そうして彼は転落した
◆
――――――Now Loading...
レベルアップによってステータスは自動的に上昇するが、その際プレイヤーにはステータスに任意に割り振れるポイントが2ポイント与えられる。
このポイントをHP、MP、SPに割り振る場合、種族に関わらず1ポイント消費につき5ポイント上昇する。
◆
ゲーム初の死亡案件が溺死とは、まったくもってついてない。
リアルのほうではそこそこ泳げるほうだったから、人生初の水難事故体験にもなる。
……正直、こんな体験などのためにこのゲームを始めたわけではないのだけど。
暗澹とした気分でロード画面を睨みつける。なんというか色々と台無しだ。
主に自業自得の事故だったとはいえ、そこはゲームなんだから、船縁に不可視の壁を張っとくとか、海に落ちたプレイヤーを誰かが釣り上げて甲板に降ろしてくれたりとかしてくれないだろうか。
―――いやはや、下手をすればトラウマになりかねない衝撃体験でしたとも。あの息苦しさは二度と経験したくない。実際の水難事故で一分と経たずに死ねるはずがないので、苦しまずに済んである意味ゲームシステムに救われたことになるのだろうか。
何の気なしにそう思ったことを、俺は数時間後激しく後悔することになる。
……そういえば、死に戻りする前に気になるアナウンスを聞いたっけ。
ログを確認すると、レベルアップの報告が表示されていた。―――これは大変だ。
ロード画面が消えない中、いそいそとメニューからステータスを表示させる。
プレイヤー名:コーラル
種族:人間 Lv:1(未使用ポイント:2) 戦力値:6
HP:25/25(↑5)
MP:0/0
SP:54/54
攻撃:7(↑2)
防御:8(↑3)
技量:7(↑2)
敏捷:12(↑2)
魔力:7(↑2)
抵抗:7(↑2)
SP自動回復:5/sec
地形特性:中庸の民
保有スキル:走行Lv1
Exp:0
……おお、上がってる上がってる。Lvが1に、各ステータスが万遍なく。
防御値が3上昇しているのは、直前上昇した分も含めて表示しているということだろうか。だとすればこまめにステータスを確認したほうが変化を認識しやすいだろう。
さて、ポイントをどう割り振るかな……。
正直、このゲームでの方向性をいまだ決めかねている。ファンタジーRPGよろしくひたすら魔物を狩って暮らすのも憧れるし、何か生産を始めてみるのも悪くない。ひょっとしたら30年間零細の行商人として渡り歩くのだってある意味経験だ。
「むむむ……」
散々悩んだうえで、MPを上げることにした。せっかくのVRゲームでファンタジーだ。魔法の一つも撃ってみたい。そんなわけで魔法関連と思しきステータスの中で唯一0のMPに2ポイント全てを突っ込む。
プレイヤー名:コーラル
種族:人間 Lv:1 戦力値:6
HP:25/25
MP:10/10(↑10)
SP:54/54
別に後悔はしないと自分に言い訳してみる。俺はゲームに命を懸けてる廃人ではないし、効率的に進めていきたいとも思っていない。それに、見たところレベルを上げる以外でもステータスは上がるみたいだし、そう神経質になる必要もないでしょう。
さあやることはやった。船に戻ったら初めの町に着くまで横になっていよう……
●
―――ぼちゃん、と
ロード画面が終了した俺の身体は、派手な音を立てて海中に没した。
「がぼごぼぼぼぼぼぼ……!?」
なぜ? どうして、いったい何が……!?
意味が分からない。どうして俺は真っ暗な塩水の中、上下もわからずもがいているんだ……!?
数分前の焼き直しだ。俺は冷たい水の中、なす術もなく溺死した。
◆
―――Now Loading...
リスポーン地点は最初に訪れた街に登録される。
これを変更するには、違う拠点に滞在した状態でメニューを操作して登録を変更する必要がある。
◆
「―――ああそうかい!」
都合よくテロップのごとく現れたロード画面に俺は怒鳴った。
よくわかりましたとも。俺はまだ最初の街に辿り着いてすらいない。つまり現時点でのリスポーン地点は普通に考えればあの船の中のはずだが、実際は座標固定式だったということだろう。すなわちリスポーン=溺死の黄金パターンが確立されてしまったのだ。
本来こんなことはあり得ない。船長が面倒くさがって基本レクを省略したりしなければ、暇な時間をジョギングで過ごそうなどと思わず、今頃夜中の海を天体観測を嗜みつつ翌日に備えていたはずだ。
つまり、俺は悪くねえ!
つくづく狂ってる。運営は何を考えているのだろうか。このままでは俺はひたすらこの海域で溺死を繰り返す珍妙なおっさんと化すであろう。
ゲーム内溺死回数№1のコーラルさんとは私のことである。ふはは。
……いやほんとどうするよ、これ……
選択肢として考えられるのは主に3つ。2つは比較的簡単で、もう一つは間違いなく茨の道だ。
まず第一に、このままログアウトして次の機会にニューゲームする。恐らくこれが一番簡単で適切だ。というかさっきからメニューコマンドが視界にちらついて敵わない。
ただし、『次の機会』が問答無用でリアル時間での一週間後というのが頂けない。運営曰く、体感時間と現実時間とのギャップを解消するためとのことだが、そんなことになればゲーム時間で何千年経っていることか……。ともすれば世界そのものがリセットになっている可能性もある。つまり今後、あのにやけた髭面をぶん殴る機会が失せることを意味する。
第二に、このまま溺死を繰り返して運営が気付くのを待つ。何らかの救済措置と、上手くいけば何かしらのチートな保障を得て、昨今のネット小説にありがちな俺Tuee展開に持っていくことを期待するのだ。
ただし眼前に浮かぶメニュー画面にGMコールのコマンドがかけらも見受けられないことから、運営が真面目に経過を観察しているか怪しく思える。下手をすれば誰にも気づかれないまま溺死の苦しみに苛まれてリアル廃人と化すか、新たな快感に目覚めるかのどちらかだろう。
最後の選択肢は―――泳いで陸地に辿り着く。
我ながら狂った考えだと思う。
方角がわからない。今いる場所がどこなのかわからない。潮の流れも掴めない。
特に方角がわからないのは致命的だ。夜の船上で見た夜空にリアルでの星座知識はまるで役に立たなかった。つまり北斗七星から北極星を見当だてる方法は使えない。それにこの世界、太陽が同じ軌道を辿って進むのかも不明だ。
まっすぐ進める指標がない以上、同じ場所をぐるぐると回遊する羽目になる可能性が高い。あるいは、潮流に身を任せて、沖合を水死体として過ごすか。
論外だ。話にならない。今すぐログアウトするべきだ。
理性的な思考は指先を動かしログアウト画面を表示させる。……だがその端っこで、生来の負けず嫌いが頭をもたげるのだ。
―――このままでいいのか。力尽きて倒れるのはいい。気力萎え果てて流されるのもいい。だが今は、怒鳴って喚いて愚痴るだけの活力が残っているだろう。
そんなところで諦めて、本当に『次の機会』を楽しめるのか―――と。
……畜生め。たかだかゲームに、なんでこんな。
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≪経験の蓄積により、防御値が上昇しました≫
≪経験の蓄積により、水泳スキルを習得しました≫
≪スキルレベルの上昇により、技量値と敏捷値が上昇しました≫
≪レベルアップしました。任意のステータスに2ポイント加算してください。≫
本日8度目の溺死である。
ちなみに他のプレイヤーからは、飽きてログアウトしたと思われています。