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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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尽きぬ不和

「なんなのだ、話が違うではないか……!」


 竜騎士たちが籠った城の評議場にて、ハービヒの怒号が響いた。

 辺境伯に対抗するために立ち上がった六人の竜騎士は既に二人を喪い、残る四人も万全とは言い難いありさまだ。慣れない空戦で消耗し、誰もが精神的に追い詰められている。

 特に開戦時に先陣を担っていたハービヒの軍は被害が甚大で、後方に回り込んだ猟兵による射撃によって私兵の半数以上を討ち取られていた。


「二十人、二十人だぞ! 幼い頃から私に従ってきた家臣が! どうして、こんな、こんな……!」

「まぁまぁ、そう熱くならずに、ハービヒ卿」


 あまりの激憤に言葉すらまとまらないハービヒをディカーがなだめようとする。しかしその薄ら笑いを含んだ態度は彼にとって逆効果を生んだ。


「ご家臣の件はお気の毒ですが、まだ軍の大半は健在でしょう。挽回は利くはずで――」

「貴様に何がわかる!? 一戦すら交えず私の家臣が殺されるさまを遠巻きに見ていた臆病者にっ!」

「――――」


 一瞬、ディカーの瞳から感情が消えた。

 道端の虫か、捨て忘れたごみを品定めする視線でハービヒを見つめ、すぐさま元のような笑顔を取り繕う。


「……いやいや、一戦もせずとはひどい言い草だ。我々もあの傭兵たちに追い立てられて少なくない被害を被っているのですよ。なんなら命を落とした家臣の名でも――」

「逃げる中で追いつかれただけであろうが! ……そもそも、貴様らがあのグリフォン乗りたちに手間取っていたから奴らが図に乗って攻め立ててきたのだ! この失態、どう責任を取るつもりだ!?」

「…………。作戦通りにいかなかったのは申し訳ありませんがねぇ。敵を褒めるようですがあの新参のグリフォン乗り、なかなかの手練れのようで身動きが取れず……」

「グリフォンが何だ、たかが翼の生えた獅子だろう! 火を吐くわけでもないのになぜ手間取る!?」


 取り付く島もない。ハービヒは身内を失った衝撃と悲嘆、そして敗戦の責任を他人に被らせることで心身の均衡を保とうとしていた。


 ……この程度か。

 大義のために戦うといえど、いざ窮地に追いやられればこうして取り乱す。それが栄えある竜騎士の姿だったのか。


 周囲に当たり散らす竜騎士を目の当たりにし、ルドルフは胸の奥に落胆が広がっていくのを感じていた。

 いかなる被害をも、たとえ己の命ですら擲つ覚悟でこの蜂起にいたった。そのはずだった。――滑稽にも、そんな心持ちでいたのは自分だけだったというのか。

 ルドルフの内心をよそに、口論とも言い難い詰り合いは続いている。


「そうは言いますがねぇ。あのグリフォン、一度に大量に襲い掛かってきて、おまけに乗り手を狙ってくるから気が抜けなかったのですよ。このありさまで歩兵の援護などとてもとても」

「笑止な。数などいくら揃えようとひと息で焼き払えたはずだろう! 私はたった一人でハータイネンとやり合っていたというのに、貴様らは雑兵にかまけてこのざまか!」

「――ハービヒ、それ以上はやめよ。侮辱が過ぎるぞ」

「いいや、言わせてもらう!」


 流石に見ていられずにルドルフが口を挟んだ。しかしハービヒはそれも気に入らないのか、ますます激した様子でまくし立てる。


「私は戦った、戦っていたのだ! 竜騎士同士、死力を尽くして空の戦いを演じていた! だというのにこの結果では納得がいかぬ! なぜ私の――ヨラ卿やメルクル卿たちの軍ばかり被害を受ける!? 何故貴様らの兵はほぼ無傷で残っているのだ!? 割に合わぬ!

 ――まさか貴様ら、これを意図してあえて見殺しにしたのではあるまいな……!?」


 痴れたことを。たかが老いぼれの竜騎士などひとひねりだと豪語したのは他ならぬハービヒではないか。

 そう言いたくなる気持ちを抑えつけ、ルドルフは努めて冷静に言った。


「……馬鹿なことを。敵を前に味方の背中を刺す人間がどこにいる。過ぎたことを思い悩むよりもこの状況を打破する手立てを考えろ」

「ハッ、どうだかな! 敗色濃厚と見て自前の兵を温存したのだろう。義によって立つなどと笑わせる!」


 聞く耳を持たないハービヒはもはや聞くに堪えない言いがかりまで撒き散らし始めた。事実として彼の家中は半壊状態にあり、たとえこの戦いに勝利したとしても立ち直るのに何年かかるかもわからない。その間半島の政治に関わる余力などあるはずもなく、ハービヒ一人が疎外された状況にあるのも間違いなかった。

 疑念に視線を険しくするハービヒを相手に、どうなだめるかルドルフが思い悩んでいたところ、



「――――見苦しい。身から出た錆でしょう」



 酷薄なまでに冷え切った誰かの言葉が、議場を抉るように突き刺した。


「な、に……?」


 ハービヒが首を巡らせる。振り返った先には、これまで沈黙を保っていた歳若の竜騎士がいた。

 ヴィルヘルム・ノイマン。壁にもたれかかり腕を組む竜騎士は、射殺さんばかりのハービヒの眼光に怯みもせず、静かな瞳で見つめ返す。


「……稚拙な練度、農具ばかりの子供騙しにもならない装備、指揮官は農兵をろくに統率できてもいない。――この程度の軍とも呼べぬ烏合の衆、蹴散らすなど造作もない。傭兵卿を相手にするには役者不足にもほどがある。持ちこたえられなくて当然でしょう」

「貴様……」

「配置と敵の戦術の噛み合いも悪かった。主力を温存するつもりだったのでしょうが、精鋭を中央に集中させたせいで末端の統率がとれず崩れた士気を持ち直すこともできなかった。その精鋭も敵の猟兵から見れば格好のカモ。良いように首を狩られて終いでしょうな」


 容赦のない指摘にハービヒの顔が真っ赤に染まる。


「……言うではないか。たかだか百かそこらの兵しか集めてこられなかった若造が」

「その百の兵が割って入ったからこそ、卿の兵は皆殺しにならずに済んだのですが。――それに、私の兵は教練を課し装備を整えた上での百人だ、あなた方の連れた有象無象と同列にしないでいただきたい」

「愚弄するか!」

「まさか。虚仮にしているのです。敵は白兵に長けた傭兵、生半可な肉壁を揃えたところで容易に突破されるのは目に見えていた。……その程度理解の上と思っていたのですが、見込み違いだったようだ」

「貴様ァ!」


 ハービヒが吼えた。腰の剣に手をかけ、今にも抜きかかりそうな剣幕でノイマンに向き合う。対するノイマンも壁から背を離し、いつでも剣を抜けるように手を泳がせた。

 一触即発の気配。今にも味方同士での殺し合いに発展しそうな雰囲気に、議場の空気が凍り付く。ハービヒが抜くのが先か、ノイマンが抜くのが先か、張りつめた空気が今にも決壊しそうになり――


「待った! 待った待った、お待ちください! 今更味方同士でいがみ合いなど御免ですよ、私は!」


 ディカーが両手をあげて間に入る。当たり障りのない笑みを浮かべてなだめるようにハービヒに向かい、窺うような上目づかいで言葉を重ねた。


「ハービヒ卿、家中の人間を喪ったあなたのお気持ち、痛いほどに理解できます。死者を愚弄するノイマン卿に怒るのもまったくごもっとも! 胸の内お察しいたします」

「ならば――」

「しかし、しかしです。卿の兵が壊滅したのは動かしがたい事実。死んだ兵は戻ってこないのです。今ここでノイマン卿を切り捨てたところでご家臣が生き返るわけでもなし、ましてや明日の戦いに勝てる道理もないではありませんか」

「ぐ……しかし……」

「えぇ、えぇ。わかります、わかりますとも。実際に血を流した卿に対し、あとから横槍を入れただけのノイマン卿はあまりの言い草! 終わったことには何とでも言えるのです!」


 ちらり、と肩越しにノイマンを見やるディカーの視線には、品定めするような色が混ざっていた。


「ですので――――次の戦には、ノイマン卿に出張っていただきましょう」

「私に……?」

「えぇ、その通り。先ほどのご高説からして、卿は地上戦に対し一家言持つ御様子。ならばその手腕、この機会に存分に振るってみてはいかがでしょうか?」

「…………」


 黙り込む年少の竜騎士。目を伏せての沈黙に見ていられなくなり、ルドルフが口を挟んだ。


「ディカー、まさか貴様、最前線にヴィルヘルムを放り込むつもりか。これは兵を百人しか連れていないのだぞ。囲まれて叩かれては――」

「我らの農兵では壁にもならぬとこの男は申しているのだ。ちょうどいい、その手際を見せて貰おうではないか」


 ハービヒまでがディカーの案に追従する。その目つきからして最前線でノイマンが磨り潰されることを期待しているのは明らかだった。

 馬鹿げた憂さ晴らしにさしものルドルフも声を荒げかけ――


「――いいでしょう」


 明朗に響く男の声。決意を秘めた瞳がルドルフを射抜いた。


「明日の決戦、我が軍が前線を受け持ちましょう」

「ヴィルヘルム!」

「ほう……」

「ふん……」


 自殺同意書に署名するがごとき宣言に思わずルドルフが声を上げる。ディカーは愉快げに目を細め、ハービヒは不快そうに鼻を鳴らした。


「……ただ、さすがに百で五倍以上の敵と当たるのは勝ち目が薄い。――ですので、ヨラ卿とメルクル卿、両名の遺した農兵を率いる許可を頂きたい。残党の大半は収容できているはず、あれを併せれば四百に達するでしょう」

「おやぁ? 有象無象は足手まといなのでは?」

「ものは使いようです。我が家臣が小部隊で統率し鼓舞を重ねればそうそう崩れません。その間に敵軍を焼き払うなりするがよろしい」

「…………いいでしょう。彼らの扱いには私も困っていたところです、あなたが上手く扱えるというならこれ以上はないでしょう。――よろしいですね、ベッケンバウアー卿?」


 振り返ったディカーがルドルフに同意を求める。……ヴィルヘルム・ノイマン自身が出来ると豪語し、他の竜騎士もそれを後押ししたのだ。これを却下する術などルドルフにはなかった。


「…………ヴィルヘルム」

「は」

「……頼む」

「お任せを。必ずやこの一戦にて、半島の未来を切り開いてみせます」


 勇ましく応える竜騎士。彼に対し、ディカーが意味深な笑顔で提案する。


「――せっかくです、私の連れている農兵も加えてやっては貰えませんか? 私はどうにも歩兵の戦いの機微というものがわからなくて、家臣にもそれに通じている者がいないのです。臨時徴集した役立たずでも、ノイマン卿に預けたほうが有用に使えるのでしょう?」

「…………お気遣いに感謝を」

「あぁ、よかった! 我が家臣には本陣で守りを固めるよう申し渡しておきます。ご安心を、本陣だけは我が精鋭が必ずや守り抜きますので!」

「ならば私の連れている役立たずも預けよう。率いようにも我が家臣たちは知っての通り大きく被害を受けた、纏めきれん。貴様の私兵は末端にいたるまで優秀なようだからな。モグラの兵法なら弱兵も手足のごとく動かせるのだろう?」


 とんとん拍子に進められていく。奇しくも兵権が統一されひとりの将の手の中に集まるのは、運用上に有用といえる。

 しかし、しかしこれでは――


「……次は、死戦か」


 一人覚悟を決めたルドルフの独白が、にわかに喧騒の深くなった議場に消えていった。

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