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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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気分は日光猿軍団

 枝の上を走る。途切れた先に跳躍し、他の木の枝に跳び移ってさらに跳躍。今度は枝を手で掴んで鉄棒のごとく反動をつけて空を舞った。

 さながら気分はアメコミ産でハリウッドに出没する某蜘蛛男。いやこの場合糸がないから当てはまらないか。じゃあ何だろう、ター○ン? ……どうでもいいか。


 樹上を跳び移りながら背後を確認すると、いるわいるわ。オークがさらに数体に、やや先行して人狼が二体。変な小人は二尺くらいの石槍を持ってウホウホ言ってるし、その上、


「おいおいおいおい……!」


 猿がいた。それも五匹以上。

 いやほんとに。チンパンジーだのゴリラだのといった類人猿でなく、オークみたいな亜人という訳でもなく、本当にただの手長猿みたいな魔物が、きぃきぃ言いながら俺がやってるみたいに木々を伝って迫ってきている。

 それも明らかに俺より速い。


「ちょっと待てそんなの速さで勝てるわけないだろ!?」


 殺到する猿たちに文句を言うが、当然聞き分けてくれるわけもなく。

 あれよあれよと追いつかれた俺は、たちまちの内に小猿にたかられて身動きが取れなくなった。

 おいお前フェイスハガーとか洒落になってないからマジでやめろ!


 当然、そんな状況でまともな曲芸など披露できるはずがない。バランスを崩した霊長類たちはなす術もなく木の上から落下した。


「ぐえ……」

「ギャ!?」

「ギィ……!?」


 受け身が取れなくて息が詰まったが、それほどダメージはない。俺の背中と尻にしがみついていた間抜けが二体、落ちた際のクッション代わりを務めてくれたからだ。

 ……なんというか、肉と骨と内臓を押し潰す感触と断末魔が背中越しに伝わってきて非常にグロい。どうなっているのか様子を確かめるのが嫌でたまらないんですが。


 立ち上がる。顔に張り付いていた猿の腕を掴んでを引っぺがし、近場の木の幹に叩きつけて殺した。興奮した他の猿がまた各所に張り付いて噛み付いてきたが、残念なことに今回の俺はフル装備。お前らの軟弱な牙なぞ通すものかよ。


 猿を一匹首元を掴んで地面に押し付けた。指に力を入れてぎりぎりと締め付けてやるが、猿の闘争心は収まらず、歯を剥き出しにして俺を引っ掻こうと手足をばたつかせた。

 抵抗を捌きながらインベントリを展開する。取り出したのは一振りのピッケル。先端を猿の頭に向けて狙いを定め、軽く振り上げた。


 ――――一瞬、屠殺場の風景を思い出した。


 絶命した猿を放り出し、最後の一匹を引っ掴む。抵抗が強く、足にしがみついて離れようとしない。ピッケルの石突でがつがつと殴りつけ、力が弱まったところで掴み上げた。振り回して木や地面に打ち付ける。動きが弱々しくなった。先ほどと同様に地面に固定してピッケルで頭を砕く。


「――あぁ、くそっ」


 身を起こす。残りの猿は逃げた。臆したか――いや違う、巻き添えを恐れたのか。

 人狼が迫っていた。黒い体毛に覆われた巨躯、隆々とした筋肉に鋭い爪、ぞろりと並んだ牙の隙間から涎を垂らしている。その眼は赤く爛々と光り、明らかに正気ではない。


「――グァァアアアアッ!」

「っ! なめんな!」


 咆哮に気圧されまいと声を上げる。大ぶりに振られた爪を掻い潜りピッケルを振るった。……体格差的に脳天は狙えない。ならば姿勢を崩す(・・・・・)……!

 ピッケルが顎を掠め、狼の頭がぐるりと横を向いた。人狼の脚がよろめく。うまく脳を揺すれたらしい。ふらついた人狼がが膝をつき、


 ――――いい位置に来た。


 ピッケルを固く握り振り上げる。狙うは目前に下がった脳天。敵は朦朧として無防備。この好機を逃す手はない。

 そして、


「死ね」


 ――身体強化。芯から生じた魔力は波打つように、鞭打つように身体を伝う。

 振り下ろしたピッケルは人狼の眉間を陥没させ、深々と頭蓋に食い込んだ。頭で膨れ上がった内圧に圧されて狼の片目がでろんと飛び出す。……うへえ。

 脱力した人狼の頭からピッケルを引き抜こうとしたが、どうも深く食い込んでびくともしない。仕方がない放っておくかと諦めたとき、


「グゥォオオオオオオオ!」

「ぐ、ぬ……!?」


 側面を衝かれた。もう一体の人狼が迫ってくる。悪態をついて左手をインベントリへ。抜き取り出すは暴大猪の牙刀。鞘も払わずに敵を迎え撃った。


 薙ぎ払う腕をどうにか受け止める。軋む鉄鞘と狼の爪ががちがちと音を立てて鍔迫り合う。こっちは右手も鞘に添えて全力で押し込んでるのに、あっちは片手だとか余裕だこと。死んでしまえ。

 抑えていた腕の圧力が消えた。視界の端に振り上げたもう片手が見える。牙刀の鞘を払う。一歩前へ。ぐるりと身体を反転して人狼の懐に。回転の勢いもそのままに、左手の短刀を迫りくる敵の腕に突き込んだ。


「オ、オオオオオオ!?」

「やかましいぞ、これでも喰ってろ!」


 痛みに叫ぶ狼の口に鉄鞘を突っ込む。喉奥を強打した人狼は俺の腕を咥えたままばくんと口を閉じ、


「――――!?」


 人間一人の腕を喰いちぎることもなく、その牙をへし折った。


 腕巻の下から覗く篭手が紅銀に煌めく。傷つくことも歪むこともなく、『亡霊』の防具は健在だった。……先代、あんたほんとに一体何者なんだ。

 腕を引き抜く。鉄鞘を放り捨て、人狼の腕を突き刺さったままの短刀ごと抱え込む。


「こぉんの……!」


 捩じり上げた。肘の関節を極め、ぐりぐりと牙刀を捻りながら。

 ……人狼など多少猫背で頭が前方に突き出ているだけで、身体の作りは人間とそう変わらない。腕力で押し返される心配はあるが、いまはほら、こうやってぶちぶちと筋肉を切断してるところだから。


「ゴォオオオアアアア!?」

「いい悲鳴だ。だがまだ頭が高いぞ犬頭ァ!」


 膝裏を蹴って片足をつかせた。短刀は未だざくざくと人狼の腕を切り刻み――あぁ、一周したぞ(・・・・・)


「ォおおおおおおお!」


 肘打ちを打ち落とす。狙いは肉が削ぎ落とされ、もはや骨だけで繋がっている人狼の腕。


 ――ボキン、と。


 生々しい音を立てて折れ飛んだ。呆然と自らの一部だったものを見送る人狼の顎下に、返す刀ですくい上げるように短刀を突き上げる。


「グ、ブ――――」


 悲鳴など上げさせない。骨格に守られていない顎下から頭部に侵入した短刀は、易々とその脳を破壊し、二体目の人狼は唸り声一つ上げず絶命した。


「――――――」


 短刀を引き抜く。血糊を拭うこともせずインベントリに収める。ピッケルは……もう無理か。回収する間など与えてくれそうもない。鞘も諦めて後日拾いに来よう。

 まだまだ押し寄せる気配を見せる魔物の群れに、うんざりと首を振った。


 ……あれのうち、十体かそこら殺すだけでこんなに手間がかかる。それを200も?


「まったく、気が遠くなる。……若造め、あとで身ぐるみ剥いでやるからな」


 疾走を開始する。こちらを狙いに来るオークは無視する。鈍足は鈍足らしく無駄に走って疲労を溜めておくがいい。狙いはこちらに見向きもしない敵本隊。

 再び敵後方を迂回し、群れからはぐれた馬鹿を殺す。繰り返していけば本隊の動きも鈍るかもしれない。それでも駄目なら敵中央の薄いところを突破してみるか?


 多少どころか酷い無茶だ。だがこうでもしないと、敵がまとまった数で村に殺到することになる。

 傭兵どもはまだ迎撃準備を整えているところだろう。人の気も知らないでのんびりとやってたら本気で許さない。


 ――魔物が村に到着する昼下がりまで、俺は一人で戦うことになるのか。

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