PUMPKIN SAGA 外伝 『帝国』:前
南方から襲来する海魔たちへ対応するため、エルフたちは北方戦線から精鋭を抽出することを決断した。
それは機動防御戦術において精鋭を固めている迎撃部隊から更に戦力を引き抜くことを意味し、北方戦線への悪影響は避けられない。南方へ対応する戦士たちには早急な事態の収拾と北方への復帰が望まれている。
この南方向きの戦力として選出されたシギュンは、この人選に大いに不満があった。
人数については別にいい。もとより出涸らしのような人数から油を絞るように捻り出した戦士たちである。余裕をもって作戦に当たれるなどとは思っていないし、むしろ想像を絶する苦戦が待ち構えていると聞いても驚くことはない。
問題はそこではないのだ。
問題はこれにシギュン自身が選ばれてしまったことと、そのほかのメンバーについてである。
斥候や連絡役、そしてメンバーの世話役といったいわば雑務を期待して入れられたシギュンと異なり、他の三人は歴戦の勇士たちだ。迎撃部隊で蜥蜴と戦い抜いてきたエリート中のエリートでもある。
いや、別に人格面に問題があるわけではないのだ。エルフ特有の傲慢さは確かにあるものの、熱意や使命感は人一倍であるし、プレイヤーのシギュンに対し嫌がらせをしてくるわけでもない。選民意識といっても日常のやり取りに支障が出るほどでもない。たまにイラッと来る言動があるだけで。
問題は……その、問題は……
「どうしたシギュン! 顔が暗いぞ!」
拠点にしている集落の、やや広い食堂。
食卓の片隅に陣取って頭を抱えていたシギュンに、語り掛けるひとりの男。くだんの三人組の一人である。
名を、エルグラムといった。
「気持ちはわかる。明日には気味の悪い海魔との戦いが待っているんだからな。だが安心しろ、たとえお前がヘマしても俺たちが補ってやるさ!」
「…………」
笑顔が……眩しい……
にっと歯を見せて笑うエルグラムは、性格からわかるように選抜隊の隊長を任されている。年齢は二五〇ほどなのだと聞いた。
珍しい森の生まれでないエルフで、あの砂漠帰りのエルラムの直弟子である。当然、肌は生まれついての砂漠生活のせいで浅黒い。
ダークエルフもかくやという外見のせいで差別を受けてもおかしくないのだが、それを持ち前の陽気な性格と剣の腕で打ち破った生粋の陽キャである。帰りたい。
彼は長老からこの戦いに参加するにあたり、大森林に伝わる神器の一つを賜った。今まさに腰に佩いている、柄の長い片手剣である。
聖句を唱え鍔元に象嵌された宝玉へ魔力を流し込むことにより、この剣は刀身を展開し両手剣へと変貌を遂げる。これを振るって炎を纏った大斬撃で敵を屠るのがエルグラムの得意技だった。
「まったくです。今から緊張していては木の根に足を取られてしまいますよ?」
丁寧な口調でエルグラムに同調するのは理知的な風貌の眼鏡のエルフだ。
身長190を超えるこの長身の男の名はエルフリード。三〇〇歳半ば独身。端整な顔立ちと紳士的な物腰と卓越した魔法の技量で、若い女エルフから圧倒的な人気を誇るイケメンである。帰って。
彼もまたエルグラムと同様に神器を授かっている。土魔法と風魔法を両立させて行使する長柄杖は、聖句を唱えると先端から刃を展開し白兵戦へ耐える長柄槍へと変貌するのだ。
槍の穂先で斬り裂いた樹木はエルフリードの支配下に置かれる。 流麗な動きで入り組んだ木々の間を舞うように駆け抜け、森そのものを自在に操る姿は魔法種族エルフとしてのひとつの到達点であるといえるだろう。
「未だ正体の掴めぬ海魔、そして意味不明なカボチャの化け物……敵は依然として尻尾を見せませんが、大丈夫。私がいる限り、必ずその弱点を解析してみせましょう」
「……………………はぁ」
自信ありげな微笑に騙されそうになるが、シギュンは知っている。今この男が得意げにクイクイやってる眼鏡はよく見ると度が入ってないということに。まさかのファッションインテリ疑惑である。
まるで大学デビューとともにお洒落と称してウルトラ眼鏡に手を出した勘違い男を見ているようで、頭が痛くなった。
「……まったく、馬鹿みたい」
呆れた仕草でこれ見よがしに溜息をつくのは三人衆の紅一点、エルミリアである。エルエル多いなほんとこの種族。
彼女は数年前にリザードマンとの戦いで命を落とした長老格、エルモアの一人娘だ。母親譲りの水魔法の腕前は確かなもので、魔弓で射抜いた敵を瞬時に氷結させるほど。
同時に光魔法への心得もあり、選抜隊の回復役という要を任されている。
エルミリアが授かった神器はミスリルの純度を増した連結魔弓だ。下手な杖よりも魔法威力を増幅させる効果を持ち、魔力で形成された弦を爪弾けば聞いた者のHPを回復させる効果を持つ。
そして何より特徴的なのは――この弓、持ち手の半ばから真っ二つに分離させることができるというところ。そしてリムの部分が切れ味抜群の短刀として機能する。
まさに遠近両用。退けば癒し手、遠間では弓手。そして近付けば短刀二刀で滅多切りという隙の無い戦闘を繰り広げるスタイルの女戦士である。
「たかが魚の化け物風情にこんな大がかり。わざわざ蜥蜴相手の戦線を縮小してまで。エルラムは何を考えているのかしら?」
エルミリアはこの部隊の発起人であるエルラムへ辛辣な評を吐いた。彼女としては母親の仇であるリザードマン戦に専念していたいというところなのだろう。
本人に悪気が無いのは周知のことなのだが、無自覚に高飛車な振る舞いをするところがある令嬢だった。
「だいたい、あのダークエルフもどきが初戦で及び腰になったからこんなことになったのでしょう? 責任を取るべき人間がここにいないのはどうかと思います」
「おい、師匠のことを悪く言うのは許さないぞ」
「まぁまぁ。年寄りの冷や水を尻拭いするのも、我々若者の義務というものです。それに我々が神器を賜るよう口添えして頂いたのはエルラム殿とのこと。それだけ期待されているのですよ」
そうかなぁ。人手不足が窮まった苦肉の策な感じがするんだけどなぁ……
内心彼らの会話に突っ込みつつ、口には出さない。正直、この三人の中に混じって談笑に興じるなんて真似はシギュンにはできない。近寄りたくないのだ、あの輪の中には。
何故なら……
「それにしても驚きだぜ。森のエルフは火が嫌いだからこんな剣なんか持ってないと思ってたからな!」
ギュゥウイイイイン!!! グオングオングオン!!!
「エルグラム。そう易々と神器を展開するのはよしなさい。危ないでしょう」
「堅いこと言うなよ! 今のうちからこの変形に慣れておきたいんだって。フリードだってそうだろう?」
「私の杖はあなたの剣より変化が少ないですからね。使い勝手が大きく変わることはないのです。ほら、こんな感じに――」
ヒュウオオオオン!!! シュンシュンシュン!!!
「――ほら、この通り」
「いつ見てもわからねえな。その刃、一体なんの材質なんだ?」
「材質というならこの弓もわからないわ。こうして連結するときに張られる弦、いったい何で出来ているのか……」
ガッキィィイイイイン!!! ギュインギュインギュイン!!!
「…………ッ」
彼らが得意げにいじっている、あの神器のような何か。あれについてひとつ物申したいことがある。
初めてあれを見てから常に思っていたことだ。それは、
「どうしてそんなDX臭が滲み出る外観なんですかねぇ……っ!?」
どこからともなく電子音が音割れとともに響き渡り、はめ込まれた宝玉がギミックを動かすたびにピコーンピコーンと明滅する。そして何よりその塩ビちっくなチープな外見。
誰がどう見ても日朝ヒーローが使っている販促前提な玩具武器である。
なんなんだ、これは。この光景は地獄か何かか。
どうしてエルフの若手ホープなエリートどもが、超合金とかDXとかが冠詞についてそうな玩具を片手に大真面目に戦闘議論に興じているのだ。
一体誰がこんな武器をデザインした。なりきりアイテムか、プレバンか、CSMか。エルフはいつから財団Bの手先になった。ちょっと欲しいぞ値段次第で。
でも実際に衆人環視の中であんなものを大真面目に振り回せるかといわれると……
「どうしたシギュン? でらっくす? が何だって?」
「……い、いいえ。なんでもありません」
挙動不審になったシギュンを慮ってか、エルグラムが怪訝そうに声をかける。シギュンはいそいそと平静を取り繕って応対した。
「や、やっぱり、いよいよ明日には会敵かと思うと、少し緊張してしまって……」
「弛んでいるわね。『客人』はこれだから信を置けないのだわ」
誰のせいで弛んでいると。
心無いエルミリアの台詞に飛び出そうになった突っ込みを抑え込む。……お前らだよ。お前らの武器のせいでこっちの精神が落ち着かないんだよ。
黙り込んだシギュンのことを勘違いした男二人がエルミリアを軽く咎める。
「ミリア、そう言ってやるな。シギュンは戦闘要員として同行するわけじゃないんだぞ」
「そうです。ただの補給役に高望みするべきではありません」
「エルグラム、勝手に人の名前を略すのはやめて貰えないかしら。エルフリード、あなたはそこの『客人』を甘やかし過ぎよ。そもそも――――いいえ、やっぱりいいわ」
そんな二人へ何かを言いかけたエルミリアは、途中で首を振って言葉を途切れさせた。興が削がれたのか、連結弓を分離させ腰の鞘へと差し込む。
キュロロロロロロロロロ……!
そしてすかさず入る珍妙な電子音。この三人はこれについて思うところが無いというのか。
「今日はもう休むわ。――シギュン、あなたも明日に疲れを残さないようになさい。足手纏いはごめんよ」
そう言い捨て颯爽と去って行く女エルフを、シギュンは何とも言えない表情で見送るしかなかった。
「…………どうしよう。明日の戦い、真顔を維持できる自信がない……」
もう帰っていいですか。




