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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
霧の戦士
488/494

意見ですらない

 ところ変わって会議場。

 使節のエルラム氏にはいったん客間にて遠慮してもらい、仲間内で方針を定めるため話し合いを設けることになった。争点はまさに援軍の是非である。


「受けるべきね、この話」


 真っ先に賛成を述べたのはエルフプレイヤーとして五年大森林に住んでいたエルモだった。


「援軍としてどの程度戦わされるか知らないけど、それを差し引いても対価が大きいわ」

「エルフの精鋭50人……いまいちピンと来ねえんだが、それってどれくらいの戦力になるんだ?」

「森にそんなのが潜んでると知ってたら、私なら千人人間を率いてても絶対に攻め込まないくらいね」


 団長の疑問にエルモが間髪入れずに答える。よほどのトラウマでもあるのか、首をすくめたその顔は青ざめているように見える。


「私を軽く上回る魔弓兵が50人よ? どいつもこいつも軽く二百年以上リザードマンと殺し合って生き延びてきた化け物揃い。蜥蜴の関節の皮膚が伸びきったのを狙って鱗の隙間を射抜く、なんて芸当を鼻歌まじりにやってみせる連中なんだから」

「どうやるんだ、それ……」


 理屈はわかるがそもそもそれを見抜ける気がしない。だってあれ全身緑色だし動きまくるし、斬り合いならまだしもクロスボウで鱗の隙間を狙えとか無茶にもほどがある。

 しかもエルモと同じエルフ式の弓術となると、風魔法を使って矢の軌道を複雑に捻じ曲げる芸当も普通にやるとみた。どんだけ。

 戦慄する俺たちを尻目にエルモが言葉を続ける。


「おまけに誰も彼もが一線級の魔法使い。練度ならそこのアーデルハイトちゃんにも劣らないわ。いやむしろ属性が偏ってる分あっちのが強いわね」

「……私は、あくまで竜騎士ですので」


 水を向けられたアーデルハイトが言葉少なに答える。現半島でもっとも多彩かつ強力な魔法を操る竜騎士な彼女だが、まだ見ぬエルフ兵に内心対抗心を抱いていると見た。


「だとしたら、これは俺たちにとっても願ってもない申し出ということだな」


 ウェンターが言った。


「歩兵は充分精強に数を揃えた。空を押さえる鷲獅子騎兵も、遊撃の猟兵もいる。問題は前の内戦で減った竜騎士の穴埋めだが、うちに足りない魔法戦力が来るなら補って余りある」

「……しかしよ、ちょっとした疑問なんだが」


 乗り気な様子の副団長に続く形で団長が口を挟んだ。疑問という割にその瞳はキラキラと好奇心に輝いていて、内心のワクワクが隠しきれていない。


「そんな森で滅法強いエルフがいるなら、何でリザードマンなんかに押されてるんだよ?」


 当然ともいえる疑問である。仮にエルフがそこまで強力な種族なら、そもそも援軍が必要なほど劣勢に追いやられるはずがない。

 理由として考えられる事情はあるが……もしそれが当たっていたら、エルフの現状は見た目以上に危険ということになる。


「決まってるわ。数が揃わないからよ」


 そんな懸念を見事に肯定してくれやがったのが我が副官である。


「私が森にいたときにだって、そんな精鋭が30人以上一か所に集まったことなんて一度もなかったわ。みんな持ち場の防衛線を守るので手いっぱいなの。おまけに最近は南からも変な敵に攻められてるんでしょ? 腕利きを一つに集めるよりも、兵卒を率いさせて守りを固めるわね」

「最近のエルフのトレンドだとかいう機動防御戦術ってやつは? 腕利きだけで迎撃部隊を作ってるんだろ?」

「多くて20人ね。それ以上引き抜けば本隊が現着する前に防衛線が抜かれるわ」


 つまり、50人からなる練達エルフ部隊とは、現在大森林で逼塞している彼らが出せる最大の戦力ということらしい。それも、森の情勢が安定して最低限の兵力で回せるくらいでなければ抽出することすら難しい。

 すなわちリザードマンと海魔、両方が片付かない限りエルフは辺境伯に助勢しない、出来ないというのがこの話の味噌だ。……言葉の裏に他意や条件を加えるいやらしさは、京都商人のそれと似ている気がする。


「私はアリだと思いますよ、援軍」


 ついで口を開いたのは商人のノーミエックだ。東辺海航路の商船団を主導する男は、この春に第二子が生まれたばかりである。


「軍事のことは門外漢ですがね。これを機にエルフとの関係が深まれば更なる商機が生まれるかもしれません。ミスリルの魔剣や王族が使うような工芸品なんかは、なんだかんだで流通させてもらえませんでしたし」


 砂糖であったり良質な紙であったり、大森林産でなければ支障が出る産品というのは存在する。土地と人がセットで必要な以上、エルフを見捨てて後日森を征服するだの森を捨てさせてエルフだけ半島に移住させるだのといった手段は取りにくいのだという。

 エルフとの交易品はハスカールの収入の多くを占める。これが失われれば『鋼角の鹿』の規模も装備の質も維持できない、というのもあるが。


「――結構なこと。私としても反対する理由はありませんな」


 それまで沈黙を保っていた男が口を開いた。

 ヴィルヘルム・ノイマン。冷たい表情で議会の成り行きを見守っていた竜騎士は、上座で頬杖をついているアリシアに向けて言う。


「エルフが客分として我らに助勢する――これは彼らから大陸の覇権を辺境伯閣下が認められたことと同義。かのルフト王朝とて、エルフからすれば留守中に母屋を掠め取った盗人に過ぎません」

「つまり?」

「これ以上ない独立の機運を深める契機となるでしょう。ゆくゆくはルフトを滅ぼし、正統な覇者として王朝を立てることも一興かと」


 そしていちいち言動がぶれない。

 本性を隠さなくなったというか、事あるごとに主君を扇動して野心を駆り立てようとするさまは控えめに言って佞臣である。別に私心とか含むわけでもなく、心からお嬢を成り上がらせようとしているあたり本当にタチが悪かった。


「腐敗し弱体した王家に義理を尽くす価値などありません。そして今の王都を占拠するのは正統性なく時勢のみを所以とした簒奪者(マクスウェル)。根回し次第でいかようにも切り崩せましょう」

「ま、待て。それはつまり、ルフト王国と対立するということか?」


 当然、そんなタカ派な意見には反発があるわけで。

 声を上げたのは先代ジークヴァルトの治世から仕えているヒューガー執政である。先代と同様に親王国派の彼は顔色を変えてノイマンへ言い募る。


「恐れ多くも、ミューゼル辺境伯家は彼の征服王より半島へ封じられた股肱の臣! そんな我らに反旗を翻せと申すか!?」

「ですので、それ以上の大義名分を得た今、彼の王家へ忖度する必要は消え失せた、と申し上げているのです」


 睨みあう執政とノイマン。せめぎあいとしてはややノイマン有利といったところか。さしもの辺境伯領内政を司る執政といえど、現役で戦国メンタルな竜騎士の相手は分が悪いようだ。


 ……しかし、外的影響も鑑みると、か。

 単純に経済圏の確保と戦力の拡充だけをメリットとして見ていたが……なるほど、こういった外交的見地も存在するんだった。ただ斬って殴れば解決する無頼な身分とはおさらばしたんだなぁ、と今更ながらしみじみしてしまう。

 まぁもっとも、オレにできる仕事なんて斬って殴ってぶっぱなすことくらいしかないんだが。


「外交を絡めるというからには、私からも積極的な賛成は致しかねます、閣下」


 横から口を挟んだのは交易都市執政のクラウスだ。義足の執政は体力的につらいからと、発言を求めながらも着席のままを許されている。

 クラウスは片眼鏡の位置を直しながら意見を述べた。


「リザードマンを撃滅し湿地帯を攻め落とすとなれば、この遠征はこれまでになく大規模かつ長期に及ぶと予想されます。となれば湿地帯にほど近い中継拠点は必須であり、最も適した場所は要塞都市ニザーン以外にありえません。そして幸いにしてイアン・ハイドゥクは要塞司令官ルグナン将軍とは知己を得ています。しかし、彼はリザードマンの脅威へ相対するためマクスウェルの政変を認めたものの、あくまで王国を支持する立場を崩しておりません。

 ノイマン卿の主張の通り、覇権を掲げて領内を通過するとなれば反発は必至。少なからず作戦への悪影響が予想されます」


 いざというときの逃げ道と仮の寝床は確保しておきたいところである。前に向けて攻める以上、後ろの要塞には背中を向けざるを得ないわけで。万が一劣勢になって逃げかえるとき、要塞の門が締め切られていたら目も当てられない。

 今回の作戦に要塞都市の協力は不可欠であり、ルグナン将軍の印象をよくするにはノイマンのように野心満々では論外、ということなのだろう。


「交渉と段取りには時間を頂きたい。最低でも半年、遅ければ一年ほどあれば」

「それくらいなら大丈夫だろ。どうせ次の船は来年の年末だ」


 軽い調子で団長が応えた。

 今年の東辺海航路はもう閉じてしまっている。航路は冬の間は時化で、それ以外は凪で船は動かせない。陸路がほぼ確定している現状、準備期間が相応にかかるのはあちらも織り込み済みのはずだ。

 目安としては、リザードマンの活動が活発になる夏場までにアクションを起こしておきたい、といったところだろうか。


 ……ところで、この会議において一言も発していない人物がいるのだが。


「それで、あんたはどう思う?」

「馬鹿猟師、俺に振るな……!」


 発言を求めて振り返ると、数歩下がった立ち位置で身をすくめている鍛冶屋のミンズがいた。


「……勘弁してくれよ。場違いなんだって、大体俺がここにいること自体間違いなんだって」

「ははは、ナイスジョーク」

「ぶち転がすぞ……!」


 大勢の視線にさらされて顔が赤くなったり青くなったりと忙しい様子の鍛冶屋。しかしこの男が今回の寄合に工房の代表として出席しているのは揺るぎない事実である。

 いつもなら鍛冶屋はこういう場はギムリンやガルサス翁に任せて引っこんでいるのだが、今回ばかりはドワーフ二人が参加を拒否したのだという。その理由というのも、


「――その、工房連中の反応は、だな、いや、ですが……あまりよろしくはありません」


 どもりながらも難しい顔で鍛冶屋が言った。


「特にドワーフの職人が難色を示しているよう、です。自分たちの国は消えてなくなったのに、エルフの危機にはすぐさま救援が行くのが納得いかない、と」

「無理して敬語なんか使わなくてもいいのに」

「うるせえっ! ――とにかく、僻み嫉みが絡むから真っ当な意見なんぞ出せんのだと。いっそ奴らが滅んでから残党を半島で吸収した方が溜飲も下がるしこっちの戦力も増すじゃろ、とか……」


 なるほど。ドワーフたちは棄権、あるいは傍観に一票と。

 私情が絡むから公式な意見にしたくないというあたり、それなりに自覚というか割り切りはできているのだろう。後はどう折り合いをつけるかだが……まぁドワーフは商人の種族ともいうし、何かしら有利な条件を提示されれば禍根を棄てるのもやぶさかではあるまい。

 何はともあれ交渉次第、ということに変わりはない。


「あと、ギムリンの言ですが……将来を見据えてマウントを取っておきたい、とか云々」

「まうんと?」


 意味を測りかねたアリシアが鸚鵡返しに訊ね返した。対して鍛冶屋は弱り果てた表情で、


「いやね、俺もなに言ってんだかわからんのですよ。ただあのジジイ、これを機にドワーフの優位を見せつけるんじゃとか何とか口走った挙句、何を閃いたのかドワーフ連中を引き連れて工房に籠ってガッチャンガッチャン……一体俺ぁどうすりゃいいんですか?」


 知らんがな。


 何やら秘策を思いついたらしいドワーフ組にもはや打つ手もない鍛冶屋。今日も半島はいい感じに混沌です。

 あの二人が何を考えているかは知らないが、せめてそれが今後の展開に活きることを祈るとしよう。


 ――さて、だいたいの意見は出揃ったようだ。

 エルフの魔弓兵という餌が効いたのか、援軍に賛成が多数、王国絡みで反対が少数、棄権が二つに補給面での懸念がひとつ。

 魔王軍と王国軍の対峙も膠着状態らしく戦況が動く気配はない。むしろ魔王は西の丘陵地帯に陣を固めるドワーフ残党との戦いに注力しているらしく、事態が動かない間にリザードマンを片付けるというのはそう悪い選択肢ではあるまい。

 となると、この会議の結論も決まったようなものではないか。


「ねえコーラル。君の意見はどうなのかな?」

「む?」


 唐突にかけられた声に思わず顔を上げると、上座に座るアリシアが口元で指を組み意味深な仕草でこちらを見つめていた。


「俺の意見、ですか?」

「そ、コーラルの意見。さっきから茶化してばかりで自分の意見は口にしてないでしょ? 自分だけ傍観者気取りっていうのはズルいと思うんだ」


 だから賛否だけでも表明しろ、とアルカイックな微笑でプレッシャーをかけてくるお嬢。為政者として見違える成長を遂げているようで爺は涙が止まりません。


「…………俺としては、爺さんたちと同じように私情が混じるのでぶっちゃけ棄権したいというか……」

「うん。で?」

「猟師、ここに来てそりゃないだろ」

「優柔不断は良くないぞ」

「ていうか私情って何? あんた森に知り合いなんていないじゃない?」

「不要な隠し立ては立場を悪くする。一度どんなものか思い知っておくか?」

「コーラル。無意味に秘密主義を気取るのはあなたの悪い癖だ。直すべきだと思う」


 どうしてみんな寄ってたかって責めたててくるの……?

 そしてお前ノイマン、しれっと悪口に混ぜて姦計予告するのはやめろ。


 いやほんと大した理由なんてないんだって。でもやるってなったらまず間違いなく猟兵が駆り出されるじゃない? 少数精鋭で足が速いのが売りなんだし。だったら俺が先頭を切らないと格好がつかないじゃない? もう前線復帰できるくらいに回復したんだし、停職も次の12月なら明けているころだ。

 しかし、だがしかし。

 気が進まない。やる気が出ない。行きたくない。猛烈に嫌な予感が背筋を襲う。


「……出兵に反対、です」

「どうして?」


 だっているじゃん。



 南瓜。

(カボチャは南の方で海魔相手にハッスルしているので再会は)ないです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 南瓜か〜さすがさすがルナティックキャラいじめを忘れない
[一言] >南瓜 せやな 殴りあったもんな…
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