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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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蝙蝠の弁明

「いやぁ、勇戦見事でありました!」


 陥落したベッケンバウアーの居城、その大広間に竜騎士ハイモ・ディカーの空々しい声が響いた。


「半島に名高い猟兵の戦ぶり、とくと拝見させていただきましたとも! まさに神出鬼没、勇猛果敢! 弱卒揃いの半島兵では歯が立たないのも納得というもの! 直属の歩兵がこの精鋭ぶりで、辺境伯閣下も安泰ですなぁ!」

「…………」


 歯の浮くような美辞麗句に閉口し、思わずエルモは眉をひそめた。どうにも納得のいかない不快感は、目の前で何食わぬ顔で味方面をしているディカーから湧き出ている。


 ――猟兵隊がベッケンバウアーの居城に到着したとき、既に城塞はディカーとハービヒらによって制圧され、城門も開け放たれエルモたちを迎え入れる態勢が整っていた。

 城門の直前には不自然な血だまり。ぞんざいに掃除は施されているものの、そこで誰かに何かがあったということを察せられるほどに赤黒い痕跡が残っていた。

 そして――


「ディカァァアアアア!」


 大広間の傍らには、この蝙蝠男の主張する『戦果』が一人。


「殺す、殺すゥ! 殺させろ! よくも、貴様……ッ!」


 竜騎士ルドルフ・ベッケンバウアー。

 この度の反乱の首謀者は、鎖で手足を拘束されて兵たちに取り押さえられていた。

 エルモとヴィルヘルムが降伏――二人が主張するに帰参――した彼らに大広間へ通された途端、狂乱したかのように暴れ始めた男は、かつての威厳の欠片もなく惨めな姿を晒していた。


「やれやれ、罪人が何やら喚いていますねぇ」


 その姿を一瞥し、ディカーは嘲笑を隠しもしない。


「半島を二分しかけた大反乱、その首謀者ともなれば極刑は免れますまい。最後の最期くらい往生際を良くしたらどうですかねぇ?」

「彼は……?」

「おっと、これは失礼。いやなに、この男を召し取った際に少々小競り合いがありましてね? 抵抗の気配を見せたのでベッケンバウアーの妻子を処断したのですよ。これも効率的に士気を挫くため、実に効果的でした」

「貴、様ァ……!」


 エルモの問いに飄々と受け応えするディカーへベッケンバウアーが吼えたてた。跳びかかろうとする手足を鎖が繋ぎ止め、ぎしぎしと耳障りな音を立てる。

 聞き捨てならない男の言葉に、傍らで聞き入っていたヴィルヘルムが目を細めた。


「妻子を殺したのか、ディカー」

「見せしめのために必要でした、そう言ってるでしょう? どちらにせよ、ベッケンバウアーが討死でもすれば継承権は息子に移ります。身分ではありません、ドラゴンです! そうなってから細君ともども逃げ出されては面倒だ。先に可能性を潰しておくのは当然でしょう?」

「捕らえておくだけで良かったはずだ。何も殺す必要は――」

「おわかりでないようですねぇ、ノイマン卿!」


 ヴィルヘルムを遮り振り返ったディカーは、見せつけるような笑みを浮かべた。


「言ったでしょう、見せしめだと。要は、この男だけでなくベッケンバウアーの残党全てに知らしめるためのパフォーマンス! これにて半島内乱は集結し、新たなる辺境伯の治世が始まる、その区切りに適当だったのです」

「それを貴様が言うのか」

「私だから言えるのですよ! ――この戦いの決め手は、私が打ったといっても過言ではないのですから」


 侮蔑も露わに吐き捨てるヴィルヘルムにもディカーは余裕の態度を崩さない。むしろしたりとばかりに笑みを深めた。


「ノイマン卿。あなたはこの反乱の当初より辺境伯に内通し、言葉巧みに我々から歩兵の指揮権をだまし取ったうえで決戦の絶好機に寝返った。歩兵を根こそぎ奪われては、いくらドラゴンが強大でも意味がない。反乱軍は戦闘を諦め撤退する他になかった。……まさに深慮遠謀、見事な采配と言わざるを得ません。

 見事、見事見事! ――ならば、人知れずあなたの謀略に寄与した私の功績も認められてしかるべきだと思いませんか?」


 謀略に寄与、だと?


 聞き覚えのない台詞に思わずエルモは振り返った。ヴィルヘルムは心当たりがあるのか、苦々しい顔でディカーを見据えている。


「忘れてはいますまい。あなたが歩兵の指揮権を掠め取ろうとしたとき、それを後押ししたのは私ではないですか!」

「ヨラ、メルクルの敗残兵の話だ。あの時点でアレを統率しきれる将はあの場におらず、貴様らも余分な歩兵を嫌っていた。私が率いることになるのは順当だっただろう」

「それでも、随分と苦しい言い分だったと思いますよ? あのままでは歩兵に偏りが生じてしまう。普通ならばあなたの提案は一蹴されて当然でした」

「そ、そうだ! 私も不審に思っていた!」


 大広間の端で身を縮こまらせていたハービヒが追従の声を上げる。


「やけに明け透けに我らを挑発していると思っていたが、もとより兵権が目的であったのだろう? ディカーが言いださなければ私は貴様を疑っていたぞ。私の農兵どもとて渡しはしなかった!」

「そう、その通り! ノイマン卿、私があなたの謀りを後押ししたのです。あなたが望んだ残党の兵権だけでなく、ハービヒ卿と我が農兵まで貸し与え あの時の寝返りが最も力を持つように! ……無論、あなたの企みには気付いていましたとも」


 意気揚々とディカーは言葉を続ける。自分こそがこの戦いの立役者なのだと。


「私の後押しがあってこそ、あなたはあそこまで劇的な戦果を挙げられた! ベッケンバウアーの最後の城塞を制圧し、反乱の芽を完全に鎮圧したのはこの私です! この意味が分かりますか、ノイマン卿?」

「……元から獅子身中の虫のつもりでいたと、そう言いたいのか」

「あなたの偽装はお粗末だったのでねぇ。お手本になりましたかな?」


 ぬけぬけと言い放つ。恥じ入ることなど何もないと言わんばかりに臆面もなくディカーは唇を歪める。

 ――そのあまりのこじつけぶりに、とうとうエルモも我慢が出来なくなった。


「――あなたの寝返り、それを証明する方法はあるのかしら?」

「あるわけがないでしょう。そんな証拠を残しては身を危険に晒しますよ」


 にべもなくディカーが答える。


「どちらにしても私は功績を示しました。ノイマン卿の工作を支援し、こうして反乱首謀者を捉えて引き渡しました。これ以上の戦果などそうそうありますまい」

「その言い分、あの姫様に通用すると思っているの?」

「通用しますとも。どうやら猟兵殿は竜騎士をご存じでないようで」


 ぐるり、と演劇のように腕を回してディカーが言う。世間知らずの『客人』め、とばかりにせせら笑いを顔に浮かべていた。


「現役の竜騎士を捉え、その後継者を殺害した。これでもしこの男が死んだところで、継承権はどこの馬の骨とも知れぬこの男の庶子が精々でしょう。そんな人間が顔も知れぬ父親の復讐など企てますかな?

 つまりはそういうことなのですよ。私は敵首魁を捕らえただけでなく、この先にある潜在的な反乱すら防いだのです」

「……申し開きは、それが全てかしら?」

「えぇ、えぇ。あなたに対してお話しできるのはここまで、ということで。あとはアリシア閣下にじかにお話しするとしましょう」


 ……もう、いいだろう。

 溜息をついてエルモは男から視線を切った。これ以上詰問したところで、この男がこの調子を崩すことはあるまい。そもそも言外にエルモでは話にならないと示してくる男だ、何を言って責めようとのらりくらりと外してくるに違いない。


 幸いなことに、もうしばらくすればアリシアがこの城に到着する。あとは彼女に引き渡し、全て判断を任せればいい。

 あまり考えたくないが、この竜騎士二人が許される可能性もある。そうなった場合は……あまり、一緒くたに運用されるのは避けて貰いたいところだが。


 十代半ばにも届かない小娘などいかようにも言い包められる――そう言いたげに堂々とした態度を崩さないディカーと、おどおどと落ち着きのないハービヒ、そして血走った目つきで鎖から逃れようともがくベッケンバウアー。三者三様のありさまに、これからのことを考えると頭が痛くなってくる。

 さっさと来てくれ、と今この場にいないアリシアに八つ当たり気味な思念を飛ばしていると、



 ――――奴が、現れた。

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