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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
霧の戦士
492/494

虹色に輝く

 外輪船、という代物らしい。


 いわゆる蒸気機関を用いた大船である。燃料を燃やして得られる動力を、船体の両脇に据えつけた水車のような外輪を回すことによって推力へ変える、ごく初歩的な蒸気船だ。

 古くはペリー提督が乗り込んだサスケハナ号、戊申の戦いで幕府海軍が用いた回天丸が著名だろうか。今となっては大半はスクリュー式に取って代わられたものの、まだまだ現役で活躍する船も存在するという息の長い船種である。

 構造が単純である分製造が比較的容易で、喫水が浅く取れるために今回のような揚陸戦に適している。ろくな船着場が想定されていない今回の作戦には最適といえた。


 そして一番の特色は――――燃料にドラゴンの糞を使用していること。

 ドラゴンの糞である。大事なことなので念のため。

 竜騎士から買い取ったドラゴンの糞を乾燥させつつ、木炭やら生石灰やらマグネシウムやらアルミニウム粉末やら、得体の知れない素材をこれでもかとぶち込んで練り上げた特製燃料。これをくべて蒸気機関を駆動させたのだ。

 通常に用いる石炭と比べてもその火力の差は明らかで、釜の内部は時折赤かったり青かったり黄色かったりと忙しなく火の色を変えながら轟々と燃え盛っている。見た目はさしずめ往年のスピルバーグ監督作品に出てくる爆走機関車のようだ。……残念ながら時間遡行機能(デロリアン)はこの船についていないのですが、それはまぁご愛嬌ということで。


 そしてギムリンの言によるとこの外輪船、まだまだ改良の余地があるのだという。

 燃料の火力にむらがあったり、機関の密閉性に不安があったり。バイオガスの抽出まで研究が進めば不純物混じりの黒煙とはおさらばだとか、ゆくゆくはギヤチェンジまで実装したいとか何とか……しばらくはこれをネタに老人二人のハッスルが止まりそうにない。

 とはいえ、飽きるまでいじり倒したら次の日にはスクリュー船の開発に取り掛かるような連中である。予算を預けて放っておけばそのうち金の卵を産むと信じたい。


 ――さて、本題に移ろう。


 本来の石炭以上のエネルギー効率を誇る竜糞燃料は実にパワフルな働きを外輪船にもたらしている。本来この季節は無風状態にある東辺海航路だが、これによって帆船を使ったのと同然の船速で湿地帯へと到達することができた。

 上陸地点は幸いにしてリザードマンの勢力圏の中でも比較的重要度の低い地域であるらしく、これといった反抗を受けることなく制圧することができた。出だしに狙撃した一体と、逃げようとして針鼠ののち電気鼠にされた一体、そして木の洞に隠れていたのをウォーセが噛み殺したのが一体。確認できた敵はこの三体だけだった。

 この他にエルモの曲射を遠目に見かけた斥候がいるかもしれないが……まぁそれはそれ。たとえ敵方にこちらの上陸を察知されたとしても作戦内容自体は変わらない。それに、リザードマンの主力は対エルフ戦のために南方に偏っている。俺たちの迎撃のために態勢を整えるにしても、それなりに猶予があるはずだ。


 今回の作戦はいささか間延びしている。

 我々猟兵が外輪船で湿地帯に上陸。拠点を構築しつつピストン輸送で別働隊を東側に展開、南方のリザードマンへ圧力をかける。

 同時にイアン・ハイドゥク団長率いる『鋼角の鹿』本隊が要塞都市ニザーンを経由して湿地帯西側に進出。要塞都市から補給を受けながら戦線を推し進める。

 東西両面からYの字を描くように南下し、合流地点から本格的な攻勢に移るのだとか。


 作戦の本旨はあくまでリザードマンに対する威圧、陽動である。積極的な攻勢に出ることは想定されていない。あくまで敵の反撃に対応する形で戦闘を行うことになる。

 反撃が来るならそれでもよし、無ければ無いでも後方を脅かされた蜥蜴の動きが鈍り連携が乱れれば、それだけでエルフの集団射撃の餌食となるのだ。さながらソ連に中立を破棄された旧日本軍の如し。敵にかかる重圧たるやちょっと想像したくありません。

 上陸作戦という逃げ場のない状況がそれに拍車をかけている。下手に打って出て返り討ちに遭えば、乗員制限のある船でしか逃げられない俺たちは最悪全滅しかねない。多少鈍重に見えようとも団長たち本隊と足並みをそろえて慎重に動くべき、とのことだった。


 ……しかし、ううむ。これまで比較的短期決戦ばかり経験してきた俺たちが持久戦とは……。

 兵は拙速を尊ぶとか拙速は巧遅に勝るとか、どうにも嫌な格言ばかりが頭をよぎるのはいかがなものか。


 まぁ、いざとなれば高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかないのだろう。いつものことだ。



   ●



「矢を無駄にしたわね、もったいない」


 猟兵達が拠点設営に取り掛かる中、エルモは気だるげに口端を吊り上げた。

 部隊は三つに分けられている。とりあえず数日を過ごすためのテントを設営する組と、本格的な拠点構築のために縄張りに取り掛かる組、そして襲撃に備えるため警戒と偵察に当たる組だ。エルモはそのどれにも属さず、ただ一人物憂げな表情で傍らにあった倒木に腰を下ろしていた。


「なにが無駄だって? 狙いは外してないだろう?」


 聞き咎めた俺が問いかける。俺からすればエルモは充分に仕事を果たしたといえる。凪いだ海面とはいえ甲板からあの距離を狙撃するのもそうだし、逃げようとしたリザードマンを追撃できっちりと仕留めた。これに文句をつけられる人間は『鋼角の鹿』にはいないだろう。

 そう言った俺に対し、副官のエルフは皮肉げに口を歪ませた。


「駄目押しの魔法が無駄だったのよ。あれさえなければ矢を50本も使い切らなくて済んだのに」

「蜥蜴の再生力はお前が一番知ってるだろう。あのまま逃げられたらそれこそ矢の無駄だ」

「いいえ、あれで充分仕留められてたわ」


 俺の言葉を鼻で笑い、エルモは遠い目で首を振る。


「あの二体、どちらもろくに歳を重ねてない若い蜥蜴よ。手応えからして違和感があったし、鏃の刺さり方が深すぎるもの。成人したてで鱗が柔らかいんだわ、きっと」

「……なるほど?」

「気のない返事ね。別にいいけど」


 鼻を鳴らしてエルモは緩慢に空を仰いだ。密林とは言わないものの濃く緑の繁る森は、初夏の日差しをある程度和らげてくれている。じとじとと纏わりつくような湿気た空気だが、こうして木陰で休めば充分に涼を取れた。

 葉を透かして届く日差し。見上げるエルモの眉間は、変わらず険が宿っていた。


「――――蜥蜴は殺すわ、コーラル」

「藪から棒にどうしたいったい」

「生きたまま食われてコンティニューさせられたエルフプレイヤーなら誰もが辿り着く真理よ。蜥蜴は殺す。念入りに殺す。心臓を射抜いて頭を砕いて手足をバラバラにしてようやく安心できるんだわ」

「トラウマになってるじゃねえか」

「下顎吹っ飛ばした蜥蜴が起き上がってきて、アドレナリンダバダバな奇声上げながら襲いかかってくるのよ? アレは駄目ね。とどめは確実に刺さないとダメ。下手なアンデッドより生命力あるんだもの」


 よほど嫌な思い出を回想したらしい。エルモは苛立たしげに首を振ると、内圧を逃がすような溜息を吐いた。指先で眉根を揉む仕草は疲れ切った中間管理職のような哀愁が滲み出ている。


「……ごめん、ちょっと今、余裕がないわ。その辺りぶらついてくるから――」


 言って、エルモはおもむろに立ち上がった。向かう先は野営地から離れた森の中だ。

 ……それほどまでに出費が痛かったのか、それとも荒れた内面を周囲に晒したくないのか。


 ああ見えてエルモはプライドが高い。さっきの戦いに不満があるのだろう。

 本来ならば一撃で仕留められるはずだった先制攻撃だ。追撃として織り込み済みだったとはいえ、保険の雷撃を使わされたのは自らの未熟を示されたようでなかなかに来るものがあるはずだ。

 おまけに今回の航海にはエルラム氏まで同行している。彼ならば魔法も使わず、むしろ矢の二本もあれば容易に敵を無力化できただろう。――それを思えば彼の目前で醜態を晒したとエルモが思っても不思議では――


「…………いいや、違うな」


 ちょっとした直感。そしてささやかな記憶の想起。

 憂鬱な様子で遠ざかっていくエルモの背中を眺めながら、俺は彼女の胸の中にあるものを察した。


 今のあいつの頭を占めていることだって?

 そんなものは決まっている。



「うぅぉおおおろろろろろろろろ……っ」



「船酔いは克服できず、か……」

「クゥゥ」


 そういうもんはちゃんと穴掘ってから埋めていただきたい。

 こちらまで漂ってくる酸っぱい臭いに、足元で蹲っている白狼があからさまに顔をしかめた。

ノルマ達成

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久々にエルモがエルモって感じ! [気になる点] ん?戦力を三つに分けて三方向から攻撃??どっかで見たような?それも負けてた様な? [一言] まぁ高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応すれば…
[一言] 【悲報】エルモさんゲロインの称号を獲得 せっかくのハードボイルドをぶち壊しにいくその姿勢を称賛したい
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