半島再統一戦争⑮
前略、唐突に戦闘中の竜騎士がぼそぼそと呟いた揚句、ここは俺に任せろ的な死亡フラグをぶっ立てたでござる。
いやあ、盛大に人のことをホームランしてくれたくせにシカト決めてくれるとか御大尽じゃないか。その滲み出るつわもの的なアトモスフィアには憧れを禁じ得ません。出来ればその台詞は俺が言ってみたかった。
この胸に湧き上がる不思議な気持ち、これは一体……んー、ジェラシー?
「――――ヅっ」
「おぉぁああ!」
視線を切られた瞬間極限まで気配を殺し、背後まで回り込む。右手に牙刀、左手にドワーフの片手斧。ぎりぎりと跳躍しながら独楽のように回転し、ドラゴンに跨ったその背中を唐竹割りに断ち切らんと振り下ろした。
跳ね上がる槍の石突、打ち返される片手斧。野郎背中振り返りもせずに弾きやがった。
「の……ッ」
「――――――っ」
追撃の薙ぎ払い。土色のドラゴンの背中を蹴って跳びあがる。旋風じみた槍の一閃が足下を擦過した。かまわず男の背中に足裏を叩き込み、伸びあがるようにして離脱する。
流れる視界、遠ざかる男の背中。肩越しにこちらを見る眼光はあくまで鋭く、追撃を諦めていないことは明白。
尾による横薙ぎ。
大木の幹でもこれほどはあるまい。大の大人二人がかりで腕を繋いでようやく囲えるほどの太さを誇る尻尾の一閃。豪風を纏って俺を狙う。
躱す術はない。跳びあがり空中に留まる俺に翼はなく、魔力を放出しても姿勢を変える程度が精々。野球のバッターのごとくジャストミートを待ち構える尾の一撃を避けるには急激な方向転換が必要だ。
つまり自力では二秒後にミンチかゴム人形の未来を避けられないわけで――
「――――ウォーセ!」
「オン!」
首根っこを齧られた。いやこれは外套のフードか。どちらにせよ喰いちぎらんばかりの速度で引っ張るのはやめてやめて絞まる絞まるぐぇえ……!
華麗に出現した白銀の影が、俺に体当たりする勢いで身体をさらいドラゴンの尾を回避してみせた。空ぶる茶色の物体を尻目に、ひとまず距離を取って相対する。しかし着地と同時に咥えた首を投げ捨てるのはいかがなものか。思い切り地面で顔を打ったのだが。
立ち上がり、斧と牙刀を構える俺に対し、竜騎士は悠然と向き直って槍を構えた。
「……しかし、きつい」
「ワウ?」
そんなもんか? と言いたげな視線を送ってくる白狼だが、実際に隙が無いのが困りものだ。
――槍での突きも、斧での振り下ろしも、ことごとく躱されるか弾かれる結果に終わった。これは俺が稚拙だったわけでも、慢心にうかれていたわけでもない。……ないったらない。
全ては必殺。たとえうちの副団長でも万全に防ぐなど不可能、その意を持って撃ち込んだ渾身の二合である。――それを防がれた。
間に合うはずのない迎撃の槍が間に合い、負けるはずのない競り合いに押し負けた。であるならばあの竜騎士はウェンターをも上回る怪力無双だとでもいうのか。
恐らくは違う。解答は既に出ている。俺はそれを体現している人物と日頃から接している。
――――人竜一体。竜騎士が目指すべき境地のひとつ。
アーデルハイトは魔法、ブレスにおいてそれに至っていると聞く。息を合わせるのではなく、魂を重ねる。そう形容した彼女ですら説明が難しそうにしていた。
あの男はそれの一端に手をかけているのだろう。合図もなく、手綱も握らずして自在に竜を操り、槍の振りに竜を合わせる。あたかも剣の振りに足を踏ん張るように。
身じろぎひとつであろうとドラゴンのそれであれば大したものだ。身を起こすだけで十トントラックもかくやという質量が蠢動するのだから、そりゃ競り負けるのも道理である。
――ゆえに、まずはその呼吸を乱すことから始めるとしよう。
将を射んと欲すればなんとやら。足を挫いた馬は走らせられない。ブレーキシューの罅割れた車になど近付くことすら恐ろしい。あの竜騎士も優秀な乗り手であればこそ、その辺りは熟知しているはずだ。
何も脚一本もごうというのではない。要は乗り手との齟齬を広げてやればこちらもの――!
「――任せた、行け!」
「オン!」
白狼が駆ける。目指すはドラゴンの足元。踏み潰そうとする茶色の巨脚をすれすれで躱しきり、のたうつ尾を掻い潜って背後へと突破した。そして――
「ォォォオォオォオオオ……!」
咆哮、そして爆発。
吹き荒れる雪の竜巻、氷雪の入り乱れる旋風がドラゴンの背後で立ち上がった。
「これは……!」
無視はできまい。あれは紛れもなく致死の吹雪、触れるものを氷の欠片で斬り刻む猛獣の咆哮。すぐ背後でそんなものが立ち昇れば、否が応でも対応に回らずを得ない。
感嘆に漏れる声。今、間違いなく男の注意が背後に回った。
「――――お……!」
紅銀が噴き上がった。ありったけの魔力を全身のために注ぎ込み、残像すら置き去りにしてコンマ二秒でドラゴンの目と鼻の先に肉薄する。
インベントリから引きずり出したのはドワーフの長柄鎚。赤い粒子を撒き散らしながら真鍮色の鈍器を振り回し、狙いはドラゴンの重量を支えている右の膝関節。
体幹の回転と噴出する魔力による推進を合わせ、音速にも達そうかという一撃が蜥蜴の関節を粉々に――――って硬ったぁあぁあ!?
「侮ったな!」
「ちょ……!?」
余りに堅牢、あまりに強固。ドラゴン舐めてましたごめんなさい。
渾身の一撃を無下に弾かれた俺は、男の嘲りの声とともに呆気なく蹴り飛ばされた。宙を舞う身体、手元からすっぽ抜ける長柄鎚。視界の先で春先の曇天が流れていく。
背中から落下し、苦しむ間もなく咳き込みながら立ち上がる。留まっている暇はない。危機は今なお眼前に迫っている。
「なに……?」
鼻を突く異臭。硫黄を更に腐らせたような、酸味がかった何かの臭い。
地面を見下ろせば土が赤く変色していた。踏みつけるとぼろりと崩れるその脆さ、『何か』に腐食させられたというのか。
――異臭は、目の前のドラゴンの口元から漂っていた。
「――いい加減、貴様にかかずらうのも飽きた」
身勝手なことをのたまう竜騎士。呼応するようにドラゴンがさらに悪臭を吐き出す――いや、これは、まさか。
男は俺を見下し、値踏みでもするような目つきで、
「この程度で死ぬならばその程度。半島の未来に貴様は不要だったというだけのこと。――――死ね、猟兵!」
「――――っ、ウォーセ!」
猛然とかけてくる白狼、その背中越しに見える喉奥に赤い火を灯す土色のドラゴン。俺は牙刀を片手にさらにインベントリを展開し――
次の瞬間、土竜の吐き出した可燃性ガスに引火したブレスが、周囲一帯を根こそぎ吹き飛ばした。




