問題:誰の述懐でしょう
あけましておめでとうございます
硫黄、硝石、木炭。
黒色火薬を生成するのに必要とされる、基本的な三要素である。
比率としては大雑把に――硫黄が一、木炭が二、硝石が七。……特に難しくもない、現代なら検索エンジンがあれば誰にでも調べられる常識だ。
現代創作ならば誰もが夢見る知識チート。技術レベルが中世レベルしかない世界で火薬を開発し、鉄砲を発明。雑兵に持たせて多少の訓練を施すだけで無敗の軍勢の出来上がり。
――このディール大陸においても、似たようなチートムーブは可能である。何しろこの世界、魔法があるとはいえ使い手が限られているせいか未だに技術革新がそれほど進んでいない。これに活版印刷でも導入すれば、都市にて生計を立てている代筆屋が干上がる程度には世の中に変革をもたらせるだろう。
……いや、実は既にあるかもしれない活版印刷。現状紙といえるのが大量印刷に不向きな羊皮紙くらいで、エルフの森からの植物紙が普及のさなかにあるとはいえ、どこぞにプレイヤーが先走って印刷機械を開発したきり普及できずに埃を被っているかもしれない。しかしあるかもわからない可能性など論ずるには値しない。現状として印刷機械開発の発端となりうるのはエルフの勢力圏であるからして――――いや、違う、違う。
危うく話が飛ぶところだった。本筋に戻そう。
当初の話題は……そうだ、火薬だ。技術革新の話だ。
転換点というものは易々と達成できる代物ではない。ただそれが発明されただけでは世の中を変えるには至らないのだ。
それがどんなに革新的なものであろうと、どんなに素晴らしいものであろうと、個人の規模に留まっている限りそれはただの『突然変異』で終わってしまう。これを覆し転換点を迎えるには、最低でも三つの過程を経なければならない。
すなわち――
量産。
普及。
啓蒙。
この三つの要素を経る必要がある。
ただ少量を開発し試用したところで意味はない。大量に生産しコストを削減し、使い潰したとしてもいくらでも替えが効く潤沢な状況、それこそがイノベーションの萌芽へとつながる。
大量に生産したところで需要がなければ意味がない。時期尚早の画期的発明、宣伝戦略に失敗した新企画、将来必ずヒットするはずが普及にいたらず爆死した新商品など、挙げられる実例は腐るほどある。俗な言い方をすれば、安定した顧客の存在は転換点の定着には不可欠なのだ。
そして最も重要なのは『使用者の啓蒙』である。新たな概念が民衆に定着し技術的躍進を迎えるには、名称や使い方のみならず仕組みにいたるまで人口に膾炙しなければならない。何事にも工夫には基礎的な知識が必要だ。そのためには使い潰しても構わないほどモノが出回っていないといけないし、弄り倒しても構わないほどモノが身近でなければならない。
要は、技術とは揺るがぬ啓蒙の積み重ねであり、決して一足飛びに歪な進化を経て良いものではないという意味で……いいや、いいや。違う、違う。また話が飛んだ。
本題は火薬だ。火薬がなぜこの世界で普及しないかだ。個人的なポリシーはこの際どうでもいい。
原因は明白――――硫黄である。硫黄の価格が問題なのだ。
黒色火薬を形成する三要素、全体のわずか一割にしか用いない黄色の結晶。それが矢鱈べらぼう無茶苦茶に高いのだ。金の半値とかぼり過ぎにもほどがある。これではもったいなさ過ぎて火薬に使えない。生産できない。
硝石鉱床は半島内にて発見済みで、硫黄さえクリアしてしてしまえば大量生産の目途は立つ。半島は新たなる技術革新を迎えるのだ。だというのになんだアレはマジでふざけんな火口の蜥蜴ども。
――では、硫黄の高騰を招いている要因とは何か。
考えるまでもない。要因とは二つ、ドラゴンと魔法使いだ。
ドラゴンは宝石を溜め込む習性を有しているが、硫黄を食用にする食性も有している。特にそれは成長期において顕著で、竜騎士は自らの騎竜を強化することを名目に採掘された硫黄を優先的に買い取る権利を有している。
あの馬鹿でかい図体のドラゴンが五十余り、こぞって火山の硫黄を日夜貪っているのだ。あとに残るのがどれくらいになるものか、想像するだに恐ろしい。
ドラゴンの食い残しを買い取りに来る魔法使いたちも問題である。正確には魔法使いより売買を委託されてやってくる商人たちだ。
ろくに科学も知らない分際で錬金術を騙るにわかども。論拠に乏しい四大元素説を元に硫黄は金の半値ですねなぞと嘯く物価破壊の世間知らず。奴らがクソの役にも立たない研究に欲しがるために、なけなしに残った半島の硫黄はほぼすべてが買い占められてしまうのだ。
王国と貿易が断絶したに近い現状でも関係はない。硫黄は金の半値。硫黄は金の半値! テメエの国は硫黄で兌換紙幣でも刷ってやがるのか!?
定着した固定観念が顧客あるなしに関わらず、やってくる商人は金の半値を価格として提示する。採掘業者も出来るだけ安く買い取りたいこちらよりも高値を提示するあちらに売りたがる。もはや入り込む余地などないのだ。
残されるのはシャベルやバケツにこびり付いて見た目悪く売り物にならない硫黄粉末。箒で掃き集めて塵取りで回収して壺に押し込んで、そこまでしてようやくハスカールの取り分だ。そして変わらず金は取る。
気分はまさに植民地時代のインド人だ。栽培された紅茶の茶葉のうち良質なものはことごとく英国に送られ、現地民は隅に残った塵のような茶葉を掃き集めてチャイを発明したという。しかし同様に火薬を生成するにしても、あまりにも少なすぎる。
これでどうやって火薬を生産しろというのだ。どうやって技術革新を生めばいいのだ。
先の内戦で竜騎士が多く死んだ。数を減らしたドラゴンの分だけハスカールの取り分を捻じ込めないかと意気揚々と交渉に赴いたのも束の間の話。新辺境伯は取り付く島もなくこちらの提案を却下した。
曰く、減少した分だけドラゴンの繁殖が盛んになるため、ドラゴンはこれからさらに硫黄を溜め込みたがるはずだと。これに横槍を入れれば狂暴化した若いドラゴンによる人的被害も起こりうると。
所詮はトカゲか。いやトカゲ以前の話だ。
どうして蜥蜴が根拠不十分な俗説に従って硫黄なんて食ってるんだ。脳味噌の代わりにクソでも詰まってるんじゃないのか。どうせ食った硫黄も大して消化できずにクソにして垂れ流してるくせに。そんなだから――
待て。
ドラゴン。
硫黄。
垂れ流す?
「――――ユリイカ……ッ!」
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「――――と、いうわけで。これよりドラゴンの糞より火薬を生成する実験を開始する!!!」
「なにを言ってるんだ爺さん!?」




