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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
452/494

明かされる(どうでもいい)真実

 元々、徴兵された農兵の士気は低い。元々が戦いと無縁の平民であるし、ミューゼル領は元来志願兵制を布いてきた。同盟側の農兵たちには、馴染みのない言いがかりで無理やり連れてこられたという認識が多くあるのも無理のない話である。

 与えられた装備も貧弱でろくな調練も積んでいないとなれば、軍としての一体感など生まれようはずもない。彼らにベッケンバウアーたちに対する帰属意識などなく、誰が上に立ったとしてもその認識は変わらないだろう。

 ヴィルヘルム・ノイマンへ兵権が円滑に移譲されたのもそれが要因であり、彼が開戦の直後に反旗を翻したのに農兵が何も言わずに従ったのもまた同様である。


 一方的な追撃戦だった。

 各竜騎士に仕え、本格的な鍛錬を積んでいた私兵たち。しかし三倍の兵力差を覆せるほど圧倒的なつわものはない。そうであるならばそもそも農兵を集めようという発想が起きるはずもない。

 先日まで彼らに余裕を与えていた数の利は、覆された瞬間にそっくりそのまま彼ら自身へ牙を剥いたのだ。


 影響が顕著であったのは農兵自身である。ヴィルヘルムの部隊に組み込まれた兵は大半が傭兵たちに蹴散らされた敗残兵である。再び彼らに傭兵と戦えなどと強いても士気の上がりようがないが、それが逆転すれば話は変わる。

 背後には先日自らを苦しめた傭兵たちが味方として進軍し、前方には練度が傭兵に及ばない圧倒的少数の私兵たち。そして反転して真っ先に突撃する先鋒には、土竜に騎乗するヴィルヘルム・ノイマン。


 彼自身の言葉通り、突撃以外の命令は下されなかった。同盟側に劣勢を覆す手段などなかった。

 翼の退化した土色のドラゴンは私兵部隊本陣を紙のように引き裂き、次々と続く農兵たちに押し込まれ本陣は真っ二つに分断された。

 あとはもはや残党狩りである。統制を失い逃げ惑う敵歩兵を散々に追い散らし、その戦場は呆気なく辺境伯側の勝利に終わった。


 勝機なしと見たのだろうか。三騎いたはずの竜騎士のうち、まともに戦闘を行っていたのはベッケンバウアーのみで、残る二人はいつの間にか姿を消していた。無残に討ち取られていく私兵たちを援護もせず捨て置いたのである。

 反乱を主導していた竜騎士も、この戦況では多勢に無勢。騎竜が負傷し、ベッケンバウアーもグリフォンライダーの一人に矢傷を受けて撤退することになる。


 ヴィルヘルム率いる農兵軍は野戦には参加せず、残党には目もくれずに北上を続けた。目標は同盟の支配下に置かれた領地に点在する城砦である。

 兵数、物資、守備上の弱点。前もってヴィルヘルムに調べ上げられ、決戦のためと称して兵糧すら削減させられていた各拠点である。抵抗などできようはずがない。

 城砦内に仕込まれていた内通者による内応もあり、辺境伯軍到来の報せを受け真っ先に城門を開け放つ城すらもあったという。


 その日のうちに落城した城の数は六つ、加えて一時的な陣地拠点ならば十以上。一日に進軍可能な限界まで城を落城せしめ、ヴィルヘルムはその内の一つに入城した。一旦進軍を止め、攻め落とした城に兵を再配置し、改めて後顧の憂いなく同盟側に攻め込むためである。


 半島内の辺境伯領、その北端に残る敵拠点は、あと二か所になるまで切り崩されていた。



   ●



「――お初にお目にかかる、と言えばいいのか」


 無愛想な鉄面皮――それがエルモが目の前の竜騎士から受けた第一印象だった。

 焦げ茶色の髪の毛を短く刈り込み、同色の瞳は厳しく細められている。とうに日も暮れ月明かりと篝火のみが光源となる時間帯なこともあり甲冑は取り払ってはいるものの、斬りつけるような視線はまるで立会いのさなかにあるようだ。

 こうして合流したエルモたち猟兵を城の中に通している以上、敵対の意志はないようだが。


 ……なにか、試されている。

 直感的に男の思惑を嗅ぎ取ったエルモは、慎重に受け答える。


「……昨日、顔だけは合わせたわね。うちの部下をやたら吹っ飛ばしてくれたでしょう」

「記憶しています。あの時は敵味方であったのだから、割り切っていただきたいものです。

 『雷弓』のエルモ――その真価を味わわずにこのような立場になったのは、いささか残念ではありますが」

「へえ……」


 これは挑発か? 喧嘩売ってんのかこいつ?


 むくむくと胸に込み上げる感情に口端が吊り上がる感覚を覚えつつ、エルモは努めて事務的に言葉を重ねる。


「――それで、貴殿が部隊の指揮官ということでいいのだろうか」

「一時的にね。私はあくまで副官、隊長は別件で別行動中よ」

「辺境伯は?」

「ハービヒの城に入ったわ。流石に前線に近いここに入れるわけにはいかないし。そもそもここ、六百人も兵がいて定員いっぱいでしょう? 同じ理由で団長も東の砦よ」


 エルモたち猟兵が先だってヴィルヘルムに合流したのは、その規模の小ささと脚の速さによる。伝令としてこれ以上の人選はないという判断だった。

 ちなみに、さらに脚の速い猟師と狼は偵察と称してベッケンバウアー領に入り込んでいる。敵上の視察と、あわよくば逃走中の竜騎士に追いついて一人でも仕留めれば、という思惑を持ってのことである。

 機動力が売りの一つである猟兵だが、流石に狼に跨った猟師にはついていけない。


 猟師の不在を聞いたヴィルヘルムは、頷きながらも複雑そうな顔をのぞかせた。いないことを喜ぶような、惜しむような。


「……ちなみに、あの猟師の具合は。先日の戦いで正面からブレスをぶつけたはずですが」

「あぁ、服を焦がしてちょっと火傷したくらいよ。別に大した怪我じゃないから気にしなくて――」

「ちっ」


 いまの舌打ちはなに。

 恐ろしく小さな悪態、私じゃなけりゃ聞き逃しちゃうね。


 思わず男の顔を凝視したエルモに対し、ヴィルヘルムは無表情を取り繕う。


「――失礼、少々口が滑りました。……腕の一本でも焦がしていればいいものを」

「取り繕ってない!」


 今度こそはっきり口にしたヴィルヘルムにエルモが突っ込む。


「失礼だけど……ひょっとして、うちの隊長のこと嫌いだったり?」

「竜騎士でアレを嫌ってない人間など、数えるほどしかいませんな」


 即座に帰ってくる皮肉。あぁそう言えば竜騎士自体がもう数えるほどしかいませんでしたな、と返答に困る自虐までぶち込んでくる。

 冷徹なばかりという印象を抱いたが、意外に愉快な性格なのかもしれない。

 軽く仰け反ったエルモに対し、男は追撃まで仕掛けてくる。


「痛恨だったのはあの戦いであの男を仕留めきれなかったことです。あの機会のためにこの話を受けたようなものだというのに」

「……え、あの、冗談、よね?」

「まさか。辺境伯に与することに異論はありませんが、あの男が自陣にいるというのは気に食わない。なぜ辺境伯の身近に侍るのが竜騎士でなく山野を駆ける猟師なのか。ゆえに本気で焼き殺す気でブレスを放ちました。生き延びられるとは残念でならない」

「おぅ……」

「無論、あれが最後の機会と決めた上でのことですが。やれるものなら、などと従姉上は嘯いていましたが、まさか本当にその通りになるとは」

「…………あねうえ?」


 突然出て来た聞き慣れない単語に耳を傾げる。そんなエルモの様子を見て、ヴィルヘルムはしまったと言わんばかりに顔をしかめた。


「………………親族の、エリス・ノイマンのことです。私の、年下の叔母に当たります」

「おば?」


 年下なのに叔母? なのに姉?


 さらに混乱を深めるエルモに、男は苦虫を噛み潰したような表情で続ける。


「……本来は叔母上と呼ばなければなりません。実際、初対面ではそう呼んだのですが……泣かれまして」


 見るからに一回り年上な男におばさん呼ばわりされた幼少期のエリス夫人。その複雑な心境は察するに余りある。

 当時十に満たない少女だったエリス夫人は成人直前のヴィルヘルムに対し、散々に泣き喚いて呼称を改めさせたという。とはいえ血縁的に上という立場は捨てがたかったらしく、結局『従姉(あね)』という呼称で落ち着いたのだとか。


 知られざる策士の過去。そんな小さなころから夫人はああ(・・)だった。

 軽く眩暈を起こしたエルモを意に介さず、ヴィルヘルムは淡々と話題を変えた。


「――さて、戦況についてですが」


 ――――何か、雰囲気が変わった。


「不穏な気配があります。どうやら、良くない結果に向かっているようだ」

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