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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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傷が疼く

 ――――――ころしたな。



 殺したな、殺したな、殺したな。


 わたしの前で、殺したな。


 いつも間に合わない。いつも見せつけられる。

 どんなに狂おしく思おうとも、どんなに身をすり減らしても、届かない。戻らない。やり直せない。

 あとに残るのは空虚だけ。真っ白に焦げ付いた灰の風、未練がましく手の平に残る熱は生命のそれでなく、焼け残った火の残滓でしかない。


 あの子はどこへ。あの声はどこへ。あの笑顔はどこへ。

 いったい、どこを探せば。


 どうしてこんなものを見せつけられる。

 どうしてこんなものを突きつけられる。


 目を背けたい。耳を塞ぎたい。気持ち悪くて今にも吐きそう。

 目を潰したい。耳を裂きたい。何もできないことが苦しくてたまらない。

 こんな所にまで来て、こんな馬鹿げたものを見せられるのか。


 …………ちがう。違う、違う。そうじゃない、これは元からないもの。最初から存在しない光景。

 見えるものも触れるものも全ては虚像。虚構だ、すべては。

 何も消えていない。何も死んでいない。何も失われていない。

 そうとも、何も――――何も、もとよりありはしない虚像なんだ。


 だから心は震えない。だから何も感じない。

 茶番に心は動かされない。悲哀はない、憎悪はない。凪いだ水面のように冷徹に、あるがままに受け止める。そうだろう、そのはずだ、そう決めた。そうでなければ。



 だから、お願いだから、

 わたしに、こんなもの見せつけるな――――!



   ●



「若槻――――愛に狂う一族」


 曰く、その一族は異形に惹かれる宿業を持つという。

 渡来の土蜘蛛を祖とするがゆえであろうか。それとも蛟や鬼霊の類と交わった名残であるのか。あるいは――


「なににせよ、脆いな」


 ひとりごちた男は、軽く鼻を鳴らして玉座に座りなおした。口元には微かに笑み。視線を向ける東の空は本来ならば石造りの壁と屋根に遮られているはずが、今はもはや吹き抜けのように取り払われている。周辺に瓦礫が転がる殺風景な光景は、王都から受けた長距離術式の余波による成果である。


 芸術都市――いまや魔都と化した廃墟の中、魔王ウルリックはひとり玉座に佇んでいた。


 周囲に人影はない。彫像に擬態したガーゴイルが数体あるのを除けば、王を守る護衛の一人すら謁見の間に残っていない。

 それは刺客など物ともしない魔王の自負の表れでもあり、急激に勢力を拡大し人材不足に陥っている魔王軍の窮状の表れでもある。――具体的には、大軍を統率できる指揮官が足りていない。

 今のところザムザールが雑務含め大半を処理してはいるものの、これ以上の無計画な膨張は破綻をもたらすだろう。


 喫緊の課題は早急な人材の確保である。

 実のところ、それ自体は容易くはなくとも困難ではない。手っ取り早く魔界からアークデーモンや上級魔族の一人でも召喚すればいいのだ。

 軍を率いる才に乏しいものの奸智に通じるカーラや、百年前に試験的に世界を滅ぼしかけたザムザールなど、魔界から引き出すだけならば人材は相応に揃っている。以前の戦いで収集した魔力溜まり(リソース)を使用すれば、明日にでも三人は集められるだろう。


 これまでは敢えてその手段を取らなかった。理由は二つほどあるが、最も大きな理由は魔王自身が浪費を嫌ったことにある。 

 世界の本質は等価交換である。電脳上に築かれた並行世界ともいうべきこの世界でもその法則自体は変わらない。否、仮に法則を捻じ曲げても現実と差異(きょり)を広げては跳躍(・・)の妨げになる。

 そんな中、第二紀から運営が捻じ込んだ『魔族』という異物を流入するとなると、それ相応の対価を支払わなければならなくなる。

 そうなれば、先の戦いで魔王が惨殺した人間たちと同様のことが起こる。――すなわち、呼びだした魔族と同スケールの魔力が永遠に失われるのだ。


 たとえるならば、器いっぱいに湛えられた冷水。器を加熱して冷水の体積を増やそうとしている。

 これに焼石を投入して加熱を早まらせることはできるが、その焼石の分だけ冷水は零れて失われてしまう。

 これを必要なコストと取るか無意味な浪費と見るか、それは結果を見て判断する以外にない。ゆえに慎重にならざるを得なかった。


 そしてもう一つの理由は――


「唯一警戒に値する存在のつもりでいたが――存外、御しやすい手合いであったか」


 若槻十子。

 エルカリム積年の怨敵、その娘。

 かの人形師が潜入したという記録には、いささか頭を悩ませられたが。


「随分と荒ぶっている。そして虚飾が(・・・)剥がれている(・・・・・・)。ここまで気配が届くとは、よほど据えかねる出来事でもあったか」


 愛に狂う愚物の血族。正義も秩序も解さぬ、聖槍の救世に真っ向から刃向う魔術師ども、鬼子ども。いずれ自らが対面する既知銀河外の脅威を知りながら、最大の手段を拒む異教の徒。

 あの頑迷さに付け入る余地などないものと入力されていたが、これはあるいは、それとももしや。


「ふん――――誰かあるか」


 ぱん、と手を鳴らし、魔王は従者を呼び寄せた。

 いそいそと下座に跪く伝令に、伝えるべきことを口にする。


「ハヌマッドを呼べ。軍使としての命を授ける。行き先は――――南東だ」


 目的地は内海沿いにある一つの港町。半島の勢力が入り込み、今なおカーラの軍勢の攻撃にさらされている戦地。

 状況は芳しくないと聞いていた。しかし時間をかけて力押しにすれば落とせぬ守りでもないと。所詮デーモンやガーゴイルの命に価値はない、好きに使い潰してそれに見合う人間を殺せれば上等。そう考えてはいたが。


「気が変わった。ちょうど情勢も変わったことだ、いい頃合いだろう」


 そう嘯き、改めて手元に視線を落とす。膝の上に広げた書面には、ザムザールからの報告がしたためられていた。



『――――西方の丘陵地帯にドワーフ襲来。至急援軍を求む』

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