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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
51/494

遁走せよ。ただし敵の気を惹きながら

「……何が全部で50体で、今後多少増えるかも、だ……!」


 あのクソ伝令、帰ったらぶん殴ってやる!


 眼下に軍勢を築く魔物の群れ。確かにオークが大半をなしているものの、その規模が明らかに報告と違う。

 人狼、トロール、ゴブリン、見たことのない小人や小猿の類を含めれば百を超える。おまけに道中で引き入れたのか、大蛇に黒い狼、虎だの熊だの、中には二つ首の犬まで混じっていて、それだけでも百はいるのではないか。

 つまり、敵総数は最低でも二百以上。


 ……畜生め、なんてことだ、くそったれ。


 思いつく限りの悪罵を並べ立てる。情報の隔たりがこれほどとなれば、根本的に作戦を見直す必要がある。生きて帰るとかそんな個人的な問題ではなく、この情報は絶対に持ち帰らなければならない。

 それこそ、死んででも。


 逸る心を抑えて軍勢をもう一度確認した。遠視のスキルを用いて念入りに。何か見落としは無いか。これ以上のイレギュラーは存在しないか。……誤った情報を持ち帰っては、全滅の原因となりかねない。


 そして、


「あれは……」


 見つけた。

 ぞろぞろと南進する魔物の群れにやや遅れて、そいつはいた。

 人間の形をしていた。騎乗はしていない。やや筋張った身体つきからして男のように見える。

 最初、なぜ人間がそこに紛れているのかと思った。だがすぐに思い違いを正すことになる。

 紫の髪に黒い肌――そう、褐色なんてレベルではなく墨汁のように真っ黒な体色。人間としてあり得ない特徴だった。それだけならファンタジー世界だからと納得もできただろうが、口が耳まで裂けていれば、嫌でも常人ではないと理解できる。


 エルフドワーフの特徴に一致せず、カピバラ顔でも皮膚に鱗が生えているわけでもないなら、恐らく彼の種族は一つ。

 伝令兵の言葉を思い出す。


 ――戦場の北方に、魔族が発見された――


「……どっちが囮でどっちが本命なのか、なんて今更どうでもいい話だが……」


 無能な領主軍に腹が立ってくる。これはあれか。竜騎士という特権意識に胡坐をかいて腐敗が進んでるパターンか。

 いっそのこと知性のある竜そのものを叙勲して雇った方が効率がいいのではないのか。どこかにいるだろ灰色みたいに賢いドラゴンくらい。


 まあいい、俺は自分の仕事を進めるまでだと、引き下がろうとしたとき。


「――――――」


 目が合った。

 野郎、確かに笑ってやがった。


「まっず……!」


 跳び退る。転げるように斜面を下り、近くの木の陰に跳び込んだ。

 羊皮紙を取り出して、いざメモを取ろうとしたところで筆と墨を忘れたことに気付く。悪態をついて指先を噛み、血文字で報告を書き殴っていく。

 書き終わった羊皮紙が乾くのも待たずに巻き縮め、用意していた木筒に収めた。


「灰色!」

「――――」


 音もなく駆け寄ってきた狼の首に木筒を括りつける。


「これを廃棄村の誰かに渡してくれ」

「…………」


 もの問いたげな視線に苦笑して灰色の首を叩く。


「心配しなくてもあとで追いつく。お前の方こそ、渡す相手が気に入らないからって噛みつくなよ?」


 呆れたように鼻を鳴らして、灰色は走り去った。速い速い。あっという間に見えなくなった。これなら来た時よりも早く村に到着するだろう。


「さて――――」


 魔物のいる方角を睨みつける。俺か、灰色、どちらかが村に情報を持ち帰れば依頼は達成だ。というか、あいつなら絶対に村に辿り着くと確信している。

 問題なのは急変している事態に傭兵たちが対応しきれるかという点。予想の数倍する敵が一斉に押し寄せた場合、数の少ない彼らでは弾幕が不足するだろう。

 一斉でなく、断続的ならばまだ芽はあるのだが。


 そんなわけで、ここからはアフターサービスの始まりだ。あの行列をどうにかして攪乱したり分断したり戦線を伸ばしてやったりしてやらなければならない。

 貧乏くじを引きたがる自分に乾いた笑いが出てくる。

 正直投げ出したくなるが、思い返すのはあの団長の、燃え上がるような執念の眼光だ。


 ……弱いんだよなあ、ああいうの。負けず嫌いに無茶な頼みをされると、どうにも断りづらい。

 諦めの悪い奴を見ると、お節介を焼きたくなる性分はきっと遺伝だ。

 特に前途有望な若者となるとますます。

 あーあ、自由なセカンドライフなんて言いつつ、人生なんてしがらみに縛られるものなのですねと再確認。

 特攻なんてやる気はなかったというのに、所詮はこういう役回りか。


 まあいいさ、遮蔽物のない砂漠でやるわけじゃない分、あの元上司のやらかしよりまだましだ。

 ――――精々足を引っ張ってやるとしますか。



   ●



 大きく迂回し、魔物たちの側面に陣取る。ここからなら通り過ぎていく連中の様子がよく見て取れた。

 それはつまり、相手方からも丸見えということなのだが、それはまあ妥協しておこう。むしろ今回は自分の姿を見せつけなきゃならないわけだし。


「――――――」


 手ごろな木によじ登り、太めの枝に跨った。インベントリからクロスボウを取り出す。

 ……ここ最近はステータスの上昇もあって、装填に先端のペダルが必要なくなってしまった。銃床を腹に押し付けて弦を引き、ボルトをセットする。


 一度息を整えて弩弓を構えた。距離はおよそ80メートルといったところか。……この得物では狙撃も難しい距離だが、なに、狙う必要はない。適当に撃ちかけるだけで誰かにあたるだろう。

 倒すことは傭兵に任せる。俺は気を引いて連中を小分けにすることを考えればいい。


 発射、そして着弾。何かの小さい悲鳴が上がったことから、何かしら損害は与えられたのだろう。

 再びボルトを装填し、ろくに狙いも定めず第二射。今度は虎のような魔物に当たったらしい。苛立たしげな唸り声を上げているのがわかる。


 第三射を装填していると、敵が動いた。一際大きなオークが大声を上げてこちらを指し示している。それに従い、三体のオークが棍棒を手に隊列を離れてくるのが見えた。


 ……馬鹿め。それっぽっちでは抑えにもならんわ。


 弩弓を構える。三体のオークは警戒心も薄く走りもしない。たった二矢では襲われている実感がないのだろう。それぞれの間隔も開いていて、連携など望めない位置にいる。


 ……しかし奇妙だ。本隊の方にいるご同輩と比べて、装備が随分と貧相に見える。あちらのオークは錆が目立つといえど金属鎧に身を包み、鉄製の盾や武器を構えているというのに、こいつら三体はぼろい腰布に木の棍棒。一体は木の板に皮を張った簡素な盾を装備しているが、やはりとってつけた感が強い。

 オークの中にも階級があるのだろうか。


 ――いくら無防備だといえども、相手はオークだ。全身を覆う関取じみた筋肉と脂肪は下手な防具を上回るだろう。熊の毛皮を貫通するこのクロスボウでも、致命傷を与えられるかは疑問である。

 狙うなら急所。頭部か、股間か。

 ……でも股間を狙えとか言われても、件の逸物が肉に埋もれてたりしたらどうしようもない。

 ならば――。


「――――――」


 照準。息をつめて狙いを定める。大丈夫、この距離ならどうにか狙える。何より高所を取っている今、こちらの射程は伸びている。

 引き金を、引いた。


「――グ、ォオオオオ!?」


 眼球をボルトに貫かれた戦闘のオークが悲鳴を上げた。距離があったせいか眼窩から脳までは破壊できなかったらしい。射られた目をこちらから隠すように横を向き蹲っている。

 構わず次弾を装填する。一般に装填に時間がかかるとされるクロスボウだが、機械式でないならおよそ弓の倍程度の手間で済む。

 つまり八秒もあれば十分ということである。


「グ、ガ――――」


 耳孔を射た。目と同じく肉や脂肪で保護しきれない弱点。今回は上手く頭蓋の穴を通したらしく、オークは断末魔を上げて動かなくなった。


 次弾を装填する。

 ――さて、今の二射でこちらの位置は知られた。残る二体は鈍重ながらも走り迫るだろう。


 まあ、その分こちらの矢も威力を増すんだが。


「ゲェア……!?」


≪経験の蓄積により、『クロスボウ』レベルが上昇しました≫

≪スキルレベルの上昇により、技量値が上昇しました≫

≪レベルアップしました。任意のステータスに2ポイント加算して下さい≫


「ふん……」


 二体目のオークの眼窩にボルトが突き刺さった。刺さり具合がさっきより深いから、今回は骨を貫けたらしい。それ以上暴れることなく巨体が沈む。

 ――――あと一体。


「ゥ、ゴォオオオアアアア!」


 三体目が咆哮を上げた。他の二体と違い所持している小盾を眼前に掲げ、目や耳を守っている。肥満体をのしのしと上下させながら駆け寄る様はいかにも醜悪で、こいつと接近戦をやったという傭兵たちが信じられない。

 ネタは割れた。盾で阻まれて顔を狙うのは難しい。彼我の距離は20メートルを切った。奴が俺のいる木に辿り着くまで数秒もかかるまい。つまり次の一撃で仕留められなければさらに面倒なことになる。


 装填の終えた弩弓を構える。頭は狙えない。このクロスボウならあの粗末な盾を破壊できるだろうが、次の一射が間に合わない。


「――――ハ」


 上等だ、二の矢などいるか――――!


「オオオオオオ――グォ!?」


 喉元――両鎖骨の間にボルトを撃ち込んだ。生身では覆いきれない急所。人間なら首当てで守るのだが、オークにその知能はなかった。

 歩みを止めず、何歩かふらつきながら進んだオークは、程なく口と傷からごぼごぼと泡を吹きながら倒れた。


「――――――」


 息をつく。不意に脱力感を感じた。得物をインベントリに収めて木の幹にしがみつく。

 ……集中が少し切れた。ちょっとだけ休ませてほしい。


 いち、に、さん。……よーしよーし、いけるいける。


 気を改めて魔物の軍を見やる。……変化があった。いくつかの集団が小分けに抽出されている。手下をやられた軍勢は、いつの間にかまとまった数をこちらに寄越す様子を見せていた。


 さて、様子見はこうやって潰したわけだが、どうする魔族殿? 半端な三下を持ってきても二の舞になるだけだぞ。

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