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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
霧の戦士
494/494

チャーハン作るよ!

 長居どころか住み着く勢いでこの作戦は実施されているというのが実情である。


 情勢とは水ものであり、いつ盤面がひっくり返されるかわからない以上こちらはこちらで目標を定めておくのは当然といえる。

 もしエルフによる反抗が失敗して戦略目標が達成不可能になり、大森林の衰退が不可避なものとなったとしても、それなりの戦果は確保しておかなければならない。できればハスカールが独立して取り分を主張できるものが望ましい。より具体的に言えば――――土地とか。


 何カ月も時間をかけ、人と金を浪費しておきながら何の成果も得られませんでしたでは通らない。よってハスカール、もといミューゼル辺境伯勢力は次の戦略目標を要塞都市以東の湿地帯に求めた。

 有史以来人の手を拒んできたウェンズ湿地帯、その北端を切り取る。そして数年がかりでもって土地を切り拓き、新たな入植地とする。それが今回の大目標だ。


 要塞都市を守護するルグナン将軍からも好感触を得ていると聞く。王都の政権交代も何のその、リザードマンの脅威に相対する人材に代わりはいないということか、宮廷魔術師筆頭マクスウェルからも要塞司令官の座は留め置かれたままだった。

 彼からすれば東と南東に割いていた警戒を南東のみに絞れるようになるのだから、この遠征は渡りに船といったところなのだろう。


 現在は要塞守備兵との共同作戦のすり合わせのため、ドナート執政が王都へと駐留している。あちら側は分捕った戦利品やら切り取った領地やらの分配の交渉まで皮算用しているらしく、交渉は難航する模様。

 補佐役としてゲイル氏が同行しているため、今年の収穫シーズンは手の足りないハスカールで地獄が見られることだろう。手早く片付けて貰いたいもんである。

 

 ――――で、


「いつになく――いや、いつも以上に仏頂面だ。何があったんだ?」

「……猟師か。何でもないよ」


 俺の目の前には真新しい切り株に腰掛け、手帳と筆を手にうんうんと唸り続けるマイホームパパの姿か。

 難しい顔で筆の尻を藍色の髪の目立つこめかみに押し付ける姿は棚卸しの数字が合わず苦悩する業務職を彷彿とさせる。見た目が若々しいだけに表情のギャップが凄まじい。


 そう。なんとこの度、ウェンター副団長が別動隊に参加しているのです。

 拠点の立地やら入植の段取りやら万が一の防衛戦のための指揮統率やら、流石に猟兵単体で決められる領分を超えている。外輪船で猟兵以外の援軍を適宜ピストン輸送する点から見ても、俺だけでは権限が不足していた。

 そんなわけでハスカール副団長たる『豪剣』のウェンターが同道したということなのだが…………何やら悩み事がある様子。


 見かねた俺が声をかけると、副団長は我に返った表情で首を振った。隠し事、という風ではなさそうだが……いやこれは遠慮か?


「何でもないような顔じゃないだろう」

「大丈夫だ。ただの家庭内の事情だから……いや、待った。ちょっと相談に乗ってくれ」


 思い直したように言葉を翻すウェンター。左手の手帳には何やら物品リストのようなものが書き連ねてある。

 奥歯に物が挟まったような言いづらさで男は続ける。


「……あー、その……うちのルッツについてなんだけど、な……」

「嫁の連れ子か」

「そろそろ歳が十五で、元服が近いんだ。だから、その……元服祝いを、さ。何を贈ればいいものかと……」

「元服祝い」


 オウム返しに繰り返す。……どうしよう、一秒ごとに表情筋が死んでいってる感覚がする。いるんだよなぁ悩んでるふりして幸せ自慢してくるリア充同僚って。

 事あるごとに子供が片言喋ったとかハイハイしたとか苦手な食べ物全部食べれたとか。頼んでもいないのに子供の描いた自分の似顔絵とか見せびらかしに来るのだ、職場に。それはお裾分けじゃねえ、むしろ顰蹙を買い叩いていると知れ。

 出来ればこやつにはそんな親馬鹿になってほしくなかったのだが、どうやら虚しい祈りに終わりそうである。


 そんな俺の心中を知ってか知らずか、ウェンターは悩ましげな表情で相談を続ける。


「家を出る前に話し合ったんだけど、エリスは剣を贈れっていうんだ。でも俺は魔法使い用の杖がいいんじゃないかって言ったら、ちょっと口論になって……」

「なぜに杖。確かルッツ君には剣術を仕込んでるんじゃないのか?」

「いや、だって……剣なんて叩いて斬れたらなんでもいいし。未熟なころから業物に慣れたらあとあと苦労するだろ?」


 物臭というべきか実戦的というべきか。得物にさほどこだわりが無いのがこの若者のスタンスだった。背負うほどの大剣、というのがなかなか市場に出回らないというのもあるが。

 そういえばこの男の流派は中条流の流れをくんでいたはず。あれは確か現代ではほぼ失伝していて、小太刀を扱う、という風評だけが残っていたっけ。


 ……ん? とするとこいつの大剣要素って一体……?


「これが女の子だったら護り刀一択なんだけどなぁ……」


 こちらの思案をよそにウェンターがぼやく。確かに武家の娘への贈り物としては小刀は割と鉄板だったりする。いつの時代の話かは知らんが。

 でも絶賛乱世乱世なこの世界観なら、そういう価値観でも問題はないのだろう。


「『男子たるもの戦場に出て首のひとつでも取ってようやく一人前、今が乱世ならばなおのことです。でなければいっそ華々しく散るべきでしょう』って、言い出したら聞かなくてさ」

「覚悟決まってる嫁さんだな」

「普段はそんなんじゃないのに、話題が初陣とか手柄とかに移ると途端に目つきが変わるんだ。ただの雑談なのに背筋が寒くなる」


 よほど恐ろしいものを見たらしい。心なしか血の気の引いた顔で首を振るウェンター。なるほどこれは完全に尻に敷かれていると見た。羨ましい限りである。


 ――さて、肝心の相談についてだが。

 ……あー、その……え、えーと……

 どうしよう、ちょっと代案が思いつかないぞ……?


「…………悪いことは言わん。嫁さんの言う通りにしておけ」

「猟師?」

「あの人がそこまで言うんだ、何かしら考えがあるんだろう。出来た夫は嫁を信じて黙って従うのが円満のコツだ」

「それ、男女逆じゃないか?」

「滅多なこと言うな。今の世の中は男女同権、どっちがどっちの役割をしたっていいだろう。せっかく嫁さんが矢面に立ってくれるんだ、この機会を逃すんじゃない」


 もっとも、最終決定には必ず立ち会うべきだ。男女の感性というものはどうしても食い違うもので、母親の独断で選んだものは息子の不評を買うことが多い。鞘や鍔にハートマークの付いた剣なんて送られても迷惑なだけだろう。

 ……そう、オカンというものはピンポイントでツボを外してくるのだ。ガンダムとジュアッグの区別がつかないお袋をお使いに出した親父は、戦利品を一目見た瞬間泣き崩れていたっけ。きょうびゲムカモフのプラモってどこで売ってたんだろう……?


「だいたい、ルッツ君は剣士志望だったろう。父親兼師匠から贈られるのが剣じゃなく杖って、お前には才能無いって言われるみたいで軽く絶望もんだぞ」

「それは……そうかも……」

「まぁ、他の武器も試せって意味で槍やら斧やら――」


 瞬間。



 ――――ずん、と重々しい轟音。



 俺の声など軽々と塗り潰す凄まじい爆音が響き渡った。視界の端で赤々しい爆炎が立ち昇り、一拍遅れて森の鳥たちが騒がしく飛び立つ。


「な――――」


 明らかに至近。こちらの警戒網のはるか内側で起きた爆発。耳を押さえることも忘れて呆然と顎を落とす。

 そのとき、俺たちは完全に無防備だった。



   ●



 副団長は団員を集めて警戒を呼びかけるため物資集積所へ走った。俺は敵襲に当たるため爆発のあった現場へと急行する。

 途中で騒ぎを聞きつけたエルモと合流し、これなら猟兵達が守りを固めるまでどうにか持ちこたえられそうである。

 お互いにやるべきことを理解しているのか、軽口を交えることもなく現場へと駆けつけ――


「あぁ、コーラル殿。良いところへ来たな」


 穏やかな微笑みをたたえる、褐色のエルフに迎えられた。

 彼の背後には広大な焼け野原。ちりちりと地面が焦げ付き、もうもうと立ち込める熱気が景色を歪ませながら顔を燻す。


 …………敵の姿は、どこにも見えない。


「エルラムさん? これは一体どういうことです?」


 エルモが疑問を投げかける。左手には弓を持ち、何が起きてもいいよう油断なく周囲に目を配っている。しかしその警戒のほとんどは目の前の男へと向けられていた。

 白黒入り乱れる煙に軽く咳き込みながら、悪びれもせずにエルラムは答えた。


「ちょうどいい立地を見つけてね。邪魔な低木や雑草を焼き払っていたところだ」


 そう言って再び掲げた右手には、めらめらと燃え上がる真っ赤な火球が。


「基地を設営するにしろ、ドラゴンの着陸場を設けるにしろ、ここのぬかるみだらけの地質では難儀するだろう? こうやって一気に燃やすついでにガラス化するまで熱してやれば、基礎として十分な地盤が得られる」


 カラカラと小石が転がる。まるでセメントのように固まってしまった焦土の荒野、もはや草木の一本も生える余地はあるまい。

 火球を掲げる褐色のエルフは改めて焼野原へと向き直った。視線の先には先ほどの爆撃範囲から外れていたのか、それなりの広さの沼地が残っていた。


 …………沼地?


「ふむ、しかし奇妙なものだ」


 嫌な予感。熱気に関わらず冷や汗の流れる俺と裏腹に、呑気な口調でエルラムがひとりごちる。聞き咎めたエルモが問い返した


「奇妙、というと?」

「先ほど燃やした沼も同様だが、生息している草がやけに統一されている感がある。オオバコや浮草の類も見当たらない。生え方も不自然に整列している。誰かが手を加えていたのかもしれない」


 ちょっと待った、おまえ、それ、もしかして……


「――まぁ、蜥蜴の道楽など考えても無駄か。残したところで益になる物などあるまいさ」


 絶句している俺たちをよそにエルラムが火球の狙いを定めた。その先には五メートル四方ほどの面積の『沼地』、青く直立する植物が整然と並び、その見た目は明らかに日本人にはなじみ深いもので――


「NOOOOOOOOOO!!!」

「ああああああああああ!?」

「がふぉあっ!?」


 すんでのところでエルラムの右手を蹴りあげる。発射寸前だった火球はものの見事に狙いを外れ、何もない上空へと打ち上げられた。

 畳み掛けるようにエルモが追撃。突進からの全体重の乗ったドロップキックを背中にくらい、あえなく砂漠の英雄は泥の中へと失墜した。


「なんてことを!? なんてことをしてくれたこのメシマズ種族!?」

「そんなんだからいつまで経っても食事事情が改善しないのよレンバス馬鹿! 疑問に思ったなら調べるなりしなさいよ!」

「ごぼごぼごぼごぼ……」


 俺とエルモの罵倒を背景に、エルラムはびくびくと痙攣しながら水田(・・)に沈んでいった。

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― 新着の感想 ―
ここで終わって欲しくない… まだ続いてほしいです。 中学の垢持ってないときから見ているので より更新されていないのが辛い
[良い点] 面白かった。 [一言] 連載再開を楽しみにしてます。
[良い点] この作品を楽しめるには十分なぐらいの話の数があるから続きがよめるならそれに越したことはないけどそうでなくともとってもいい作品です。 [一言] 帰ってきて欲しいなぁ。そうじゃなくても結末がど…
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