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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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猟師と傭兵

 新郎新婦が退場すれば祭りが本格化する。この日のために酒場の主人や村の主婦たちが作り置きしていた料理が露店のように並べられ、村人たちは酒の入ったジョッキを手に飲めや歌えやの大騒ぎ。

 もちろん俺も協力させられた。出来上がった料理を片っ端からインベントリに収納し、当日まで保管する生きた冷蔵庫係である。

 料理人たちが丹精込めて作り上げた料理を酔っぱらいどもが食い散らかし、頃合いを見て補充を俺が取り出す。まるで作ったばかりの鮮度で樽に詰まった料理を有志の主婦たちが皿に盛りつけ、浮かれ騒ぐ男どもに振舞っていく。


 ……というか、あのドワーフが連中に混じって酒盛りしているのが気に食わねえ。むしろあいつも裏方に回るべきじゃないのか。


 外面にこやか内心不平たらたらで接待を遂行し、宴はめでたく二次会へと移行した。事前に浴びるほど酒を飲んでなお潰れなかった猛者は、酒場に入って本格的に飲み始める。

 そして村中央には、耐えきれずに酔いつぶれて道端に嘔吐する下戸ども。……あーあ、臭い道端がさらに悪臭に覆われることになったか。

 明日は村全域を丸洗いせねば、とひそかに決心する。こんな無残な有様を披露しては、今後行商が寄り付かなくなってしまう。


 そんなこんなで腰掛ける長老宅の屋根の上。俺はジョッキ片手にほろ酔い気分で村の様子を眺めていた。


 とうに日はとっぷりと暮れ、各所に設けられた篝火が煌々と村の光景を照らしている。

 辺り一面腐れトマトの黄土色が、ペンキをぶちまけたみたいに広がっている。それに伴い充満する悪臭悪臭悪臭。いくらほとんど嗅覚が潰れたと言えどやっぱり臭いものは臭い。俺が屋根上に避難したのも地面にこびり付く果実から少しでも離れるためである。


 広場は大分人気が減った。呑兵衛どもは言わずもがな。勤勉な農家や漁師は明日の仕事のために自宅に帰り、飲み食いに飽きた若者は浜辺に繰り出し仲間内での相撲大会に興じている。傭兵たちだって今頃寝るか飲むか浜辺で暴れるかしているだろう。

 だからこの広場に残った人間は、悪臭にもめげずにそこで寝入ることに決め込んだ剛の者か、他に何か用事をもってうろついている人間くらいだ。


 ……お、物陰に隠れて逢引するカップル発見。男が渡したのはこの春に咲いた花かな? 今頃はとっくに散っているはずだが……ははあなるほど。ギムリンめ、見えないところで活躍していると見える。

 なかなかに粋な計らいだ。前言は撤回しておこう。

 ……これはひょっとすると、来年も忙しくなるかもしれないな?


 にやにやと祭りの余韻に浸りながらジョッキを呷った。領都近辺の村で作られたという葡萄酒。酸味が強くて酒精もそれほどなく、あまり飲めない俺でも潰れずに済んでいる。

 そこに、


「――やあやあ、こんなところにいた」


 突然、背後から声がかけられた。



   ●



 傭兵団『鋼角の鹿』は特に抵抗なく村に受け入れられた。

 領主の命令であれば否応はないし、こういったお客様は積極的に受け入れるべき、と雑貨屋と長老が主張したのも理由である。

 ここで飲み食いをすれば金を落としてくれるし、近場の魔物を狩ってくれれば素材の仕入れ先としても期待できる。そんな思惑だろう。

 ただ、30人もの集団を収容できる施設がなかったので、持ち主がいなくなった空き家を提供することで解決することになった。さすがは過疎村。


 そんなこんなで、数日前からこの村はやや人口を増している。ならず者の集まりという傭兵業の印象とは裏腹に、彼らは規律に厳しいのかこれといった問題は起こしていない。

 ……正直なところ、何人かは間引き(・・・)をしなければ、とも危惧していたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。


 ――それもこれも、後ろの団長さんの人望のなせるわざなのだろう。


「横、いいかい?」

「どーぞ」


 どっこらしょ、と声を上げて男が隣に座った。屋根の縁で足をぶらぶらさせて感触を楽しんでいる。

 村に来た時に装備していた革鎧は取り外し、ラフな服と短剣のみを身に着けていた。あの腐れトマト合戦で誰よりも目立っていたくせに、その服装には果汁の染み一つない。


 ――傭兵団の長、『鉄剣のイアン』

 若い男だ。恐らくは二十代半ばにもなっていないだろう。茶髪に碧眼で十人中七人くらいは美形と認めるだろう風貌。その顔つきは若々しい自信に溢れ、かといって周囲を見下すようでもない。

 村に入ってもそうだった。他の傭兵が慣れない地でなんとなく現地民と壁を作っているというのに、この男だけは真っ先に村人と打ち解け、畑仕事や漁業の手伝いまでしていたのだから尋常ではない。上半身裸になって汗を流す姿に、村の娘たちがきゃあきゃあ騒いでいた。

 かといって男たちに不評を買っているという訳でもなく、その颯爽とした振る舞いに憧れを持つ若者も少なくなく、酒場で何人かが傭兵業への転身を語っているのを見かけている。


 良い若者、良い男、良い兵士、良い上司。

 理想のリーダーの体現にして天性の人たらし。その眼の追う理想は果てしなく、立身出世を夢見るならこの男の下につけばいい。

 顔を一目見ればたちまち察せられる。


 こいつは、英雄の星回りに生まれた男だ。


 彼らがこの村にやってきてから、酒場では彼らの話が途切れることはなかった。

 最近この辺境伯領にやってきた、新進気鋭の傭兵団なのだという。

 領都に到着するや否や、竜を狩りに来たと豪語して実際その通りにワイバーンを討伐したと。休むことなく北方に出撃し、魔物を大量に狩っては周囲の羨望を集めたと。

 この村に来てもそうだ。南西の森を狩場にして、蛇や蜥蜴、森林猿を相手に大暴れしているらしい。


 件の団長さんはひとしきり酒と夜の村風景を楽しむと、ぽつりと言った。


「…………いい村だな」

「そうかな?」


 団長さんの言葉に、思わず苦笑してしまった。

 会話のとっかかりに捻りだしたのだろうが、少々無理矢理感がある。


「どこにでもある、ただの寒村だよ」

「最近では、寒村とも言えないほど儲けてるみたいじゃないか?」

「さあ? 生憎俺は外の暮らしを知らなくてね。外貨が入ってきているのは知っているが、儲けているかどうかはわからない」

「儲けているのさ。俺たちが領都に来たとき、街の噂を席巻していたのは謎の復活を果たした廃棄村の件だったんだぜ?」

「謎の復活とは、なんとも御大層な。ただ景気が上向いただけだよ。……ああ、そういえば自己紹介がまだだったか。この村の猟師でコーラルという」

「イアンだ。あそこで騒いでる連中を取りまとめている」


 敬語は使わなかった。気安くしても許される、そんな雰囲気が彼にはあった。

 対して彼は対応に困ったらしい。がりがりと頭を掻いて夜空を仰いでいた。


「……参ったね。自尊心をくすぐってみたんだが、まるで反応なしときた。まるで爺さんを相手にしてるみたいだぜ」

「爺さんならそこの酒場で飲んだくれてるドワーフがいるぞ。あるいはこの家の持ち主とか」

「そんなんじゃねえよ。なんていうか、人を見る目が違うっていうの? ――さっき俺を見たとき何を考えたんだ? なんだかドキッとしたんだが」

「大丈夫、安心していい。俺にそっちの気は無いから」

「そういう意味じゃねえよ!」


 あら、男相手のナンパではないと。中世の兵隊といえば性別問わず尻を追いかけているイメージなんだが。

 小声の諧謔で内心の動揺を押し隠し、何でもない風を装う。……これは侮れない。

 見透かされて弱みを握られないよう、さっさと本題を片付けるべきか。


「――さて、今を時めく傭兵団の長が、うだつの上がらない猟師に何の用かな? わざわざ登ってくるほどこの屋根の見晴しはよくないし、俺に用があると見たんだが」

「ああ、あんたに用があってここまで来た。領都からこの村まで。結構な距離だったぜ」

「この村まで?」


 まるで俺に会うことが目的のような言い草だ。

 警戒心を強める俺に、男はあっけからんと言い放った。


「会ってみたかったんだ。猪殺しの人狩り猟師に。『亡霊の再来』に」

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