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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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断ち切れぬ縁

 皆さんこんにちは、かっこいい決め台詞とともに出撃したはいいものの、早くも後悔し始めてるコーラルです、夏至が近づいておりますがいかがお過ごしでしょうか。


 今回ばかりはいつもの軽装という訳にもいかない、先代の額当てと篭手とブーツを身に纏い、鍛冶屋謹製の真新しい革鎧で胴体を包んで準備は万端。

 新品の革鎧の件だが、なんでこんなもんが作ってあったんだと聞いてみると、あんたのことだからそのうち必要になると思ってたなんてふざけた回答が返ってきた。あいつらは俺を何だと思っているんだ。遺憾の意を表したい。


 ――イアンから頼まれたことはいたってシンプル。南進してくる魔物を偵察してきてほしい、とのことだった。

 この村を見捨てる判断をした正規兵どもの見立てなんぞ信じられるか、こっちはこっちで独自に敵の様子を探るべきだという判断である。

 この近辺を目をつぶっても走り回れるほど知り抜いているのは俺くらいで、傭兵団の斥候も今まで地形の把握に努めてきたが、夜間の行軍となると自信がないとのこと。

 ……つまり夜の山を走ってこいと言われたわけである。人使いの荒い若造だ。


 でもまあ、お仕事だしなあ。多少の無茶は仕方がない。あとで覚えてろよ。


 防衛作戦の内容が決定してから、すぐさま装備を整え昼下がりに村を飛び出した。ちょっと寄り道をしてから本格的に北進開始。夜を徹して走り抜けましたよ、ええ。

 お陰様で夜目のスキルレベルが無駄に上がったし、そんなに走ってもないのに走行や軽業まで上がる始末。夜の山って怖いんよ、まじで。

 木々の間を駆け抜けるなんて言えば一言で済むが、枝は入り組んで目の前を塞ぎに来るし、根は張り出して足を引っかけに来るし、地面がぬかるめば足首を捻挫しかける。こんな障害物、夜の暗闇でどうやって確認すればいいのやら。視界の端にヒグマを発見した時は本気で焦ったものだ。

 おまけに夜の山は方角もわからない。星を見ようにも頭上は夏の緑で塞がっていて、周囲の地形は昼に見るのとは様変わり、慣れている俺ですら一度自分の居場所を見失えば遭難間違いなしである。


 そんなわけで、今は村の北方約15キロの山中に待機中である。

 近現代における日間行軍距離が約30キロだから、大体村から半日分離れていることになる。やはり夜間行軍のせいで距離が稼げなかった。だがこれほど入り組んだ山中だ、敵さんもそれなりに足を遅めてくれることを期待しよう。


 視界は悪くない。眼前は北方に向けて切り立った崖のようになっていて、眼下の山林が一望できる。こちらに近づく群れの動きがあればすぐにわかるだろう。

 泣き所は、この直立するように地面から突き出た山が囲まれたら逃げ場がなくなることだが、そこら辺はよくよく機会を見極められるよう自分を信じるしかない。


 ……あと、こいつの鼻も。


「グルゥ……」


 俺と並んで寝そべりながら北方を見つめている灰色は、こちらの思惑を知ってか知らずか尻尾をぱたりと揺らした。



   ●



 ――少々時間は遡る。


 村を出て最初に向かったのは灰色の縄張りだった。狼と言えど魔物の一種、こいつの群れがスタンピードに合流したら手が付けられなくなると判断したためである。

 出合い頭に正気を失った奴にがぶりとやられたらどうしよう、と危惧しながらいつもの場所に近寄ると、そこには、


「――――オン」


 当然のように熊を狩り殺して食事の真っ最中の猛獣たちの姿が。お前ら現実じゃそんな生態してないよね。

 孤立した獲物が疲労して動けなくなるまで囲んで牽制し続けるのが狼の狩猟法である。断じて熊を真っ向から食い殺す狼なんているものか。

 馬鹿じゃねーのあいつら、と呆気にとられたところで、口端を赤く染めたウォーセがひゃんひゃん吼えながら駆け寄ってきた。熊の腹に顔を突っ込んで真っ赤にしている他の狼と違うのは、母親に噛み砕いた肉を口移しで貰っているからだろう。


 おーよしよしと小僧の頭を撫でまわして、普段と様子が違うか確認してみる。……うん、特に獰猛になっているようには見えない。

 相変わらずひときわ高いところで悠然とふんぞり返っている灰色に近づき、とりあえずあいさつ代わりに兎肉を投げ渡す。器用に口でキャッチした灰色は、兎肉を前脚で押さえつけて豪快に食いちぎり始めた。

 ぱたぱたと揺れる尻尾を眺めながら、灰色にスタンピードの件を語って聞かせた。お前らは魔物に釣られたりしないよね、との問いに、食事中の灰色は横目でじろりと俺を見たあと、馬鹿にするように鼻を鳴らした。


 ……なるほど、この程度の騒動で灰色のカリスマはこゆるぎもしないらしい。


 ひとまずは安心といったところか、と胸を撫で下ろし、足元の小僧を甘やかす作業を本格化させる。

 いつもと違う様子に気づいたのだろう。きょとんとするウォーセに苦笑を漏らす。


「……いやまったく、これから独りで北に向かわなくちゃならなくなってな。ひょっとしたらお別れかもしれないから、挨拶しとこうと思ったんだが」

「…………」


 ただの愚痴だ。理解されるとも思っていない。


 ――あの団長に頼まれたときに、生きて帰れないかもと思うと、未練が残ったのはこの場所だった。

 鍛冶屋や薬師の婆さんとは話をつけたし、ギムリンとはそういう関係でもない。

 残ったのがこの尊大な狼と、危なっかしい子供の白狼だ。我ながら交友関係の狭さに呆れるが、今となっては仕方がない。


 思えば不思議な関係だったな。

 夜の狩りで灰色に出会った。あの時俺は木の上にいたのに、食い殺されるかもしれないと怖がったものだ。

 その後、猪を殺してから、なんでか一緒に狩りをするようになって。

 お前が死にかけたのをどうにか治してからは、こいつら本格的に警戒しなくなった。

 居心地がいいと思ったよ。俺にたくさん兄弟がいれば、こんな風だったかもしれないとも思った。

 ……ここに足が向いたのも納得がいく。

 奇妙な形で結ばれてしまったこいつらとの縁を、惜しみに来たのだろう。


 唯一の心残りは、お前が大人になった姿を見られないかもしれないことか。


 ――――さて、行こうか。


 思いを振り切るつもりで勢いよく立ち上がる。

 未練は断った。もとより死ぬ気は欠片もないが、それでも踏ん切りは必要だった。

 いざ出陣、おっしゃタマァ取ったらぁと気合を入れ――いっでぇ!? こいつ腕噛みやがった!


「…………。灰色、なんか言うことはないか?」

「…………フン」


 下手人はいつものように鼻を鳴らしてそっぽを向くと、のしのしとどこかに歩いていく。


 北に向けて、仲間も連れず。


「お前……」


 何やってるんだ、と言いたげに灰色が振り返った。尻尾が催促するように揺れている。

 ……ちくしょうめ。かっこいいとこ持って行きやがって。



   ●



 夜闇の中で15キロも移動できたのは、ひとえに灰色の背中を必死に追い続けてきたからだ。俺だけなら半分も進めなかっただろう。

 狼と人間の走る速度は違う。遅れがちな俺に対し、引き離しては立ち止まって振り返りを繰り返して挑発してくる灰色は、それはもう癪に障ったとも。

 ここに辿り着いたのはほぼ夜が明けた頃だ。伝令の言葉が正しければ、そろそろ眼下にスタンピードの一隊が見えてくる頃だろう。

 道案内ご苦労、もう群れに返ってもいいぞと灰色に手を振ったのだが、やっこさん前方を睨んだまま身動き一つしない。……ぎりぎりまで付き合ってくれる、ということなのだろうか。


 ……ふん。勝手にすればいい。どうなっても知らないからな。


 偏屈な狼に匙を投げて、見張りを続ける。

 そして、太陽が完全に昇り、山の全貌を照らし上げた頃、


 ――――そいつらは現れた。

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