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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
幕間
471/494

決死の集い

 瘴気島で行われたゴブリンと人間との抗争。結果からいうと、この戦いはゴブリンの勝利に終わった。

 三百と二千の軍勢の衝突だ、結果など見え透いていた。抜きん出た武勇の士を有するわけでもない瘴気島の村人たちは、いっそ憐れなほどに蹴散らされた。

 ゴブリンの圧倒的数的優位。ただでさえ趨勢の見えた戦場で、ゴブリンたちはあろうことか戦術らしきものまで駆使してみせた。人間たちが打ちかかってきたのをあえて受け流し、中軍を後退させて両翼から包囲。血気盛んな男たちで構成されていた村人側先陣は、両側面から襲いかかられ為す術もなく打ち崩された。


 人間側の死者、78名。

 ゴブリン側の死者、43体。


 大陸の兵が聞けば途端に鼻で笑い飛ばすであろう戦果である。次に数字が逆ではないかと疑うに違いない。たかが二足歩行のカピバラ風情に、一人一殺どころか犬死にまで起きている。老衰寸前の老人に鍬を持たせて突撃でもさせたのか、とまで言われるだろう。

 それほどまでに、ありえない数字比だった。


 あるいは、早々に見切りをつけて撤退を決断したのは英断だったのだろう。

 自警団唯一の魔法戦力であるノエルは、その力をゴブリンを殺すことではなく、負傷者の治療に当てることを宣言した。ひとりだけ魔法を振るい百かそこらのゴブリンを殺すより、数十人の兵士を生かすことの方が有意義であると。


 彼女が撤退の意志を示したことにより、軍はそれ以上の継戦を断念。戦線を縮小し瘴気島北西部の平原に守りを固めることを決定した。

 放棄された村々にゴブリンは殺到した。田畑は踏み荒らされ、倉の中身は根こそぎ奪われ、残された家畜の悉くはすぐさま打ち殺されて胃の中に納まった。あとに残されたのは見る影もない荒廃の風景であり、これを復興するのは数年ではきかないだろう。


 それはつまり、村人たちが瘴気島の片隅に追いやられたことでもあり、瘴気島の食糧生産の大半を担っていた東平原部のうち南七割を失ったということであり――――追い詰められ一か所に押し込められた人間たちは、もはや自給自足すらままならない状況に陥ったということでもある。


 比較的蓄えの多い南部を犠牲にしたのには批判が相次いだ。あちら(・・・)の方に籠っておけば、少なくとも秋の収穫まで食いつなぐことはできたはずだと。

 ノエルはそれに反論で応えた。――ゴブリンは賢い、南が豊かで蓄えが多いことなど村の様子を見て察するだろう。襲って旨みがある(・・・・・・・・)のはどちらか、必ず承知している。ゴブリンたちは南部の村を略奪するのに気を取られ、北部に籠ったノエルたちへの攻め手が疎かになった。撤退中の追撃がささやかであったのがその証拠だと。


 批判者を論破したノエルは――――否。

 こうも考えるのだ。

 ゴブリンたちは、もはや自分たちなど(・・・・・・・・・)眼中にない(・・・・・)のではないかと。

 多くの男衆を失った農民の弱小集団。怪我人は多く、女子供は見捨てられず腹を空かせている。再び立ち上がろうにも、武器はどこに? 兵糧はどこに?

 袋小路に押し込められた。このままでは、足が萎えるままに緩慢な自死へと傾いていくだろう。

 ――それを、ゴブリンの統率者は理解していたのではないか。わざわざ相手をせずとも、自ら餓え死ぬ敵を、あえて火中の栗を拾うが如く危険を冒す必要を感じていないのでないのかと。



   ●



「これは……どうしようもないかなぁ……?」


 村人たちに残された拠点、北東の村の中でひと際大きな民家を改装してしつらえた議場。そこでノエルがぽつりと零した一言は、その場に集まる村人たちに少なからず衝撃を与えた。


「どうしようもない……?」


 その場に集まっていた青年の一人が言った。先の戦いで放棄した村の代表だった。


「どういう意味だ? 勝てるんじゃないのか、おい……!?」

「そ、そうだ……! 俺たちは勝つために村を棄てたんじゃないのか!?」

「冬の蓄えも全部捨てて、家畜だって半分も処分して! 話が違うだろそれじゃあ……!」


 堰を切るように不平不満が噴出する。誰も彼もがこの窮状の責任を誰かに押し付けようとしていた。たまらず、それまで黙って聞いていたテオが口を挟んだ。


「撤退も避難も、みんな話し合って決めたことだろ。それに、あのまま逃げずに戦ってたってみんな死んでた――」

「だからって飢え死にしろなんて言われてねえだろうが!」


 ――仮に、このまま北東の防備を固めてゴブリンと相対したところで、恐らく勝ち目は薄い。というよりも、蓄えが持たない。秋の収穫まで持たない計算だった。

 あと半年の間に、北東に追い詰められた村人たちの多くが飢える。体力のない老人や子供から倒れることになるだろう。

 さらに、秋になって麦を収穫できたとしても、この人口の全員に行き渡らせれば蓄えどころではなくなる。人が増えたからといって収穫まで二倍になるわけではないのだ。

 秋まで生き延び、冬を越えて、春を山菜で食いつなぎ……そこで終わりだ。


「どうすりゃいいんだよ!? うちのガキはまだ五歳にもなってねえんだぞ!?」

「…………」


 見通しの立たない未来にテオが黙り込む。それをかさに彼らはさらに口を極めて喚き合った。

 誰もが具体的な方策など口にしない。できない。事ここにいたって状況は詰んでいる。ゴブリンを押し返せる戦力はなく、瘴気島の片隅で穫れる麦の量を劇的に増やす方法など誰も知らない。

 かくなる上は村を維持するために口減らしに踏み込むほかなく――――それをこの場で切り出せば、間違いなく全員から目の仇にされるだろう。


「……どうしようもない、けど――」


 そんな中、ノエルが口を開いた。ぼんやりとした笑みのようなものを口に浮かべ、議場の皆を見回して、


「一度、敵に突っ込もう」


 そんな台詞を口にした。


「ノエル、どういう意味だ?」


 テオが眉をひそめた。……すわ、気でも違ったか。そう思わせるほどに彼女の提案は突飛に過ぎた。


「ゴブリンどものあの大軍を見ただろう。闇雲に突っ込んでも三日前みたいに磨り潰されるだけだ」

「ううん、闇雲じゃない。一度だけ、少しの間だけ押し返すんだ」


 ノエルが言った。テオが思わず息を呑む、彼女の瞳は――


「南の村、一番大きな穀倉のある村に突っ込む。ゴブリンたちを押し退けて、その間に倉に残ってる麦を回収、ここにまた戻ってくる」

「ノエル、それは――」

「残ってると思うよ。2000匹のゴブリンっていっても、たかが一週間であれだけの麦を食べ尽くせるわけじゃない。それにゴブリンたちを率いてる指揮官は考えなしじゃない、先のことも考えられるってことは蓄えを維持するよう心がけてもいる、ということだから」


 ――何を見ている。何を考えている。

 その瞳に浮かべている感情は何だ。

 諦観か、達観か。どちらにしてもロクでもないものに違いない――


「馬鹿を言うな! そんなあるかどうかもわからない麦を目当てになけなしの戦力を突っ込むってのか!?」


 テオが怒鳴った。理路整然と見せかけて彼女の言い分は無茶苦茶だ。


「テオ――」

「死にに行くようなもんだろう! これ以上男衆を亡くしてみろ、今度こそ俺たちは立ち行かなく――」

「そうだよ、テオ」


 ノエルがテオの眼を覗きこんだ。息をのむほど澄んだ瞳だった。


「……もう、見切りをつけるしかない。とっくに立ち行かなくなってるんだよ。ゴブリンに滅ぼされるか飢えで滅びるか、この状況をどうにかする方法なんて、私には思いつかない」

「…………」


 どうしようもないよね、と微笑んだノエルの気持ちを、テオは理解ができなかった。


「このままだと飢えて死ぬ。だから南の村からできるだけ多くの麦を取り返す。奪い返した麦の半分で食いつないで、もう半分はお金に換える。お金はその場のみんなで分け合って――――うん。そこで、さよなら、かな?」

「――――」

「ブレンダにいくもよし、ゴダイヴァに行くもよし。もっと北には鉱山町の活気が出てきたんだって。きっと人手が足りてない、働き口はあるよ」


 瘴気島を棄てる――彼女は紛れもなくそう言った。

 彼女の何代も前の父祖から過ごしてきたこの土地を棄てて去ると、あっけからんと。

 島の東から南海を眺めるのが好きだと語っていた。海面からも見られる珊瑚が煌めくようで綺麗だからと、そう笑っていたのはノエルだった。


 ぎしり、と微かに軋む音が聞こえた。

 見下ろせば、議場の卓の端を彼女が握りしめていた。

 爪が白くなるほど強く握りしめた木製の卓は、今にも罅割れそうで――


「…………いいんだな?」


 他に、どう問いかけろというのか。


「先鋒には、私が出るよ」


 それは、決死の宣言のようにも聞こえた。

 事実、生き残る気はないのだろう。先ほどまで喚いていた男までもが黙り込んでいた。


「柵を持ち込んで村を塞いで、中に残ってるゴブリンは私が討伐します。二時間もせずに廃城からゴブリンが押し寄せてくるだろうけど、出来る限り持ちこたえて」

「わかった」


 腰の剣に触れてテオが頷いた。ノエルがその気なら、最後まで付き合うと。


「安心しろ。ゴブリンなんぞ、お前には近付けさせん」

「…………うん、ありがと」


 破顔したノエルは議場の連中へと向き直り、


「――今言った通り、持ち帰った麦は半分をお金に換えて路銀にして下さい。もし万が一私たちが――」


 その時だった。



「――――あーぁ、やっぱり」



 ノエルの言葉を遮る、何者かの声。


「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、思った通り馬鹿だったんだな、お前」


 気が付けば、いつの間にか。

 議場の入り口、扉の前に佇む少年の姿。


「やっぱ大人しく奴隷でもやってた方がお似合いだよ。突っ込む相手を間違えてるじゃん、馬鹿」


 心底下らない、と言いたげに白けた瞳をしたキャバリーは、壁に寄りかかりながらそういってノエルをせせら笑った。

あまりにも書けない状況にリハビリがてら別作品でも書こうかと思案中。

『隔離病棟で病んでいく彼女(納豆依存症)』

『信じて送り出した勇者が納豆まみれで帰って来るだなんて……』

『ロケランは下水道で発掘してヒュドラ退治に使います』

ううむ、悩ましい……

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