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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
霧の戦士
485/494

瘴気島の王

区切れなかった……

 ――地下に潜む。それがゴブリンの生き延びる道だ。


 不本意ながら今のアムールはそう断言せざるを得ない。数千の兵を抱え、食糧も装備も蓄え、勢いにも乗っていたゴブリンたち。瘴気島統一まであと一歩のところまで来ていたその権勢は、わずか三十分足らずの戦闘で覆された。


 アンデッドに蹂躙されたゴブリンの数、およそ二千超。あの戦場から生き残れたのは5百人に満たなかった。

 迎撃はした。防衛を行った。アムールが指揮できる限り最大の統率をもって対応した。しかしあまりにも敵が多すぎた。

 まるで鯨に呑み込まれるオキアミのようだった。無造作に毟り取られるように前線の守りが突き崩され、あっという間に後方へと浸蝕していく。後衛はアムールが魔法職として鍛えたゴブリンたちが主で、白兵戦は苦手としていた。自らより多い敵への対処など知るわけがない。


 穴のあいた前線を埋めるように後詰めを投入するも、前線の崩壊に間に合わず逐次投入に終始した。決壊するダムを手で抑え込むようなもので、次から次と守りが食い破られ、そのたびに悲鳴が上がった。

 迎撃に残ったゴブリンたちが壊滅し、生き残りは我先にと逃亡へ移った。当然のように追撃が始まった。アムールも数少ない手勢を掻き集めてどうにか食い下がろうとしたが……効果があったのかどうかはわからない。


 五百人――これを成果と称していいのか、惨状と見るべきなのか。それを判断する術はアムールにはない。


 ――――次はどう出る。どう戦う。

 まだ戦いは終わっていない。ゴブリンの命運は尽きていない。

 主力の二千は喪われたが、まだゴブリンは滅びたわけではない。これまでは戦士として採用しなかった虚弱なものや女子供までつぎ込めば、まだ五千は兵として捻り出せるはずだ。逆転の目は残っている。


 穴を掘った。万が一のことを思って、以前に棲んでいた穴蔵に手を加えた。

 狭い坑道、入り組んだ通路。ゴブリンならば苦にしない大きさだが、人間なら膝をつかなければ満足に進めない高さの洞窟だ。大軍は用をなさず、剣も槍も弓さえも使えない。

 兎の巣穴のように複数の地点にに入り口を設け、毒煙で燻されても奥まで届かないよう通風性にも気を使った。地下奥深くに水脈が流れ、水攻めもある程度耐えられる。

 これを人間が落とすのは至難を極める。あるいは大地震でも起きれば何もかもが生き埋めになるかもしれないが、アムールが強化を施した地下道を崩すにはそれこそ地の賢者クラスの大魔法が必要になるだろう。


 だから、そう。地下に潜む。洞窟にて力を養う。

 今は瘴気島の北西部を覆う程度の地下洞窟網、これを瘴気島全体へと張り巡らせる。水面下でこの島を掌握するのだ。

 徹底して交戦を避け、瘴気島各所へ神出鬼没に出現し人間の後方を脅かす。畑や漁村を略奪し、穀倉へ火を放つ。

 人間は警備のために軍を散開せざるを得なくなる。せっかく取り戻した南東の平原なのだ、また荒れた畑を耕し直すことを考えれば手放すことなど思いもよらぬはず。そこを各個に撃破する。


 廃城、北の駐屯所、そして東の平原部。どれもこれも守れと言われたところで限界はあるのだ。彼らが抱えられる兵力には限りがあり、必然的に偏りが生まれるはずだ。

 さしあたって重要なのは廃城だ。アムールたちゴブリンにはできなかったが、これを修繕し適切に兵を配備すれば大軍にも対抗できる。拠点に依れるという誘惑に彼らが勝てるわけもない。必ずそこに兵を集中させるはずだ。

 最低でも三百。防衛兵器と予備兵のことを考えると五百近くがこの城に詰められるだろう。東の守りに割ける戦力は……二百か、三百か。

 つまり、村々に分散して置いておける兵の数は、一つの村に対して多くて五十。重要度の関係で十数人程度しか派遣されない村も出るだろう。そこを狙う。


 索敵し、集結し、数的有利を得たうえで蹂躙し、略奪し、散開し逃亡する。ひたすらにこれを繰り返す。

 どこぞのカルラディアではあるまいし、兵士は畑から取れるわけではないのだ。必ず供給に限界が訪れ、そしてそれはゴブリンより人間の方が許容値は低い。

 統率をもって土俵に上がる段階は過ぎ去った。これからはゴブリンの戦い方を人間に押し付けてやる。


 冷徹に思考を進める。

 道理も倫理も人情も捨て去る。のちの厄介など明後日に投げ捨て、ただ勝つことのみを志向するのだ。

 ここは島いっぱいに敷かれた盤面。こちらに歩は多く、大駒は枯渇寸前。打てる手は限られていて、心情をさしはさむ余地などない。


 ――――だが、まだ勝ち筋はある。まだ終われない。まだ止まれない。

 立ち止まるには早過ぎる――――



   ●



 バーダンが西の洞窟に現れなかったという。

 先んじ手向かわせた土精霊に、部下の一人が悲鳴じみた報告を投げつけたのだ。廃城から撤退し、戦場から生き延びた残党を収容した段になっても、ゴブリンの首領は姿を見せなかったと。


 逃げ遅れたわけではあるまい。バーダンは人間の兵士など歯牙にもかけぬ実力を持つ。もし戦闘に入ったとしたら余波でアムールが必ず気付くはずだ。

 戦場で死んだわけでもなく、洞窟へ逃げたわけでも廃城へ戻ったわけでもない。普通ならば打つ手なしとして途方に暮れるであろう主君の不在。――――しかし、アムールには彼の所在について思い至るところがあった。


 とても、不本意なことに。


「バーダン」

「おぉ、アムールか」


 瘴気島廃城の地下深くに、その場所はあった。

 城内の汚水を堀へ向けて排出する水路だ。堀と繋がる出口から逆行していくと、隠し通路のように築かれた横穴から更なる地下へつながる階段が存在する。鼠や長虫の這いまわる階段をひたすら下っていくと、ひらけた空間に出た。

 ゆうに体育館ほどの広さのある空洞だ。壁に沿って備えられた燭台の痕や、岩肌に混じって突き出る城の基礎建材から、この空間が人為的なものであることが察せられた。


 そしてその中央には、アムールが捜していた当人の姿が。


「何をしている」


 アムールが灯り代わりに杖先に浮かべた火の玉に向けて息を吹きかける。ぼう、と吹き散るかに見えた火の玉は四方八方に分裂し、壁際で錆びついていた燭台へと直撃した。油が残っていたのか、それともそういう付呪でも施されていたのか、燭台は煌々と火を灯した。

 空洞の内部が赤い火で照らし出される。


「この場所には来るな、と伝えていたはずだが」

「あぁん? 一丁前に命令かよ、お前?」


 バーダンの様相は一目でわかるほど常軌を逸していた。

 どこからか拾ってきたのか縁の欠けた王冠を頭に載せ、襤褸のような外套を肩から羽織っている。自慢気に腰掛けている玉座は埃と蟲の糞で汚れているというのに気にした様子もない。

 まるでどこぞの武侠小説に出てくる御曹司の末路のようなありさまだった。


 渋面で階段を下るアムールに対し、バーダンは馬鹿にした顔でせせら笑った。


「最初に決めたろぉ? 誰がボスで、誰が手下かって。……オレだよ、オレがボスだ。オレが、命令を出す側だ。そうだろ?」

「それとこれとは関係ない。単に危険だから来るなと言っておいたんだ。ドラゴンが出る山に近づかないよう知らしめるのは当然だろう?」

それ(・・)を決めるのもオレだなぁ! 何を食ってよくて何から逃げるのか、決めるのはオレだ!」

「今はそんな話をしていない。見てみろ、この地下空洞を」


 アムールの声とともに篝火の火が激しさを増す。煌々と明るさを増した空洞内は、ようやくその異様な全貌を明らかにした。



 累々と積み重なる死体の数々。

 地面にこびり付いた赤黒い血痕。

 死体にたかろうとした蛆や鼠すら事切れて横たわる。



 苦悶に顔を歪めて倒れ伏す面々は、その長耳からしてエルフの死体だろう。身に纏う服飾は煌びやか装飾をちりばめ、白銀の鎧や弓が無造作に転がっていた。

 これらのありさまの何が異常なのか。なぜ警戒するべきなのか。


「――明らかに異常だ。風化もせず、腐敗も白骨化も進んでいない。死蝋化すら起きていない新鮮な死体だ。エルフの大陸撤退で、この島のエルフは五百年も前に(・・・・・・)いなくなったはずなのにだ」


 原形を保つはずのない百を超える死体が、今もなお瑞々しさすら伴って横たわっている。これを怪しまない方がどうかしている。

 そのうえ、このにおい立つほどの臭気。

 腐敗は進んでいるのだろう。しかしそれはあり得ないほど遅々とした速度でだ。まるでここだけが時間の進みが遅いかのよう。


 ――――そう、呪われている(・・・・・・)


 『瘴気島』の由来を、アムールは敢えて気に留めずに済ませていた。

 だが、これは。もしこれが島の由来の大元であるならば――


「これには手を出すべきじゃない。折を見て埋め立ててしまうべきなくらいだ。だから――」

「うるせええええっ!」


 アムールの説得を遮り、バーダンは癇癪を起こしたように怒鳴った。殴りつけた玉座の手すりに亀裂が入る。口角泡を飛ばし、目を血走らせた彼の様子は明らかに正気を失いかけているように見えた。


「いつも、いつもいつもいつもォっ! 小難しい講釈垂れやがって! うっとうしい小言でいつもオレの邪魔をしやがって! かしこそうな言い回しすりゃオレが引き下がると思ってるんだろ!? バカにしやがって、バカにしやがって! バカにしやがって……!」

「バーダン、違う――!」

「オレが王だ! オレがボスだ! オレがゴブリンを率いるんだ、オレがお前に命令するんだ! だっていうのに、なんだ、えぇ!? お前がっ、やること為すこと何でもかんでも難癖つけてケチつけて! オレが何から何までモノを決めたことなんて、一度だってありゃしねえじゃねえか……ッ!」

「――――っ」


 ……確かに、そんな体になっているという自覚はあった。

 精々が小学生程度の知能しか持たないゴブリン。上位個体であるバーダンですら中学生レベルかどうかも怪しい。そんな彼らに舵取りを任せるのが不安で、ついつい口を出してしまった。

 それが彼らの自立性を損ねるのはわかっていた。しかし、明らかに悪い選択肢を選ぶよりはと、保護者のような気持ちで接していた。


 ――――だが、それが間違っていたのか。


「そんなに指図がしてえなら、お前がやりゃあよかったんだ! あの日話し合ったとき! お前がやるって言ってたら! オレだって文句は言わなかった、従ってやった! あの日なら! ――なんでアンタがやらなかったんだよ、センセイ……ッ!」

「バーダン……」


 知能が低いと、子供のような種族だと、理解していたはずなのに。

 そんな子供に、責任を押し付けた。

 群れは千を越え、万に届こうかという規模へ膨れ上がった。まかなうべき食糧は増え続け、命の数も増えていく。

 同じ分だけ重圧は積み重なり、目の前の子供へと圧し掛かった。

 耐えきれるわけがないと、気付くべきだった。


「――――だが、これからは違う」


 言葉を失ったアムールを尻目に、ゴブリンの王は口を歪める。数秒前の狂乱が無かったかのように、一瞬で落ち着きを取り戻して。


「オレは最強の軍団を手に入れる。メシも食わねえ、いくら死んでも痛くもねえ無敵の軍団だ。やり方がわかったんだよ。玉座(ココ)に座った途端、どうすりゃいいのか見えてきた」

「バーダン!」

「もう誰にも邪魔はさせねえ! 誰にも指図はされねえ! オレが王だ、ゴブリンの王だ! 亡者の王だ(・・・・・)――――ッ!」


 アムールの言葉はもう届かなかった。

 哄笑を上げるバーダン。空洞内に充満していた瘴気が渦を巻いて彼に向けて殺到していく。恍惚とそれを受け入れるゴブリンの首領は、


「――――ギ……ッ!?」


 ずるり、と。その赤茶けた毛皮をずり落とした。


「ギャ、ギギ!? ィィィイィイィイイイイイ!?」


 毛皮の下から覗いた皮膚は、ケロイドのように爛れていた。

 雷に撃たれたように激しく痙攣する。ガチガチと噛み合わさった歯があまりの勢いに砕けて抜け落ちた。ボコボコと音を立てて肉体が瘤のように膨れ上がり、見る間に体積を増していく。

 口から漏れる悲鳴はもはや言葉にもなっていない。どれほどの激痛がバーダンを襲っているのか、アムールには推し量ることすらできなかった。


「――――これが……」


 これが、瘴気島の正体。

 大陸の穀倉地帯にも負けぬであろう生産力をもちながら、これまで捨て置かれてきた所以か。


 むくり、と何かが視界の隅で蠢いた。

 もはや誰何するまでもない。バーダンの発する瘴気に当てられたエルフの死体が、アンデッドとして起き上がろうとしている。

 百を超えるエルフのゾンビ。戦場で召喚されたあの軍勢と異なり、始めから確とした肉体を持つこれらが地上に出たとき、どれほどの猛威を振るうのかなど、想像したくもない。


 防がなければならない。阻まなければならない。

 瘴気島は人間とゴブリンが雌雄を決する地だ。アンデッドが割り込んでくる余地などどこにもないのだから。


『アムゥゥぅる……あむぅぅううる……』


 杖を構え詠唱を始めようとしたアムールの元へ、おどろおどろしく這うような声が響いた。どれほど変わり果てても、聞き違えようのない声だった。


「バーダン……」

『さか、さかかからうきかぁ? 王は、は、ぼすは、ぼす、にむけて、おま、おまえは』


 げらげらげらげらげらげら。

 何がおかしいのか、変わり果てたゴブリンはしゃがれた声で嘲笑した。目蓋の腐り落ちた血走った眼がアムールを睨む。


「……これ以上は見過ごせない。バーダン、お前を討伐する」

『できキき、できるのか? おまえに? そのうで(・・)で?』


 せせら笑うバーダンをアムールは脂汗の浮かぶ顔で睨み返す。その左腕は、肘から先が無い。

 魔力を無駄にするにも拘らず松明を使わず杖に火を浮かべたのは、単純に片腕しか使えなかったからだ。撤退戦の際、避け損ねたアンデッドに食いちぎられた。傷口からは神経だか腱だかわからないビラビラが顔を覗かせ、黄色い脂肪と白い骨が露出している。ローブの切れ端で縛り上げて血を止めているものの、今もなお目も眩まんばかりの激痛がアムールを襲っていた。

 痛みとともに去来する途方もない喪失感。ありもしない左手の感覚がありありと脳内で再現できてしまって気持ちが悪い。

 回復魔法など先ほどから使い続けているのにこのありさまだ。時間さえ許せば、処置を終えて痛みが引くまで巣穴に籠り痛覚設定を切っていたものを。


『オレんに、さかぁらうか? はんがゃくか? なら――――殺さなくちゃなぁぁああッ!?』


 バーダンが吼えた。言葉にすらならない号令にアンデッドたちが応じ、アムールへと歩み寄る。まるで百年前のホラー映画のようだ。あーうーと呻き声を上げながら走ることもできないゾンビの群れ。しかし負傷と疲労で満身創痍のアムールを仕留めるには充分過ぎる。

 アムールは整わない荒い息のままアンデッドを睨み据えた。呪文を唱える余裕もなく、爪の剥がれたエルフの手がアムールの首にかかり――



「教えてやる――」



 ――――斬、と。

 杖先から伸びた、か細い光条。アンデッドたちの頭部をひと息に一閃する。


「これが、俺とお前の最後の授業だ」


 アムールに群がろうとしたアンデッドたちの頭が、数瞬遅れてぼとりと落ちた。


『あぁ?』


 鈍い思考力が現状に追いつかずバーダンが首を傾げる。倒れ伏す不死の軍勢、起き上がる気配はない。首をレーザーで断ち切れば、流石に再生も追いつくまい。

 そして、ようやくスペースが空いた(・・・・・・・・)


 杖を振り抜いたアムールは全身を脱力感に襲われながらも、最後の詠唱に取り掛かった。



「――――歩して斉の城門を出で、遥かに望む、蕩陰の里」



 梁歩吟。

 遠い昔、かの大宰相が在野時代、田を耕しながら口ずさんでいたという葬送歌。

 彼が晩年にこれを詠んでいいたという記述はない。単に記録されなかっただけなのか、謡う理由を失ったのか、実際のところは定かではなかった。



「里中に三墳有り。累々として正に相似たり」



 彼の人物にあやかりたいと、そう思っていた頃もあった。

 しかしそれが、逆に己の視野を狭めていたのではなかったか。



「問う是れ誰が家の墓ぞ。田彊、古冶子なり」



 己には能力がないからと、己には資格がないからと。ただの逃げ口上のために憧れをだしにしてはいなかったか。

 人の上に立つことに、たとえ仮初めの世界ですら恐れを抱いた。

 愚かなことだ。それはただ、責任から目を背けていただけだというのに。



「力は能く南山を排し、文は能く地紀を絶つ」



 であるならば――――そう、であるならば。

 せめて尻拭いくらいは、自分でしなければ。



「一朝讒言を被れば、二桃もて三士を殺す」



 瞬間、アムールの突いた杖を起点に膨大な規模の魔法陣が展開された。

 床一面どころでなく、壁面も天井も、大空洞を埋め尽くす勢いで魔法陣が拡がっていく。


「……ッ!? おマえ……なにをした……!?」

「言っただろう、埋め立てる(・・・・・)つもりだったと(・・・・・・・)


 狼狽するバーダンにアムールが返した。吹き荒れる魔力の余波ローブがたなびき、手に持つ杖に亀裂が入っていく。


「洞窟を掘り広げるついでに、余った土を使ってここを埋めようと思っていた。土精霊にこの空洞周辺へ土を寄せさせていたんだ。……まぁ、崩落が怖いから、充分な土が集まるまで外壁の密度を上げて誤魔化してたわけだが」


 つまり今この瞬間、外壁の裏側には結合が緩まれば空洞の六割を埋め尽くすだけの土がひしめいている。それは廃城への損害を無視すれば、この場にいるアンデッドたちを圧殺するのに十二分な物量だった。


「仕込みは流々……とはいかないがな。魔力を通せば連鎖的に崩壊が始まるように仕組んである」


 ……さすがに、今の体調では余力をもってとはいかないが。

 刻み込んだ魔法陣へ流入するアムールの魔力が、圧し固めた土の結合を崩していく。大空洞全体が轟音を上げて鳴動を始めた。



「誰が能く此の謀りを為す」



 限界へと達した。

 許容量を超える魔力を流し込まれた杖が端から塵へと還っていく。バチバチと破裂音。杖を掴んでいた右手が手首ごと弾け飛んだ。


「――――っ」


 本来あと数年かけて完成させる魔法だ。ましてや負傷のせいで万全と言い難い体調。八割残っていたMPなど、たった四節で底をついた。インベントリに詰め込んだ触媒すら片端からつぎ込んでは塵へと化していく。

 それでも足りない。易々とMPを枯渇させた術式が今度は尽きかけのHPへと牙を剥く。


「ぶ……」


 一瞬で尽き果てた。

 眼球が破裂する。舌が焼き千切れる。

 骨が砕ける。神経がささくれる。

 はらわたは一瞬で液状化し、心臓すらも磨り潰された。

 加減を忘れた魔法使いのなれの果て。肉片を撒き散らして爆裂する愚者の末路。


「ぉ――」



 ――――その末路を、ただ気合いと執念で押し留める。



「――ぉ、お……」

『アムール……!?』


 だれかのこえ。

 こわがっている。

 ききおぼえがあるきがする。

 たすけてやらないと。



「……ぉ国相、斉の晏子」



 形は残っている。だから動かせる。

 結局、妥協と諦観に惑ってしまったから。負けてしまったから。

 ここで後悔は残せない。

 手本を見せてやらないと。

 俺は、先生だから。

 最後くらいは、諦めることだけは、絶対に――



「地裂衝――――八門禁鎖」



   ●



 ディール暦716年11月。

 敗走したゴブリン軍が逃げ去り無人となったはずの廃城が、突如として爆音とともに崩壊した。

 直前に地下に生じた強大な魔力反応との関連性は不明。

 事前に異変を察知したイニティフの警告により島民兵が避難を開始していたものの、残党偵察のために城内奥深くへ侵入していた102人が帰らぬ命となった。


 廃城の再建と失った戦力の補充のため、瘴気島が勢力として勢いを取り戻すには二年近くを要することになる。

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