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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
幕間
465/494

勝利なき凱旋

 春先に襲来した魔王軍が撤退し、港町はひとまずの平穏を得た。

 忽然と兵を引き上げた魔王軍は西へ取って返して丘陵地帯へと進軍、東進するウォラン王率いるドワーフ軍と相対する。しかし魔王軍との会敵を想定していたドワーフたちは、事前に要衝へ多数の砦を数日のうちに建設し防備を固めてみせた。どれか一つをせめ落とそうと拘泥すれば別の砦から後背を突かれるという位置取り。それぞれの拠点が互いを有機的に援護し合える縄張りは丘陵地帯に強固な防衛地帯を構築し、両軍は春の中頃を超えた今でも睨みあいを続けているという。


 ガルサス翁の要請に呼応したウォラン王は、その目的を半ば達したといえる。

 彼らが勢力を広げる丘陵地帯は鉄鉱の産地であり、地表の領土は不向きながら自給可能な程度に麦が育った。広めた領地に畑を耕して人狩りで集めた人間の奴隷民を配置し、支配者として完全に根を張る構えであるようだった。

 時間を置くほどに砦の防衛施設は充実し、更に攻め手が困難となる。しかし攻めあぐね手をこまねいていれば逆に戦線を押し上げられ、新たな砦が築かれるだろう。

 魔王軍はこれに対応するために、少なからず戦力を割くことを強いられていた。


 港町に駐留していた辺境伯軍は引き続き町の守備に当たっていた。ちょうど春が到来し半島への街道が開通したこともあり、半島からの援軍を待たず負傷者を帰還させ、規模を縮小させたうえで万が一の襲撃に備えたのである。

 万が一、ともいうように、ドワーフと対峙している魔王軍がこの港町を襲う危険は相当に低く、オスヴァルトの送った書状により予定されていたイアン・ハイドゥク率いる援軍はそのまま領内の治安維持にあたることとなる。

 改めて交代の兵員が派遣され、オスヴァルトたちが半島へ帰還するのは晩春の頃を予定していた。



 ――――それが覆されたのは、四月の終わりごろ。

 ()から現れた軍団が、物々しい雰囲気も露わに港町へ向けて布陣した。



   ●



「――――いま、何と言った?」


 港町西区画、かつて西側の魔王軍を一望できた指揮所にて、辺境伯軍歩兵部隊長オスヴァルト・ミューゼルの声が響いた。

 鎧の隙間から包帯が覗く肩の傷はだいぶ癒え、動きそのものはぎこちないながらも武器を振るったところで悪化しない程度に回復している。このまま任務を終え半島で療養とリハビリに励めば、年内には復帰できる見通しが立っていた。


 護るべきを護り通した、文句なしの凱旋である。


「聞こえなかったか、戦傷で耳が遠くなったのか?」


 ――――それが、突然現れた王都軍に立ち退きを命じられさえしなければ。


 オスヴァルトの目の前には甲冑を纏った男が佇んでいた。王国軍制式の騎士鎧である。華美なサーコートを羽織り細身の剣を腰に佩いた男は、自らを王国軍の特使であると名乗っていた。

 ――今現在、港町の南に布陣し侵攻の構えを見せる軍勢、その長であると。


「先の防衛戦、辺境伯軍の働きまことに見事の一言。辺境伯軍における歩兵弱卒の悪評を大いに覆す活躍であった。かの一戦をして後世に語り継がれるであろう。――――しかし」


 淡々と感情の乗らぬ賛辞の言葉。事務的にオスヴァルトたちの戦功を称える特使は、これ見よがしに鼻を鳴らして目を細めた。


「目覚ましい働きは結構だが、そのあとがいただけぬ。……貴様ら、いつまでこの町に居座るつもりか?」

「なに……?」

「この港町はもとよりルフト王国が領有する拠点の一つ。すなわちわれらの領土である。それを貴様ら辺境伯軍が占領したまま、いつまで経っても立ち去る気配も見せぬ。これはいかなる仕儀か」

「馬鹿な、我々は半島からの援軍だぞ!? 魔族どもの侵略だというのに、王国がいつまでも兵を寄越さなかったから――」

「要請の事実はない。我が国民が救われたことは感謝するが、しかしそれとこれとは別の話だ」


 オスヴァルトの抗議を特使はにべもなく切って捨てた。


「そもそも此度の戦いは、芸術都市の敗戦から落ちのびた貴様らが帰還途中に立ち寄った街で自発的に行った、いわば私戦である。我々の関知するものではない」

「戯言を! 我々が一体誰の民を――」


 激昂した声が途切れる。オスヴァルトは目を見開き――――そこで気付いた。


 港町、芸術都市。

 遅れた援軍。不自然に威圧的な特使の態度。

 王子は王都より追放され、王都の軍は宮廷魔術師筆頭マクスウェルに掌握されている。


 では、この特使の言う『我ら』とは一体誰を指している……?


「……答えろ。貴様の所属は何だ? 誰の命を受けて軍を起こしている?」

「知れたこと」


 恐る恐る問いかけたオスヴァルトに対し、特使は表情を動かさないまま答えた。


「我らは『王都軍』。マクスウェル筆頭を旗頭に王国領を継承した(・・・・・・・・)共和国の騎士である」

「――――」


 今度こそ絶句する。弾劾の言葉さえ真っ白に消え去った。

 あの宮廷魔術師が大それたことを企てたことは知っていたが、まさかここまで。


「……時代を、四百年前に戻すつもりか?」

「異なこと。新体制に移行した共和国は強固なる団結をもって進軍し、西に逃れ落ちた蒙昧なる王族残党を討滅。返す刃をもって魔王を討伐しこの大陸へ新たなる秩序を布く。これのどこが三百年前への退行か」


 正気で言っているのか――思わず喉元まで出てきた言葉をオスヴァルトは呑み込んだ。

 ただでさえ魔族たちが勢力を増している中、新興勢力を更にぶち上げて何になる。更なる混乱をもたらすだけではないか。

 そもそも、魔族のことを知らなすぎる。王族の残党を討ってから余力を駆って魔族と相対するなど、敵に横腹を曝け出す壮大な自殺にしか見えなかった。


 ――――それとも。あるいは、ともすれば。

 マクスウェル筆頭には、この劣勢を覆す秘策があるというのか――?


「さあ、どうするつもりなのだ、オスヴァルト卿」


 そんなオスヴァルトの内心を知ってか知らずか、特使は尊大な口調で進退を問うた。


「大人しくこの町を立ち退き、我ら王都軍に明け渡すか。それとも引き連れる残り少ない手勢で反抗を試みるか。……無論、その場合は辺境伯に謀反の兆しありとして討伐軍を差し向け――」

「心にもないことを言うのう、お主」


 遮られる特使の言葉。意気揚々とした口舌を邪魔され、特使が苛立たしげな表情も露わに声の主を睨みつける。

 視線を向けられた先には、床に座り込んだまま二人並んで頭を寄せ合い、一枚の設計図を前にあーだこーだと寸評し合う白黒のドワーフがいた。


「いかんな、つい口を挟んでしもうた」

「あーあ、知らんぞう。さっさと帰るいい機会だったというに。帰ったら試したい良さげな閃きが二、三思いついたんじゃが」

「しかしのう、そこのクソガキがあんまりにも外交下手で見てられん。少し考えれば自明の理であろうが」


 特使の眼光に怯みもせずにぼやき合う老人二人。白髪のドワーフは特に呆れた様子で特使を指差した。


「刃向う気配あらば攻め落とす、などとそやつは言う。しかしあからさまにハッタリすぎるわ」

「何だと……?」


 ひく、と特使の頬が引き攣った。


「――貴様、私が賊徒を相手に手控えする腰抜けだとでもいう気か?」

「気概云々の話ではないわ、戯け」


 怒気を滲ませる特使に、ガルサスは飄々と罵声を浴びせた。


「宮廷魔術師筆頭。反乱を成功させた一国の指導者。……ならばさぞ頭は回るのであろう? 軍政のみならず経済にまで知見が及んでいるに違いない。いかにもいかにも。そうでなければ、今この機にて軍が姿を現すはずがないのだ」

「どういう意味だ、ガルサス翁?」

「そやつが軍を引き連れてこの町に訪れたことそれ自体が、我らに矛先を向けられぬ証明ということよ」


 持って回った言い回しは熱くなった頭には難解だった。見れば言葉を受けた特使の顔は苦虫を噛み潰したようで、老人の言葉が正鵠を射ていることを示している。

 そんな特使を鼻で笑いながら老人は言う。


「この町の取り柄とは何だ? 期待されている役割とは? よもや魔族に対する防波堤などというわけではあるまい。はっきり言ってこの町は守りに向いた地形と言い難いからのう」

「なるほど、取り柄とな。決まっとるなぁ、町の建設が始まった頃から何も変わらん。――――内海航路よ」


 はたと手を打ったギムリンが頷く。この地においてグリフォンが討伐されてのち、王国と辺境伯と共同で着手していた事業を思い出して。


「この地そのものにそれほどの価値はない。漁業は盛んではあるが麦はトントン、大した歴史もないとなればわざわざ力尽くで奪い取る意味は薄いのう」

「うむ。この町に期待されていた役目はただ一つ――内海を利用した辺境伯領との交易よ」


 より具体的に言えば、交易都市ハスカールを通したエルフ工芸品の輸入である。

 断言したガルサス翁に特使は無言。しかしその顔は図星を大いに示していた。


「喉から手が出るほど欲しいわなぁ。矢除けの護符は王子との戦いに要り様じゃ、性能のいい弓が百張りあれば射撃戦で優越できる、魔法の籠った華美な装飾品は王都の貴族どもを飼い慣らすには格好の餌じゃろう?」

「ミスリルの穂先は魔族との戦いにぜひ欲しいのう。華やかな戦装束は民衆に安心感をもたらす。治安の向上にも有用じゃ」


 口々に王都軍の求めるものを類推する老人たち。品物の名前を口にするたびに特使の目端がぴくぴくと引き攣った。

 そんな男のさまをせせら笑いつつガルサスが言う。


「……なるほど、要り様だのう。大陸の覇権を握るためにエルフの交易品を当て込んで」

「それも大量にじゃな。剣も矢束もわんさかと要る。とても陸路では運べんほどじゃ」

「ゆえに海路。これなら王都の産出する麦も大量に運べよう」

「しかしそれだと港がアレじゃな。足元を見られて輸送費をふんだくられる」

「だから自前の港が欲しいのよ。船も水夫も手前で用意すれば、中抜きの心配もないとなぁ」

「き、貴様ら……!」


 調子に乗って言い立てる老人たちに、とうとう特使が怒りを露わにした。


「侮辱する気か、我らを!? 辺境伯に謀反の意ありと筆頭にお伝えす――」

「笑止な。謀叛人は誰あろう貴様らであろうが……ッ!」


 オスヴァルトが吼えた。今にも剣を引き抜かんと目を怒らせ、目の前の男を威圧する。


「元より我ら辺境伯家はルフト王家の臣、マクスウェルに傅く道理など毛頭ない!」

「刃向うと申すか!?」

「道理の話だ! 我が父祖を半島に封じたはかの王家、彼らが斃れたというのならば、何人も我らが戴くものはない!」

「体よく言い換えよるか、要は従わぬというのだろう!」

「従えたくば、貴様らが殺した国王陛下を連れて来い……!」


 ぎりぎりと睨み合う。一歩でも引けば辺境伯家の統治権が脅かされる、そう直感しての罵声だった。

 そんな一触即発の雰囲気の中、ギムリンが口を挟む。



「――――別に良いじゃろ、明け渡そうではないか」



 それは場にそぐわぬ、のんびりとした口調で。

 意表を突かれたオスヴァルトは、背中を刺された気持ちで振り返った。


「ギムリン殿……?」

「わざわざ開発途中の町を欲しがる国主殿がおるのじゃ、くれてやればよい。さっきも言ったじゃろ――土地でなく航路に価値があるのじゃと」

「いかにもその通りだが、しかしそれでは――」

「ここは実利を取る場面じゃろ。儂らがここに居座ったところでたかが知れとる。よいか、内乱で疲弊した半島の兵力では、この地を維持できるか甚だ疑問じゃ」

「ぐ……」


 事実である。反乱を鎮圧した辺境伯領は今、領内の安定に力を注いでいる。少なくともこれから半年以上は出兵は困難で、こうして港町に駐留していられるのも最低限。次の侵攻があったとして耐えきれるとは到底思えなかった。

 しかしそれでは。血を流して守り通したこの町を易々と手放すというのは。


「ふん、わかっているのならば最初から従っていればよかったのだ」


 言葉に詰まったオスヴァルトを特使が勝ち誇った目つきで見やる。しかしギムリンはそんな彼にも舌鋒を向けた。


「――しかし、王国領をそのまま継承したというお主らの言い分も受け容れかねる。ミューゼル辺境伯領を彼らに与えたのは王家であってマクスウェルではないからな。残党といえど王家が健在な以上、儂らは共和国とやらに何の恩も義理もない。ゆえに奉公もなしじゃ」

「貴様……っ」


 気色ばんだ特使にギムリンが意味深な笑みを向けた。そこにどこか底意地の悪い色を感じ取ったオスヴァルトは、この老人が隠れながら相当腹を立てていることに気付いた。


 すなわち――――テメエも痛い目合わせてやる、と。


「……よって、王国との軍事同盟は貴様らとの関係に適用されぬ。今後要請があろうと半島から援軍が来ることはないと思え。精々、王都から突出したこの町で魔族の脅威に怯えとるがよいさ」

「愚かな、敵対する気か!?」

「敵対も友好もあるものか。そもそも儂らは、お主らとの間で何も結んどらんではないか。取引がしたくば、そちらが半島に使いを送って改めて取り決めるが筋じゃろ」


 首都を失ったといえど、王国が健在ならば共和国なる国家の国体継承は認めない。ならば王国との間にあった同盟や各種権益関係も共和国との間には生じない。

 辺境伯家は王都勢力の風下には立たない、そう言い切って黒髪のドワーフは肩をすくめる。


「――さて、この辺りが辺境伯家陪臣の下っ端たる儂の認識なのじゃが。何か付け加えることはあるかの、オスヴァルト将軍閣下?」

「いや――――あぁ、私から言い添えるならばひとつ」


 何とも情けない。本来外様のドワーフ二人――それもそのうち一人は『客人』――が、弁舌で場をいいようにかき回してしまった。毒気を抜かれる思いだった。


 ……まったく、ここまでお膳立てされてしまっては締めの台詞くらいしか言えないではないか。


 水を向けられたオスヴァルトは、軽く咳払いをし、


「外交の話は後日に詰めるとして、不戦協定程度ならば私の権限でも結べるが――――いかがいたすか、特使殿」



   ●



 二日後、オスヴァルト率いる辺境伯軍は大街道を通って半島への帰路へ着いた。

 生き延びはした。守り通しはした。しかし戦果は掌から零れ落ち、今や町も人も簒奪の徒が我が物顔で切り回している。


 二方一両損、などとギムリンが嘯いていたものの、オスヴァルトには到底納得できる結果でもなく。

 この屈辱、この無念。勝利とは程遠い。


 ――――いずれ必ず取り返す。痩せた馬上で、そう誓った。

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