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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
霧の戦士
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まどいせん

 現時点で瘴気島を制圧しきれていないことも、人間たちが北部駐屯所を取り込んで継戦能力を得たことも、どれもがアムールの想定外にあった。

 本来ならば南東の集落群を支配下に置いた時点で彼らの士気は挫け、逃散するなり降伏するなりの道を選ぶと思っていた。……無理押しに残党狩りに勤しむよりも、真綿で首を締めるように備えを固めていればあちらは勝手に干上がる。それを待っていればいいと。それがこの結果である。


 不可解にも人間たちは戦意を失わず、あまつさえ島に駐屯していた王国兵を吸収して戦力の強化を図った。それまでは場当たり的にゴブリンの襲撃を迎え撃つことくらいしかしてこなかった彼らが、である。

 明らかに発想が変化した。いっそ指導者が替わったと言われても納得できるほどに。


「……いや、この場合は誰かを迎え入れた? プレイヤーか……?」


 島民の手に負えないと判断して傭兵でも雇ったか。であれば北の駐屯所接収はそいつらの入れ知恵か。

 有り得ない可能性ではない。瘴気島の東海岸に海賊崩れのプレイヤーが棲みついていることを、アムールは掲示板を通じて察しをつけていた。



 ――プレイヤー。『客人』。インベントリを駆使する輸送チート。死を恐れない兵士。異質な発想を現地にもたらす者。



 瘴気島で表立ってプレイヤーが活動していたという記憶はない。ゴブリンのプレイヤーはそこそこの数がアムールとともに降り立っていたが、大半が環境の悪さに愛想を尽かしてログアウトするか大陸へと去っている。

 ……この島に自分以外のプレイヤーは存在しない。そう判断したからこそアムールは大胆な動きに出たし、よしんば新たにプレイヤーが島に現れても対応しきれると踏んでいた。少なくとも彼らが島民に取り入る前に瘴気島を支配下に置き切れると。


 しかし、存外に新手の敵は権力者へ取り入るのが得意らしい。方針を転換した人間たちはまさかの同士討ちを決断、一応の味方のはずの王国軍へ襲い掛かるという暴挙へでた。

 それがいかに効果を発しているか、今まさに懊悩しているアムールを見れば察せられるというものだ。


「武器を取られた。組織再編の機会まで」


 ここに来て兵の質の向上。人間たちが思っている以上に、アムールはこれを楽観できない。

 それは人間の行った装備の充実という手段が、ゴブリンには(・・・・・・)困難な代物(・・・・・)だからだ。


 一般的なファンタジー世界観と比べ、この世界でのゴブリンの外見は大いに異なっている。

 一言でいえば二足歩行のカピバラ。毛むくじゃらで寸胴な大型齧歯類である。御多分に漏れずアムールも同様で、今もなお地面にずりずりと引きずられるローブには迷惑し通しだった。

 そして何より、ゴブリンには人間の装備が(・・・・・・)装着できない(・・・・・・)という障害が立ちはだかっていた。


 下膨れの顔、上に突き出た耳、兎のごとく前に突き出た鼻と顎。この時点で兜の類はさようならである。ゴブリンの頭に合うように調整しようにも、そんな器用さを持ち合わせている者がいない。

 鎧も篭手もブーツも同じだ。背丈が足りない、裾が余る、そもそも鉄製の鎧は重すぎて一般ゴブリンでは動くこともままならない。

 ということで現在ゴブリンたちの身を守るのは、心許ない布の服か、アムールが苦心して製作を指示している鹿革の硬革鎧くらいだ。適当になめした革を張り合わせ、村から奪った蜜蝋で煮固める簡素な鎧。その鎧とてゴブリンの不器用さではまるで需要に追い付かず、日に二着も出来れば順調なほど。


 本来こういった問題は人間たちを屈服させてから鍛冶師を徴用して加工に踏み切る予定だった。だからこそ、アムールはあくまで戦闘の対象を武器を持った人間に限定し、可能な限り民間人に手は出さないよう部下に厳命していた。

 一旦主力を撃退し北東の集落に追い込めば、あとは飢えから心を折る――そう期待していたのだが……


 ――覆された思惑。駐屯所で管理されている武器庫に考えがいかなかったのは、いつの間にかゴブリンの思考に慣れきった弊害か。

 自分には使えないのだからと、評価を甘く見積もっていた。

 こちらが戦力に重ねられる係数は『数』と『レベル』。敵はそれだけでなく、『武装』と『連携』を乗算してくる。


 そう、乗算。

 戦力とは単に積み重ねるものではなく、要素要素が係数として影響を及ぼし合う乗数である。

 武器の質、機動力の差、制空権、命令伝達速度――より多く、より多彩な要素を組み合わせることで戦力差は容易く覆される。カンネーの戦いを思い出せ。


 ――いっときの食糧を得て、こちらに優越する装備を得た敵。籠る拠点は北の駐屯所、この瘴気島ではアムールたちが棲みかとする廃城の次に強固な防衛拠点。

 ただ攻めるだけでは被害がかさむ。北を無視して北東の集落に進めば後背から襲われる。であれば無視は論外。

 では当初の予定通り持久戦にかかるか――――否。相手にこれ以上調練の余裕を与えるのは危険だ。



 散々頭を悩ませて辿り着いた方策は、我ながらあまりに稚拙だった。



「…………力押し、しかないか」


 被害を顧みず、ひたすら攻めに攻めて駐屯所を制圧せよ。


 あまりに単純、しかし損なわれる戦力は未知数。おまけに徹底的な殲滅により戦後住民の悪感情も避けられない。降したところでどこまで従わせられるものか。

 下策も下策だ。それでも、多少の無理を通さなければ勝敗すら危ぶまれる。


「兵は拙速を尊ぶ……ええい、畜生」


 悪態をつくと、アムールは立ち上がって自室の扉へと向かった。壁にかけた三角帽子を頭にかぶる。表情がわかりづらくなるようにつばを目深に傾けて。

 廃城の廊下を歩く。散乱した瓦礫、縁の欠けた窓枠。

 ひとりでに口ずさむ、ドヴォルザークの『新世界より』。


 せんせい! と声を上げて駆け寄ってくる若いゴブリンに、アムールは眩しげに目を細めた。



   ●



 ディール暦716年11月。

 北の駐屯所を出立した人間たちの軍は、廃城から見て南東に位置する平野に布陣した。

 これを受けてゴブリンの軍も廃城より出陣、2500もの大軍をもって彼らに相対する。


 瘴気島の命運を左右する決戦は、間近に迫っていた。

時系列はやや前後しています。


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