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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
霧の戦士
475/494

とある魔法薬師の場合:前

 秋口とはいえ山の中を歩き続ければ蒸してくる。それなりの荷物を担ぎながらであればなおさらだ。

 山道を歩きながら考える。繁みを押し退け押し退け進むのに飽き、無聊を慰めるための取り留めもないただの思案だ。

 何のことはない――



 魔法薬の本場はエルフの大森林である――――という言説は未だに流行しているデマである。繰り返す、デマである。



 いや、実際として名地ではあったのだ。エルフの魔法錬金の技術は未だ人間の追随を許さず、コロンビア半島を経由して輸入される薬品は高品質で知られる。かさを取らず価値の保証された魔法薬を商人はこぞって買い求め、背負い籠に収まる程度の数量を王都や騎士団領で売り払えば家を立てられるほどの儲けが得られる。それほどのブランド力を持っているのだ。

 しかし、それは『エルフが調合した』という枕詞が高値の後ろ盾となっていることは否めない。未だ人間たちが持ち続ける『エルフ』という種族への幻想的イメージが、実態以上に商品へキラキラしい印象を与えているのだろう。


 三度繰り返す。魔法薬の本場はもはやパルスの森ではない。


 無論、彼らの研鑽を否定する気はない。『資源』の枯渇しかけているかの大森林で近似した薬物を掛け合わせ、過去に精製し得たものと遜色のない魔法薬を調合するのだ。並大抵の努力で叶うものではない。

 ――しかし、それでも。



 魔法薬の溶媒となるスライム粘液を乱獲しまくったせいで枯渇させてしまったエルフは、やはりアホではないかとカリンは思うのだ。



「……いや、実際アホでしょこの顛末って」


 奴らエルフにはスライムを養殖しようと考える脳もなかったのか。甚だ残念な種族である。

 勢力を落として大陸から撤退し森へ帰還したエルフたちは、生活水準を下げることができず、同時にスライムの収獲高も調整できなかった。それはもう鯨を乱獲するアメリカ人のごとく大森林のスライムは狩り尽され、ついには駆逐されるに至ったのだとか。

 かくしてエルフ謹製の魔法薬はエルフその人に精製することができなくなり、大陸の西側ではこうしてエルフでもないカリンが辛うじて残されたレシピを首っ引きにして日夜スライム狩りに勤しんでいるのである。


 スライム猟に火や雷は厳禁である。というか魔法攻撃自体が論外だ。魔力反応によって変質しやすいスライム粘液は、たとえ属性変換を経たとしても魔法攻撃に脆弱だ。

 拳大の火の玉ひとつもあれば、あとに残るのは焦げ付いた核と耐性液が滲み込んだ粘液ばかり。これを中和するためには試験薬を投入して状態を確認したうえで、ソレ用に調合した中和剤を加えなければならない。当然不純物を混ぜ込んだ粘液は質が落ちるし、それを加工して出来上がる魔法薬も効果が落ちる。具体的にはMP回復値が50以上は確実に。つまりは商人にも買い叩かれる。


 さらには金属武器も推奨できない。酸を分泌するスライムにとって、鉄をはじめとした金属は格好の餌食だ。当然核が酸を放出する反応速度は他の攻撃と比べてダンチだし、酸が粘液全体に回るまでの浸透速度も馬鹿にできない。

 仮に鋼鉄の槍でもってスライムの核を破壊した場合、残るのは穂先の表面が錆びついた槍と気化した酸で悪臭を放つスライムの死骸である。無論、商品としての価値はとても低い。回復値は70は下がり、見た目も臭いも酷くて主な購買者である貴族には目もくれて貰えない。


 これらから導き出される適切なスライム猟とは、魔法の一切を用いず、金属製の武器を使わず、死後粘度を失い四散するスライム粘液を留めておくため事前にスライムを容器へと誘導する罠猟だ。

 ……地味で根気のいる作業というのがよくわかる。


 ――結論、スライム狩りを舐めてはならない。

 必要とされるのは安定した技量と一定の品質の狩猟道具、そして状態を維持したまま加工まで持ち帰れるニュートラルな容器だ。そして核など屁の足しにもならない不用品である。そう、不用品なのだ。

 以前冒険者を志す若者が、どや顔で討伐証明部位であるスライムの核『だけ』を持ち込んできたことがあった。プレイヤーによってJRPG文化に汚染された価値観がまだ残っているのか、未だスライムが雑魚エネミーのように勘違いしているシティーボーイである。

 あの時のカリンは違うそっちじゃないとぼやきそうになるのを抑えつつ、作り笑いと一緒に適当な銀貨を包んで追い返したが……まったくもって迷惑千万、もう少し常識というものを学んでもらいたいものである。


 それに比べて半月前に街へ到来した三人組はどうか。

 魔法使いと弓使いのプレイヤー二人に、NPCと思しき大柄な青年。彼らはスライム狩りと聞いても侮ることなく、狩りの手法と保管方法について注意点を事細かに訊ねてくれる気遣いを見せてくれた。

 おまけに使う武器もいい。大柄な青年が使う篭手のような武器は、蟹の爪から加工したのかキチン質の代物で、スライムの粘液越しに核を攻撃しても状態変化が起きづらい。おかげで良質な粘液を採取することができた。

 甲殻類の殻を武器に加工するという発想は今までなかった。彼らからキチンの破片をいくつか融通してもらえたから、それを研いで銛や矢を作るのもいいかもしれない。


 ――と、


「…………む、発見」


 つらつらと考え事をしながら獣道を進んでいれば、目当てのものをついに発見。立派な無色のスライムが二日前の仕掛けに纏わりついていた。

 上級(レッド)でも中級(ブルー)でもないただのスライムだ。しかし体積そのものは大の男を呑み込めるほどで、獲物としては申し分ない。溶剤にするのに手間がかからない分、無色スライムはある意味加工しやすく初心者向けといえる。


「さて……」


 インベントリからキチンを鏃にしたダーツを取り出す。位置取りが微妙に悪いのでもう少し北に移動しなければなるまい。

 スライムの足元に仕掛けた落とし穴に不備は見られない。餌として木にぶら下げた鹿のモモ肉は吊るす縄ごとベトベトになっている。スライムの体液に変化はない。周辺警戒のため色が変わったり異臭を放ったりということもなく、完全に腰を据えてじっくり鹿肉を消化するつもりのようだ。


 いつも通り、何の変哲もない狩り風景だ。

 これを仕留めれば、粘液の収まった容器をインベントリに入れて拠点のある鉱山街へと帰還。あの大きさなら仕込みに二日、調合に五日。売り手が付けば十日は引き籠って暮らせるだけの稼ぎになる。

 気分はマグロ一本釣りに夢を馳せる大間の猟師だ。


 カリンが送るセカンドライフは、こうして穏やかに過ぎていく――



   ●



 ――――その、はずだった。


「初めまして、ですかねぇ?」


 悪意に満ちた嘲笑がカリンに向けられる。逃げられると思ったのか、目を背け続けていられると思っていたのかと、運命が自分に視線を定めたような、そんな気配が。


 ついに来た。来てしまった。

 選択の余地はあまりに少ない。どこもかしこも地雷だらけで、見える未来は常に綱渡り。こんなの私の求めたセカンドライフじゃないと毒づきたくなる。

 ……本当は、誰にも気づかれずあと十五年、この生活が続けばと思っていたのに。


 ――魔王軍西方軍団長、『飛礫』のハヌマッド。

 鉱山街へ帰還したカリンを出迎えたのは、招かれざる同族(きゃく)だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新されてる4月になってからとは言っていたけどこんなに早くなるとは!お体壊さないように更新毎秒してください
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