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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
霧の戦士
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瘴気島の戦い:前

 穴熊を決め込まれる前に叩く――それがアムールの出した結論だった。

 人間たちの行った不可解な出陣、そしてわざわざ有利な地形を捨てたひらけた平原への布陣。目的は定かではないものの、これは紛れもない好機である。

 ここで再起不能なまでに敵を叩く。完全に反抗の意志を折る。よもやこれほど早く手向かってくるとは思わなかった。まさに千載一遇の好機。


 ――この戦いをもってして、この瘴気島の趨勢を決定する。


「ガハハハ、ようやくケリがつくか、アムール!」


 ゴブリン軍、本陣。

 輿の代わりに乱雑に積み上げた木組みの上で胡坐をかいて戦場を睥睨し、バーダンは大笑した。赤茶けた体毛に成人男性ほどの大柄な体躯、口元から覗くぞろりとした乱杭歯が凶相を滲ませる。

 全身から発せられる威圧感はゴブリンとは思えないほどだ。その身に秘めた膂力も相応のもので、大陸から流れ着いたサーベルキャットを素手で引き裂いたこともある。


「チマチマと細かい小競り合いばかりだったからな、最近は。人間どももようやく肚をくくったか!」

「……油断はできない。わざわざ守りを捨てて平野に布陣したんだ、何か企んでいるのかも」

「ハッ」


 アムールの苦言を鼻で笑い、バーダンは膝を叩いた。


「小細工なんざ知るか! 数はこっちの方が多いんだ、押し潰しちまえ!」

「バーダン」

「わかってねえのはお前の方だアムール。殺せ、潰せ、踏み砕け! 戦いなんてのは要はそれだ、殴ったもん勝ち! 殺されたもんの負け! 勝つなら勝つで派手がいい、奴らが逆らう気が無くなるくらい盛大に!」


 それはある種、間違いではない。ひとつの真理とすらいえる意見だ。

 小細工を弄して勝利を掠め取ったところで、敵は大人しくこちらに隷属するか。……難しいだろう。

 半端に攻めて下手に余力を残されるくらいなら、いっそここで無理をしてでも徹底的に叩いた方が良いかもしれない。彼我の差を見せつけるように圧殺すれば、さしもの人間も心を折るに違いない。

 繁殖力――戦力の補充速度ならゴブリンに勝る種族は無いのだ。同程度の損害を被ったところで、こちらの方が回復は早い。



 ――だがそれは、喪うものをあまりにも軽んじてはいないか――



「数は力だ! 数は正義だ! だったら俺たち(ゴブリン)こそが最強だ! そうだろセンセイ?」

「…………あぁ、そうだな」


 高らかにかつて教えた教訓を言い放つバーダンに、アムールは言葉少なに答えた。

 ……どちらにせよ、もはや作戦は策定され周知されている。後戻りはできない。

 高圧的に戦闘を命じるバーダンを前に、アムールは緩やかに目を伏せた。



   ●



 ゴブリンに複雑な作戦は不可能である。少なくとも千人以上を指揮する戦いにおいて、彼らに統率など望めない。よってアムールの立てた作戦はあくまで単純だった。


 軍を分け、敵を囲い、絞るように追い立てる。


 左翼をやや前に押し出す形で布陣した。敵の突撃を斜めに受け流す態勢である。後衛に魔法のつかえるゴブリンを配置し、遠隔から削るつもりでいた。

 同時に、南にあるやや繁みの深い雑木林に二百人ほどの精鋭を潜ませていた。両軍がぶつかる予想地点、そのやや東側に位置している。そこから敵後方へ伏撃を仕掛けることで混乱を誘う意図があった。

 数少ないハードレザーアーマーを着込ませ、先の戦いで敵から奪った鋼鉄剣を装備させた虎の子の部隊だ。こちらからの援護がなくともある程度は保たせられると踏んでいる。


 敵の左翼後方を襲い、前面との戦いに集中できなくさせる。逃げ腰になればしめたものだ。重厚に前に押し進め、奇襲部隊と右翼が合流する形になれば詰めの形となる。

 逆レの字に完成した陣形をもって敵を半包囲し、絞り込むように、呑み込むように撃滅するのだ。



   ●



「――状況は」

「動き、ないです、先生」


 前線に出向いたアムールにゴブリンの一人がたどたどしい返答を返す。アムールが教えた中でも歳若の、やや緑がかった体毛が特徴的なゴブリンだった。


「前の方で、じんまり固まってる。やる気ないか?」

「まさか。だったらこんなところまで出張るものかよ」


 思ったことをそのまま口にする教え子にアムールは皮肉げに応えた。その程度で済む相手なら苦労は無いのだと。


「みんな、イライラ逸ってる。数はこっちが多い。一気に片づけたほうが――」

「いいや、やめておけ。総攻撃はまだ早い」


 棍棒や竹槍、あるいは石斧で武装したゴブリンたち。戦いの熱気にやられたせいか、早々に突撃をしたがる個体も多い。魔法が使えて頭の回るマジシャンたちは彼らを抑え込むのに苦労しているようだった。

 ゴブリンの多くは堪え性が無い。農耕にも工作にも向かない気質は、略奪という形でしか発展が望めないのだろうか。

 一瞬物思いにふけったアムールは、今はそんな時ではないと頭を振った。


「奇襲部隊――グリリはどうしてる? 配置についたか?」

「あの繁み。ちょっと前に剣がキラキラしたのを見た」


 抜刀した剣で陽光を反射させる――前もって示し合せたとおりに合図は送られている。配置はつつがなく完了し、ならばあとは敵が動くのを待つだけだ。

 順調といえるのだろう。事態はこちらの思惑から外れていない。しかし――


「…………」


 しかし。なんだ、この違和感は。

 気に入らない。自ら演出したはずのこの状況が気に入らない。

 守りを捨てながらも動く気配を見せない敵陣、逸る味方、敵を侮る総大将。

 そもそもあの南東の繁みが気に入らない。廃城の南から東に突き出るように張り出した雑木林、まるであつらえたように兵を伏せるのに向いていた。

 あれより東に繁みは無い。あれより南に繁みは無い。東は平野だから良しとして、なぜ南に広がらないのか。南には精々が数百年前の古戦場跡くらいしか残っていないというのに――



 その瞬間。

 なにかが、ぬらりと背筋を這うような怖気に襲われた。



「――――――ッ!?」


 何だ、今のは。

 今の気配は、今の感覚は。


 誰かに見られている。誰かに窺われている。

 感情のない視線――否、感情を押し殺した殺気?

 読み取れない、得体が知れない、推し量れない。


 生暖かい風が頬を撫でた。もう十二月も近い冬だというのに?

 戦場が静まり返った。南に歩けばすぐに海、潮騒が聞こえないというのか。

 誰かが嗤った。――――誰が? ゴブリンたちはこんなにも怯えている――――!


 誰に? 誰が? どこから――?


「――――」


 冷や汗が流れる。汗腺の少ない毛むくじゃらな身体から、それでも驚くほどの冷や汗が頬を伝って顎から滴った。

 ざわざわとどよめくゴブリンたちを尻目に、アムールは忙しない仕草で視線をさまよわせた。……誰の仕業だ、どこから向けられた、何の目的でこんな。


 ――――見つけた。


「アレは、何だ――――!?」


 廃城南東の古戦場。そこに佇む人影に、たとえようのない恐怖が蠢く。

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