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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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ハヌマッドの野心

 魔族ハヌマッド。

 王国軍との戦いに先だって魔王が新たに召喚した、上位魔族の一人である。


 外見としては人間と大差なく、面立ちとしては頬の刺青以外は整った部類といえる。あえて言うならやや長めの両腕と背中に生えた蝙蝠の翼が特徴といえば特徴か。背中のうなじから下が鬣のように白い体毛が生えているものの、同色の髪を背中まで伸ばしているため目立つことはなかった。


 彼が台頭するきっかけとなったのは先の王国軍との戦いである。壊乱し逃走するロドリック王子の部隊を追撃するにあたり、魔族ゼノンの援軍として出撃したのが初めだった。

 元宮廷魔術師筆頭にしてロドリック王子の相談役であった老魔法使いオーサー、彼がゼノンを押し留めている隙を狙い背後からの狙撃によって仕留めたのだという。


 単純な戦功としては第一である。何しろ老オーサーといえば闇属性以外の五属性を高い水準で操り、なによりその詠唱速度は半引退の今ですら大陸屈指との評判だった。すなわち王子の身辺を護衛する最大の守りであり、これを討ち取るということは大将軍の首を取ることに等しい。

 名の通った将は大半が魔王による即死攻撃、あるいは王都からの超長距離術式により殲滅されたこともある。他に戦果を挙げられた者といえば、竜騎士の一人を斬り捨てたバアルが挙がる程度だった。


 これによりハヌマッドは一日にして魔族軍における立場を確立し、ザムザールに次ぐ権勢を誇るようになる。謀略を好み成果が表に出にくいカーラと違い、目立つ戦果を喧伝するハヌマッドの手法はその派手な出で立ちも相まって瞬く間に独自の派閥を築くに至った。

 軍内の口さがない者は、彼のことを『功名泥棒』と呼ぶ。



   ●



「――今、何と言ったのかしらぁ?」


 港町の西方、白い防壁を望める丘の上に敷いた陣中にて、輿に腰掛けたカーラは思わず口端を吊り上げた。何かがおかしいというのでなく、つい直前に聞いた言葉を信じられないがための反射である。

 下座には恭しい仕草で礼を取るハヌマッドの姿。整った顔立ちも相まって、貴族然とした礼はいかにも優雅な雰囲気を放っていた。


「何度でも申し上げましょう、カーラ」


 魔王の特使として赴いたという男は仰々しい礼から顔を上げ、薄ら笑いを顔に貼りつけて言う。


「――攻撃は中止です。即刻軍を引き上げ、ハインツへと帰還下さい」

「馬鹿げたことねぇ。まだ戦は終わってないわぁ」


 戦場を向き直ればボロボロになった白壁が望めた。度重なる攻撃で応急処置のバリケードも突破され、そこを更に伐り広げようとインプやガーゴイルが殺到している。

 陥落までさほど時間はかからない――長くとも明日一日あれば落とせると踏んでいた。それが、何故。


「確かに手間取りはしたけど、もう少しで落とせるの。それまで待ってなさいな」

「お言葉ですが、待てませんねぇ」


 にべもなく言葉を返すハヌマッドの顔には嘲笑が浮かんでいた。


「十日です、たかがあの貧相な港一つ落とすのにあなたがかけた時間は。いいですか、十日なのですよ? 総勢5000の軍勢は王都攻めのために編成中の本軍に次ぐ規模。それだけの数を十日も田舎町を落とすのに費やすなど」

「拠点攻めよ。時間はかかるものだわぁ」

「費やすのが時間だけならばまだマシですがねぇ。みたところ無視できない数の損害も被っている様子。昨今の魔王陛下は吝嗇でしてね、このまま勝てたところで軍が半壊していました、では褒められたものではないでしょう?」


 大仰に首を振り、さも魔族軍のためを思っての諫言と言わんばかりに声を張る。しかしその魂胆は見え透いていた。


「……差し詰め、はかりごとだけでなく軍略にも通じていると陛下にアピールしたかったのでしょうが……生憎と、才覚を見せる機会が恵まれなかったようで」

「言ってくれるわねぇ。アナタの方こそ、横合いから戦果を掻っ攫う以外の働きはしてなかったのではなくて? ゴキブリ肌クンが散々罵ってたわねぇ、獲物を横取りされたって」

「取り決めもなかった戦いです。戦果など、同僚との奪い合いになるのは必定といえましょう? 結果が全てなのですよ」

「あらあらぁ、いいこと言うわねぇ。その通り、結果が全てよ。……せっかくの初陣が弱った相手を姑息にチクチク――アナタの第一印象はこの結果でだいたい固まってしまったものねぇ」

「…………売女風情が、言ってくれる」


 表情を消して吐き捨てたハヌマッドは、それまでの余裕ぶった態度を脱ぎ捨てて事務的に言葉を述べた。


「――とにかく、今現在の戦況がどうであろうと、軍は引き上げてもらう。兵権は私が引き継ぎ、西の丘陵地帯へ展開する。――これは魔王陛下の思し召しです。異を唱えることはたとえあなたでも許されない」

「丘陵地帯?」


 カーラが聞き返すと、男はつまらなげに鼻を鳴らした。


「ドワーフの死にぞこないどもですよ。ザルム渓谷の要塞化が終わったのでしょう、東の山岳から丘陵にかけて勢力を伸ばしているとの情報が入りました。魔族軍の末端と交戦したとも。……あの辺りは鉱山資源が眠っています、これ以上拡張されれば無視できない勢力へと成長することでしょう」

「だから今のうちに叩く?」

「人の行き来が乏しくなれば瞬く間に衰える交易拠点と違い、資源という足場を得た国は容易に崩れません。最後の最後まで踏ん張りがきくのでね。――どちらが火急であるかなど、説明するまでもないと思いますが?」

「ふん……」


 なるほど、理には適っている。

 そのうえドワーフの築く坑道となれば、それは兵を行き来させるための塹壕としても機能するだろう。開発を阻止しなければこちらが痛手を被るのは間違いない。


 それにしても――


「――――――」


 振り返る。西の空の先、内海沿いに見える旧芸術都市は、瓦礫同然の廃墟の姿から新たに生まれ変わろうとしている。魔王城に相応しい堅牢な城塞へと。

 ガーゴイル、そしてアークデーモンまで動員した城砦建築など前代未聞。完成のあかつきには目を疑うほどの光景が広がっていることだろう。


 ――あれだけ大盤振る舞いしておいて、今度は吝嗇とは。


「……いったい、陛下は何を見据えておられるのかしらねぇ」


 揶揄するような呟きは、誰にも聞かれないまま宙へ消えた。

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