PUMPKIN SAGA 外伝 『帝国』:後
――間に合わなかった。なにもかもが遅すぎた。
敵襲の一報を受けて急行した集落のひとつ。斥候のシギュンがそこに辿り着いたとき、待ち構えていたのは目も覆わんばかりの光景だった。
散乱する瓦礫、薙ぎ倒された樹齢五百年以上の木々。家屋は大半が倒壊し、力及ばず圧倒された兵士たちが辺りに倒れ伏している。
――そんな中で、
「くぁあああああああっ!」
「おおおおおおおおッ!」
周囲に尋常ならざる被害を撒き散らしながらド突き合いを繰り広げる怪人二人の姿が。
一人は言わずもがなカボチャの怪人である。
濃緑のスーツに走るオレンジのラインが拳を振るうたびに明滅し、首に巻いた黄色のマフラーが拳風に煽られて激しくはためいている。
オレンジのバイザーにくり抜かれたがらんどうの眼窩、ジャック・オー・ランタンの瞳に青白い炎を燃え上がらせてカボチャ怪人は目の前の敵を打倒せんと拳を振るう。
対する一人はやはり怪人だった。
茹で上がった皮膚のような体表はぬめりを帯び、筋骨隆々の体躯は目の前のカボチャ怪人が子供に見えるほど。眼前のカボチャを粉砕せんと振り被る拳には貝殻のような篭手を帯びている。
そして何よりその怪人で目を引いたのは、その腕が六本あるという点。
足が二本、そして腕が六本。赤い体躯にぬめる皮膚と来れば、およそその正体はシギュンにも想像がつく。
ひときわ大振りに拳を撃ち込んでカボチャを引き離し仕切り直した巨躯の怪人、その腕にびっしりと連なる吸盤の数々を目にしてシギュンはますます確信を深める。
「おお、見事!」
タコ怪人が言った――――え? しゃべった!?
隠れて見守っているシギュンの驚愕をよそにタコ怪人が言葉を続ける。むくつけき外見に相応しい暑苦しい笑みでカボチャを讃えて、
「この俺と正面から力勝負ができるなど、海魔幹部の中でも五指といまい! 上陸早々これほどの猛者と当たれるとはなんという幸運か!」
「…………」
カボチャは無言。むしろ口上の隙を狙おうとひと息で敵の懐に踏み込んだ。
「ハァッ!」
「ぬう!?」
ダッキングを織り込んだ鮮やかな肉薄。迎撃の六本腕を潜り抜け、身体と身体が密着寸前にまで接近したカボチャは、たわんだ身体を跳ね上げるとともに痛烈なアッパーカットをタコの顎に叩き込んだ。
たまらずたたらを踏むタコ怪人。浮き上がる身体、泳ぐ視線。今度こそ身体を沈ませたカボチャの踏み込みが、無防備になった胴体へと迫りくる。
「ちぃ……ッ!?」
「っだァ!」
震脚。肉薄、それに続けて肉を打ち弾け飛ばす衝撃音。
コンパクトに折り畳んだ右の肘がタコ怪人の鳩尾に捻じ込まれた。
踏み込みで陥没させた地面の反発を最大限に乗せきったその一撃は絶招と呼ぶにふさわしく、怪人の内臓まで徹しきったインパクトは背中の一部皮膚を四散させて背後へ抜ける。
見様見真似では決して為しえない拳闘の絶技。この領域に至るまであのカボチャは一体どれほどの死地を超えてきたというのか。
「ご、ぉぉおおおっ!」
しかし、敵はそれすらも耐えきった。
渾身の肘撃、その残心とも取れぬわずかな硬直。六本腕のひとつが伸び、カボチャの腕に絡みつく。
引き剥がせるはずもない。腕とは名ばかりのその触腕にはびっしりと吸盤がひしめいている。一度掴まれたが最後、その異常な吸着力で獲物を捕らえて離さない。
片腕を取られたカボチャと、今にも崩れかけのタコ怪人。双方が採った選択は奇しくもまったくの同一だった。
――――すなわち、互いに引き合っての蹴撃。
ヤクザじみた足裏がカボチャの腹に撃ち込まれたと同時に、鞭のような回し蹴りがタコの側頭を刈り飛ばす。
どちらのダメージが甚大であるかは定かではない。カボチャは仮面から唯一露わな口元から緑色の体液を零し、タコ怪人は側頭部の裂傷から墨のような液体を噴き上げながら、どちらも相打ちに撥ね飛ばされる。
「がはっ、はは、ハハハハァッ!」
地面を毬のように転がり、勢いづけて立ち上がったタコ怪人はなおも血気盛んだった。引き剥がされたときに千切れた腕が痛々しい断面を露わにしつつも、猛る戦意が衰える気配はない。
獰猛に歯を剥き出しにして怪人は顔を歪める。
「――――ッ」
樹齢七百年の大樹の幹に身体をめり込ませて停止したカボチャ怪人は、木片を撒き散らして立ち上がった。ぎりぎりと食いしばった口元からとめどなく緑の液体が吐血のように溢れ出てくる。背中に突き刺さった拳大の木の破片を引き抜いて捨てると、カボチャは無言で構えを取った。
荒い息遣いに、激しく上下する肩。胸を守る装甲は罅割れ、触腕が引き剥がされた腕は肉までが抉り取られていた。
それでも、闘志は。
その眼窩に燃える、怒りの炎は。
決して尽きぬと、折れることは断じてないのだと――
「――いい闘志だ、好い戦士だ! この出会いに感謝しよう!」
タコ怪人が言った。
「貴様の名乗りを聞かせてくれ、得難き難敵よ! 我が名はオクティス! 海魔十傑将、怪腕のオクティスだ! どうかこの名を胸に刻んでほしい、そして貴様の名を聞かせてくれ!」
タコのくせにホストみたいな名前してる……
そこはかとなく香ばしさが漂ってくるノムリ……もとい、スタイリッシュな名乗り口上。まるで釣りゲーで天下取ろうとした某ファイナルしないRPG主人公のような名前だった。
隠れて見ていたシギュンが思わず突っ込みたくなるほど意味不明な光景である。
「…………アタイは、太陽の戦士」
対するカボチャは、言葉少なに。
「ただ一つの悪を撃つ。太陽の戦士、パンプキンヘッド……!」
「――――ハハッ!」
その言葉に、タコの男は小気味よさげに破顔する。
その時だ。名乗りを合図としたのか、唐突にタコ怪人の肉体が形を失った。
辛うじて人型を保っていた筋骨隆々の身体は、骨を失うように形をぶにぶにと変形させふた回り以上も体積を肥大化させていく。
蛸に骨はない、外殻も関節すらも存在しない。あるのはひたすらに強靭な筋肉のみである。ただそれのみで貝を砕き、岩にしがみつく。それが人間大にまで巨大化したとあらば何を意味しているのか。
「さア、決着ダ、ぱんぷキン!」
その威容を目にしたカボチャは、ただ鋭く息を吐いた。
「――十秒で仕留める」
〔READY〕
バックルが異様な音を奏でた。亀裂の入ったラングアーマーが展開し、ジェット機のような轟音とともに強烈なダウンフォースが発生する。
大きく開いた足にかかる負荷のほどは、足首まで呑み込もうとする地面の埋まり具合で察せられよう。
〔NINE……EIGHT……〕
「パンプキンスマッシャー、展開」
カウントが進む。何を意味しているのかは分からない。
弓を引くように大きく引き絞ったカボチャの右腕に変化が起きた。前腕部を守っていた腕甲が機械的な音を立てて形を変え、拳そのものを覆い込んだのだ。
見た目はまさにオレンジ色のナックルダスター。たとえ質感がカボチャの皮そのものだとしても、実態はまるで異なるに違いない。
〔SEVEN……SIX……〕
身体に走るオレンジのラインがまるで生命のように脈動する。バックルから全身に行き渡る血流のごとき魔力の奔流。呼吸のたびに輝きを増し、引き絞る右手へとその全力を伝達しているのだ。
何かの駆動音、あるいは充填音。熱量すら伴って拳から発せられる音は甲高く音階を上げていく。
〔FIVE………FOUR……〕
そして、
「…………ッ」
〔START UP〕
カボチャが動いた。
もはや臨界点に達した拳の充填。敵の打倒以外の選択はなく、一切の搦め手を捨て去り愚直に前へと突進する。
音速は超えていた。踏み込みのたび破裂するように『何か』を突き破り、一拍遅れに衝撃波が周囲の瓦礫を殴りつける。
狙いは一点。六本腕の怪人、その身体の中心へと弾丸のように突き進む。
「オオオオオオオオッ!」
タコ怪人――オクティスが動いた。既に人の姿形は失っていた。
地面を踏みしめていた両足まで触腕に変え、引き千切られた一本を除く計七本の触腕にて襲来する敵を迎え撃つ。
変幻自在に繰り出される筋肉の鞭。視界を埋め尽くす吸盤の群れ。まるで怪人を中心に渦巻く竜巻のように。
これを躱しきることなど、ましてや掻い潜り突破するなど出来ようはずがない。触れたが最後、絡め取られへし折られ絞り潰される絶死の防御である。
――――もし、彼の腕が八本すべてそろっていたら。
〔THREE〕
「…………ッ!」
更なる加速。更なる限界の踏破。
その瞬間、カボチャは亜光速へと到達した。
万全に思われた触腕の防御、そのわずか一本の欠落。足りない手数、届かない間合い。
常人ならば見切るはおろか検討すら届かない間隙ともいえない隙。いっそ鮮やかに速度を保ち、カボチャの女は潜り抜けた。
インパクト。
音は衝撃とともに遅れてくる。
叩き込まれた拳はオクティスの鳩尾のど真ん中を穿ちぬいていた。
〔TWO〕
カウントダウン。
バックルから流れ出るオレンジの奔流。スーツのラインから脈動とともに伝わる流れは、いっそう輝きを増して腕を伝いナックルダスターへと伝播する。
鳩尾へ埋め込まれた拳。だくだくと流れ出る体液とともに零れ出るまばゆい光。
何かが、カボチャの拳を伝ってタコ怪人へと流し込まれている。
〔ONE〕
「み……見事だ、パンプキンヘッド」
ごぶ、と口から血の塊を零しオクティスは言った。
「貴様と戦えたことを、誇りに思う」
「…………」
「だが。だが、心せよ。海魔帝国にとって、俺など所詮尖兵に過ぎん……いずれこの大陸は、海魔皇帝の手中へ収まる定めだ……!」
「定めなんて、信じるもんか」
「―――――ならば、証明してみせろ。貴様の言葉を、貴様の拳で」
その決意に満ちた言葉に何を思ったのか。オクティスは満足げに口元を歪めた。
〔ZERO〕
臨界突破。拳を引き抜いたパンプキンヘッドは大きく跳躍しオクティスから間合いを取った。血振りのように拳を振るい体液を振り落す。
マフラーをはためかせ背中を向けるパンプキンに、もはや死に体のオクティスは壮絶に笑い、
「く、はは、ハハハハハ! 海魔帝国に、栄光あれ――――ッ!」
〔PUMPKIN-CRASH!!!〕
光に包まれる。哄笑と爆音が混ざり合い、赤い爆炎が天を衝いた。
荒々しく背中を炙る爆風もそのままに、パンプキンヘッドはいずれ来たる死闘へと思いを馳せる。
「海魔、帝国……!」
敵は定まった。これ以上なく明確に。
戦いの道程は、未だ長く続いている――
●
「クレーターがっ、森にどでかいクレーターが……!」
そんな光景をつぶさに目に収めながら、シギュンは後のことを思って頭を抱えた。
こんな爆発が起きてしまっては、せっかく留め置いておいた三人衆が駆けつけてくるに決まっている。一体彼らに何と説明すればいいのか。
あの二人のタイマンに思わず見とれてましたなんて口が裂けても言えない。
感慨深げに立ち尽くすカボチャ怪人を三つの気配が包囲するまで、およそ二分。
戦いは不毛だと誰かは言った。
奪われる命、失われる故郷、積み重なる憎悪。
まるで絡みつく鎖のように心を縛り上げ、腐らせる猛毒なのだと。
しかし、鎖をこそ寄る辺にするしかないものは?
心を預けられる相手はなく、我が家は焼け落ち、残ったものは誰のためともわからない激情。
満たされぬとわかっていても、心にわずかな清算を求めて剣を取る。
正しさも罪深さも、がらんどうに虚ろな胸には響かない。
空虚なままに敵を討ち、己すらも救えない。
敵とは誰だ。悪とは何だ。
答えを持たない少年は、ただ心が叫ぶままに走った。
次回、PUMPKIN SAGA 外伝『邂逅』
――――その孤独、寄り添えるか、パンプキン。
ところで少年って誰のことなんです……?




