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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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続・猿の惑星

 オスヴァルトたちが籠る港町において、戦況は刻一刻と悪化していた。

 防壁の一部を切り崩され、ドワーフたち工員の奮戦によってバリケード補強はしたものの、殺到するガーゴイルたちに一日と経たずに再び突破の憂き目を見ることになった。既に被害は非戦闘員のドワーフにも及び、二人が命を落としている。


 現在は突き崩された防壁部分をあえて修復せず、敵の攻撃をそちらに誘導させる戦術を取っている。殺到したガーゴイルやインプたちが壁を抜けた途端、そこを殺戮地帯に設定した床弩や弓兵たちが集中的に火力を叩き込み撃退するのだ。

 全体的な防備は薄くせざるを得なくなったが、所詮は精々が雑兵程度の思考しか持たない連中だ。壁を登る労苦を忌避してせっかく空いた亀裂を目指すものとオスヴァルトは予想し、事実それは的中し戦果を挙げていた。


 ――そう、戦果は挙げている。

 しかし、それ以上に損害が目立ってきていた。


 すでに無傷な兵はどこにもいない。身体のどこかしらに包帯を巻いている者ばかりだし、腕の骨折程度なら添え木で固定して前線に配置することになっている。腕一本でも動けば盾は持てるし、床弩の照準も辛うじて可能だ。

 十日程度でオスヴァルトの傷は完治しなかった。槍を持つたびに肩には激痛が走り、二度縫合が破れ縫い直す羽目になっている。初歩的な治癒魔法で壊死までには至ってはいないものの、それでもやはり限界はある。


 限界は近い。待てども訪れぬ援軍に士気は下がり続け、脱走者が現れないのが不思議なほどだ。――否、ここを越えられれば半島に後がないと兵の一人一人が理解しているがゆえに、オスヴァルト麾下の半島兵が逃げる素振りは微塵も見当たらない。問題は港町に常駐していた衛兵や市民である。

 逃走の機運を見越して、希望者は少しずつ東へと逃がしている。行き先は半島かあるいは要塞都市の二択で、オスヴァルトは彼らに、出来れば内乱中の半島より要塞都市へと逃げるように伝えていた。


 明日死ぬのか、明後日死ぬのか。絶望的な状況、堅牢を誇り心の拠り所であった白壁は崩落目前で、長くない自らの未来に誰もが顔色を暗くしている。


 そんな中、突如として魔族軍が一斉に軍を引くという出来事が起きた。

 理由は明確ではない。しかしオスヴァルトはこれを、陥落寸前の防壁を次に一気呵成に攻め落とすための大攻勢の前触れと見た。おそらくはこちら側が最も疲弊する払暁を待って本格的な総攻めにかかるのであろうと。

 残念ながら打つ手はない。降雨によって防壁の仕掛けは大半が喪失し、ありあわせの工夫での撃退にも無理が出てきている。

 オスヴァルトにできることといえば、明け方の決戦に先だち見張りを残して大半の兵士たちに休息を命じることくらいだった。


 ――――だから、そう。

 彼らが、くずおれそうな心の支えにせんと人ならざるモノへ縋ろうとするのは、ある種当然の成り行きといえた。



   ●



 深夜の礼拝堂が厳粛な空気に包まれている。


 礼拝堂といっても大仰なものではない。集会に用いられている講堂に雛壇を設けてそれらしくしたもので、とくに宗教的なシンボルが安置されているわけでもステンドグラスが幻想的な光を運んできているわけでもない。

 ただ単純に、ここに集まった兵士たちがひたすらに祈りを捧げる場所、という意味で、ここが礼拝堂とあだ名されているようなものだった。


 ぎしり、とひしめくような密度で兵士たちが集っている。オスヴァルトに休息を命じられた兵士たちの面々である。彼らは強張った顔つきもそのままに、礼拝堂の入り口で配られた紙切れを固く握りしめていた。

 血走った目つきで紙面を凝視する男、目を瞑りぶつぶつと文面を反芻する男、印でも結ぶように両手を組み合わせたり振り動かしたりとせわしない男。……兵士たちの態度は様々だ。

 どこからか讃美歌のような声が聞こえる。風の音を伴奏に染み入るように響く音色は、疲れ切った兵士たちの心を癒しているかのよう。


 壇上の傍らには黒髭のドワーフが控えている。いつになく厳めしく顔を引き締めたドワーフは、緩やかに目を伏せてその瞬間を今か今かと待ちかねていた。


 ――そして、


「おいでなされた……!」

「導師様だ……」

「先生……!」


 舞台裏から、ひとりのドワーフが姿を現した。

 白い髭の年老いた男である。厳かな足取りで歩を進める彼の手には、細長い筒状の物体の収まった台座が捧げ持たれていた。

 群衆の熱のこもった視線を受けても、白髭のドワーフは厳粛な表情を崩さなかった。静々と壇上に立った彼は、兵士たちに向き直ると恭しい手つきで台座を掲げる。


 黒髭が動いた。

 石のような無表情のまま、スッと天に捧げ上げた両手を緩やかに胸元までおろし、観音扉をを開閉するように逆T字を描く。

 あたかも聖職者が聖印を切る仕草のごとく。彼の様子をもし猟師が見れば、ドン引きした表情で突っ込んだだろう。――――それコバルト爆弾のサインじゃねーか。


「――この地よりはるか遠方の聖なる王、アッチラは大いなる手榴弾を考案した」


 厳かな口調で黒髭は言った。


「その目的は主の御心に沿い奉り、罪深き多数の敵を打ち砕くためである。これにより聖アッチラは■■■■(キリスト)の地に物理的安息をもたらした」


 ふう、と感に堪えない面持ちで息を吐き、ギムリンは聖句を唱える。示し合わせたように兵士たちも唱和した。


「――――冷麺」


『レェメン』


「うどん」


『ウードゥン』


「茶蕎麦喰いてぇ」


『チャソバックィティエ』


「…………では、手元のチラシの第二項に目を――」

「ちょちょちょっ、ちょっと!」

「なんじゃあ?」


 いいところを邪魔されたギムリンが胡乱げな視線を向けると、そこには目元を引き攣らせたシャンテがドン引きしていた。

 結局逃げられなかった付与魔術師である。最終的には魔法戦に付き合わされて今なお疲労が鰻登りな彼女は、悲しいかな突っ込み気質だった。


「こんなカルトみたいな集まり開いて、いったい今から何をやろうっていうんです……!?」

「なんじゃ、見てわからんのか」


 これだから若い奴は、と大仰に首を振ると黒髭のドワーフは鼻を鳴らして言った。


「明日使う手榴弾の講習会じゃが」

「明らかにそんな雰囲気じゃなかった……!」


 一瞥しただけでヤバげな宗教の団結集会にしか見えなかった。それ以外のなんだというのか。だいたいなんだうどんだの茶蕎麦だの冷麺だの、ふざけ過ぎではないか。

 そう言うと、ギムリンは物わかりの悪い若者に対する大人のような表情で、


「だって儂、十字(キリスト)教嫌いじゃし」

「この上なく私的な理由……!」

「こういう説明会は視覚と聴覚に真っ先にインパクトをぶち込んだ方が覚えがいいもんじゃ。聖歌っぽいハミングも、ほれ、元素記号を音に合わせて読み上げさせとるだけじゃろ」

「逆に歌いづらいよそれ!」


 よくよく聞いてみれば本当に水兵リーベが聞こえてくる。あまりのことに眩暈を起こすシャンテを尻目に、老人二人はどこまでもマイペースだった。


「大体からして、こういうのは飽きさせない形で行った方が良い。知っとるか、一説によると落語は坊主が説法を解かりやすく噛み砕いたものが原型になっとるのだそうな」

「うむ、よくわからんが説明が理解しやすいのは結構なことよ」

「それ別に宗教っぽくする必要ないですよね……!?」


 ええい、このまま突っ込んでたら話が一向に進まない。

 気を取り直したシャンテは、決戦の前日だというのに奇怪な講習会を催した意図を尋ねることにする。――と、


「……最後の総仕上げに、どうしても必要でのう……」


 帰ってきたのは、どこか寂しげな微笑だった。


「――事前に仕様説明でチラシを配ったんじゃが、ぶっつけ本番だと不安だから直に説明してくれとの要望が多くての。希望者をこうして集めたワケなのじゃが」


 聞けば、明日使うために兵士たちへ配った手榴弾はなけなしの火薬を分配したために火力が低く、インプ一体すら殺せるか怪しい代物なのだという。

 はっきり言って派手な爆竹がいいところ。何故そんなものが切り札になりうるのか、その理由は間もなく語られた。


「防壁には強度を増すために竹筋を埋め込んどる。それは知っとるな?」

「えぇ、運ぶの手伝わされましたし」

「あの竹、節に穴を開けて筒状に空洞が通るようになっとってな。ついでに言えば防壁の上にいくつかある孔から竹筋全部に空間が行き渡るようになっとる。最終的な出口はバリスタの射出孔じゃな」


 なんだ。一体どういうことだ。

 孔だの空洞だの出口だの、言ってることはまともなはずなのに不吉な予感しかしない。


 ゾクゾクと背筋を震わせるシャンテを尻目に、ギムリンは用意していた最後の秘策を開帳する。


「あの孔に精錬しまくった石油を注ぎ込めば、射出孔から零れた油が堀に浮くじゃろ。そこ目がけて手榴弾を放り込むと――――後はわかるのう?」

「何やってるんですか馬鹿ァ――――ッ!?」


 このドワーフは終始一貫して爆発ネタしかぶっこんでこないのか。

 あまりのことに絶叫したシャンテだというのに、ギムリンはどこ吹く風と混ぜっ返す。


「そうは言うがな、敵の大攻勢こそ反撃の大チャンスなんじゃぞ?」

「そんな死なばもろともな反撃なんて要りません!」

「やかましいッ! トリに自爆のない防衛施設なんてあってたまるか!」

「あるに決まってるでしょどこぞの秘密結社のアジトじゃあるまいし!」

「魔族悪魔が何するものか! 敵も味方も木端微塵! 真のアルマゲドンとは人類が引き起こすものなのだと奴らに思い知らせてやる……!」

「あなたの頭がアルマゲドンですよ! 馬鹿なんですか馬鹿なんでしょ馬鹿なんだなこのダイナマイトバカ! もうやだ帰るぅぅぅ!」


 ぎゃあぎゃあと喚き合い、しまいには掴みあいの喧嘩に発展するプレイヤー二人。そんな彼らを尻目に、ガルサス翁はチラシを片手に粛々と兵士たちへ手榴弾の使い方をレクチャーしていた。


「――――導火線に火をつけ、三つ数えてから投擲せよ。二では早過ぎ四では遅すぎる。ましてや五はもってのほかである。……えー、バナナで武装した敵と相対した場合は……む、これは今回は関係無いのぅ……」



   ●



 翌日の朝。

 最後の戦いへ決意も露わに防壁の上に立ったオスヴァルトは、目の前の光景に言葉を失った。


「なんだ、これは……!?」


 いない。

 誰ひとり、何一つ存在しない。

 昨日まで堀の手前を埋め尽くさんばかりに展開していた敵勢が、影も形もなく消え失せている。

 残されているのはインプやデーモンの死骸、瓦礫のようなガーゴイルの残骸ばかり。生きて蠢いていた魔王軍、その全てが一夜にして姿を消していた。


「一体、何が起きたというのだ……!?」


 生き延びた安堵よりも、不可解さが先に立つ。

 誰にも説明できない異常な出来事に、オスヴァルトはただ呆然と立ちすくんでいた――

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