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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
453/494

デーモンの突破

 その日の午後、港町西側を守る防壁が突破された。

 ガルサスの連れるドワーフたちが魔法を施した強化ローマンコンクリートの壁も、連日ガーゴイルの攻撃にさらされては無傷ではいられない。亀裂の入ったところを見計らってデーモンが放った火球が爆発し、とうとう防壁はその一部を吹き飛ばされるに至った。

 豪快に上辺を齧り取られた西瓜の果肉、あるいは歯抜けの口の中。その形を大きく損ねた防壁の元へと魔族たちが殺到する。


「グォ……!」


 案の定というべきか、一番乗りは山羊頭のデーモンだった。

 堀の水底に転がるインプの死骸を踏み潰して大きく跳躍し、半分ほどの高さになった壁の縁へと手をかけた。守兵に阻む余裕などない。撃ち込まれた火魔法の余波から身体を庇い、迎撃の用意すらままならない。

 脆弱な人間を嘲笑い、山羊頭は悠々とその身体を壁の上に乗り上げた。


「ひ、ぃぃいぃいい……!?」

「逃げるな! た、戦え、逃げるなっ!」

「畜生! バリスタ照準まだ、バ――!?」


 刎ね飛ばす、引き千切る、叩き潰す。

 逃げる者、抗う者、立ちすくむ者、一切の区別なく薙ぎ払う。今まで散々手こずらされた鬱憤を晴らすように、人混みの中へ飛び込んだデーモンは暴れ狂った。

 敵う者などどこにいるというのか。正面からでは戦いにならないからこその防壁であったというのに。応戦する守兵も手に取った槍を突きつけるばかりで尻込みしている。誰も彼もが顔を引き攣らせ、山羊頭の魔族に挑みかかるのを躊躇していた。

 そこに、


「お――――ォォオォォオオオオッ!」


 牡牛のような雄叫び。重々しく石畳を踏み抜く甲冑。

 猛然と突っ込んだオスヴァルトが繰り出した長柄槍、その炎を纏った穂先(・・・・・・・)がデーモンの肩を抉った。


「ゴァ……!?」

「ぬぅ……ッ!」


 肉を焦がす悪臭。デーモンが涎混じりの悲鳴を上げ、滴った赤黒い血液までが発火する。槍を伝って持ち手に届いた燃える血は、耳を塞ぎたくなる音を立てながらオスヴァルトの手を焼いた。

 血が滴る。以前にガーゴイルから受けた傷口が開き、噴き出した血液が甲冑から漏れだした。食いしばった歯から苦悶の声が零れ出る。


 ――だが、届いた。


「う、るぅぅあアぁらああああ!」


 今にも萎えそうになる腕の筋肉を叱り飛ばし、オスヴァルトは渾身の力を籠めて槍を捻った。

 踏みしめる足にかかる重みが倍増し、自身の数倍の重量に全身の骨が軋みを上げる。限界を超える剛力を発揮して山羊頭の悪魔を持ち上げたオスヴァルトは、絶叫を裏返しながら穂先ごと魔族の身体を壁の残骸に縫い付けてみせた。

 男が吼えた。


「バリスタぁッ! 止めを早く……!」

「は、ははっ!」


 オスヴァルトの叱咤を受けて兵たちが慌ただしく動き出す。防壁を狙って固定してあるバリスタから留め具を外し、今にも拘束から逃れようとする魔族へと鏃を向けた。

 その数、ほぼ同時に三台。


「撃てェ――――!」


 一本は肩に、一本は胸に、一本は頭に。

 直撃したバリスタのボルトは魔族の頭蓋を粉砕し関節を切断し、巻き添えにオスヴァルトの槍を粉々にして魔族の肉体を引き裂いた。


「ぐ、ぬ――――誰か! 代わりの槍を持ってこい!」


 手応えを失った槍の残骸を投げ捨て、オスヴァルトが叫んだ。視線の先は破損した防壁、ぼっかりと穴のあいた白い壁からは、下手をすればこちら側から敵のデーモンすら覗けるほど。

 敵がどう出るかなど決まりきっている。今にも大手を振ってこの欠損に群がってくるに違いない。


「手空きの者は……いないか。ええい、東の連中を引っ張ってこい! こう隙を見せれば連中、脇目を振らずに襲ってくるぞ……!」

「バリケード! なんでもいいから瓦礫を突っ込め! とにかく穴を埋めるのじゃ、死にたくなくばさっさと補修せい!」

「左官! 粘土は練ったか!? しくじれば全員死ぬぞ、秒で仕上げろ……!」


 号令をかけるオスヴァルトを尻目にガルサスが怒号を上げた。彼の指示を受けたドワーフ鍛冶師たちが思い思いの資材を担ぎこんで防壁へと突撃していく。木材石材、竹束に土嚢。次々と嵩を増していくゴミの山、この勢いならばものの数分でかつての壁と遜色ないほどの高さにまで回復するだろう。

 埋め立てた瓦礫の上から練り上げたローマンコンクリートを流し込み、表面を覆って取りあえずの補修とする。ドワーフの土魔法を用いて石化をかければ、これまで通りとはいかなくともガワだけは戻せるはずだ。


 ――だが、間に合うか。

 明らかな損傷、目に見える崩壊のきっかけ。敵がこれを見逃す道理などどこにある。

 そう、まさに今この瞬間防壁の縁に爪をかけているガーゴイルのように――


「さ――――せるか……ッ!」


 武器を選ぶ暇もない。傍らを通り過ぎようとしたドワーフから大槌を奪い取り、オスヴァルトは跳躍した。防壁を駆け上がり見下ろした先には、内部へと侵入を果たそうとする青銅の獣。

 有無を言わさず鎚を振るった。硬質な手応え、肩まで衝撃が突き抜け傷口から鮮血が噴出する。


「――――ギキ……!?」


 それは悲鳴だったのか。

 ひしゃげた金属の頭部に折れ飛んだ額の角。首を異様な方向に捻じ曲げたガーゴイルは、口から奇妙な音を立てて壁から手を離し堀の中へと墜落していく。


「キャァアッ!」

「シシィッ!」


 ――まだだ、まだ終わらない。

 二体のインプが駆けあがってくる。突き落とした青銅獣を器用に躱し、背中の羽根を震わせて、存外素早い動きで防壁の残骸へと。

 まず手始めにと手頃な相手を見定めていただろう、壁の先端にまで突出していたオスヴァルト目がけて、二体の魔族は甲高い奇声を上げた。


「の、ォ……!」


 格好などつけてもいられない。大きく両手を振り上げ、馬鹿みたいな動きで大槌を投げ落とした。鎚は壁を駆け登る一体の頭に直撃し、頭蓋を大きく陥没させて鎚を貼りつけたインプが転がり落ちていく。

 これで一体。あと一体はどうやって――


「キィィイイィ!」

「ち――――」


 飛びかかられた。太腿にしがみつく小悪魔を引き剥がそうと腕を掴むと、逆にこちらの腕にしがみついて噛みついてくる。

 じくじくと増える傷の痛みを噛み殺し、オスヴァルトは腕を振るってインプを瓦礫の中に叩きつけた。それもで離れない。腰から引き抜いた剣。瓦礫に押し付けた小悪魔の胸に切っ先を押し付けて圧し掛かるように突き込んだ。

 バタバタと宙を泳ぐ短い手足、全て黙殺して剣に体重をかけ続ける。やがて動きのなくなったインプから身を離し周囲を見渡せば、


「入り込まれたか……!」


 守兵の悲鳴が辺りにぶち撒けられている。補修の間に合わなかったバリケードの隙間を縫うようにインプが侵入して来ていた。

 頑丈なガーゴイルやデーモンはまだ阻めている。デーモンは数が少ないし、ガーゴイルは堀を海に繋げるために多数が海底に沈んでいった。それもあってか敵はこれらを温存しているらしく、事態の変化に対応しきれていないようだった。


 だがそれが何になるというのだろうか。見る限り侵入を果たしたインプはわずか十体、たったそれだけでこのありさまだというのに。

 ガルサス翁、そしてギムリンは言っていた。厄介なのは雑兵(インプ)であると。ゆえに堀を築き毒を撒いたのだと。

 動きは俊敏で獣そのもの、思考は下劣で悪童ほどの頭は働く。それはつまり剣を携えず急な白兵に対応できない弓兵を狙って襲うという意味でもある。――なるほど、最も厄介なのは雑兵であったか。


 インプを優先して殺戮地帯に誘い込み、インプが溺れる程度の水堀を掘り、インプが苦しむ程度の毒を巻いた。殺した数なら千を優に超え、行動不能も含めれば倍にはなろう。

 それでもまだ敵勢は健在。300ものデーモン、600ものガーゴイルが堀の向こうの射程外にて待ち構えている――


「くそ、いつまで耐えられる……!?」


 忌々しい思いに悪態を放ち、オスヴァルトは味方を襲うインプに対処するため防壁から飛び降りた。


 一度こちらが崩れかけたところを見せた以上、攻勢はますます勢いを増すだろう。波のように寄せては返し打ち寄せる敵軍、返すというからには立て直す暇もありはするが。

 次は撃退できる。その次も持ちこたえられる。――――では、その次は?


 振り返る。歪な形に修繕された白い防壁は、以前のような頼もしさなど微塵も感じられなかった。

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