に距離を取り、遠吠えを駆使して更なる仲間を呼び続ける。襲い掛かるのは充分な人数が揃ってからと言いたいらしい。

 あるいは、初めから罠だったのかもしれない。獣の耳目を使って一帯に網を張っていたのだろうか。


 これまでとは違う、明らかに理性の窺える行動。何者かに統制されていると気づくまで、そう時間はかからない。

 そして、魔物に完全に囲まれていよいよ覚悟を決めた頃、そいつは現れた。



   ●



「……後ろを荒らしてる鼠がいるってんで来てみれば。なんだぁ、お前?」

「……人を誰何する前に自分から名乗れって、お母さんに教わらなかったか?」


 ……あー、まずい。ついつい茶々を入れてしまった。こういういかにも偉ぶったチンピラ風を相手にすると、どうにも毒が出るというか。

 案の定魔族はお気に召さなかったらしく、目端をひくつかせて言った。


「人間の分際で度胸は一丁前ってか。……クヒ。いいねえ、そういうやつほどいたぶり甲斐があるってもんだ」

「魔族の分際ででかい口を叩く。これは老婆心からの忠告だが、そういう余裕ぶった物言いは空ぶった時に痛々しいから控えたほうがいい。

 ――――ああ、それからさっきからやってる、しゃっくりみたいな笑い声。見ていて鬱陶しいしキャラ付けにしても弱い。ただの馬鹿に見えるぞ」

「……クヒ、ヒヒヒヒヒ……」


 ……うん、やめだ。

 無意味な挑発だとわかっているが、こいつのしゃっくりを聞くと苛ついて仕方ない。物腰だけで敵意を煽れるというのは一種の才能ではないだろうか。

 そんなわけでこいつにへりくだる選択肢はあえて却下。平和的に解決するとか敵情を聞き出すとかそんなことは知るか。それにこいつの雰囲気からして大した事情などあるまい。


 ……まあ、一応確認はしておこうか。


「それで、わざわざお出でになった魔族様が、こんな北の辺境で何をしてるんだ? この先にいたぶり甲斐のありそうな人間はほとんど住んでないぞ。……数に任せて踏みにじるのが好みだとしても、そもそもお前、頼みの綱の魔物を自分で焼き払ったじゃないか」


 周囲を見る。乱立する木々は燃やし尽くされ、真っ黒に炭化している。転がる死体は地面と同化し、未だじゅうじゅうと音を立てていた。立ち込める煙と肉の焦げる悪臭は、この場に生き残っている魔物が皆無であることを伝えている。

 俺を囲んで跳びかかろうとしていた魔物たちは、そこの魔族の操る火炎にことごとく焼き殺されていた。

 俺が生き残ったのは、すんでのところでありったけのMPをつぎ込んで水の障壁を張ったからだ。おかげでまだ眩暈と疲労感が抜けてくれない。


「――――こんなところで同士討ちして、何がしたいんだ?」


 時間稼ぎも兼ねた問いに、魔族は一瞬驚いた顔をすると、


「仲間? 同士討ち? ――――クヒ、ヒハハハハハハハ! このクソモンスターどもが仲間だって!? ヒャハハハハハ!」


 何がおかしいのか、頭の悪い笑い声を上げ始めた。


「…………」

「ハヒっ……いいぜぇ、教えてやるよ。……こいつらはもともと仲間でも配下でも何でもねえのさ」

「……お前が操っているように見えたが」

「バカかお前。MPKする奴がトレインしてるモンスターに仲間意識持つわきゃねえだろが! 経験値だよ経験値! お前にさきに横取りされそうになったから、仕方なく太らせる前に食う羽目になっちまったんだろ!」


 MPKだのトレインだの、ハイカラな単語を多用する。つまりこの馬鹿は――


「お前、プレイヤーか」

「なんだよ今更かよ気付くのがおせえよ! つーことはてめえもプレイヤーか? ははーん、お前もこいつらが集まってるのを見て狩りに来たのか? いけねえよなあ、人の獲物を横取りしようなんざ、いい年した大人の風上にもおけねえ。そんな奴は正義の味方の経験値になるのがスジってやつだよなぁ」


 いい感じにラリってらっしゃる。

 自分に酔った風に魔族は自説をぶちまけ、へらへらと人を小馬鹿にした笑みを浮かべた。


 そうか、なるほど。

 この世界がゲームの産物であると考えるなら、こういう行動に出る人間が現れると予想しておくべきだったか。

 区別はやめると決めていたが、他の人間もそうだと決めつけるべきではなかった。

 こいつはその、『効率的な』ゲームの進め方がうまくハマって、ここまで来たのだろう。

 そんな中にやってきて、ご自慢の牧場を荒らし始めた馬泥棒がこの俺だ。

 さぞや腹が立ったろうな。唾を付けられた家畜ごと殺処分したくなるほどに。


 虫唾の走る、このろくでなしが。


「そんじゃまぁこれ以上横槍野郎に邪魔されたくないしよ、ここいらで死んでもらうわ。……ああそうそう、俺の名前はモナンっつーんだけどさ。……俺にやられたこと、掲示板でちゃーんと書いとけよ?」


 火炎が躍る。魔族の手に浮かぶ火の玉が、赤い光を放っている。

 恐怖はない。

 それ以上の何かに衝き動かされ、俺は得物を抜き放った。

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