半島再統一戦争⑭
『本陣の兵は何をしている!? 早く援護を寄越さないか!』
壊乱する先陣の歩兵たち。中核を担うハービヒ家の私兵は瞬く間に討ち取られ、農兵は逃げ惑うばかりだ。
その様子を眼下に収めながら、ルドルフ・ベッケンバウアーの耳に通信ごしにハービヒの悲鳴が響いてきた。
『ああ! ガスパーが!? ディカー、ベッケンバウアー! 何故支援を寄越さない!?』
『馬鹿言わないで下さい、こちらだって必死なんです!』
対するディカーの返答も苛立ちが滲んでいる。
『グリフォンどもが次から次と襲いかかってきて――ええい、また後ろにつかれた! ベッケンバウアー卿、援護を!』
「わかっている! しかしこちらも――」
『グリフォンなど! 吹けば飛ぶような木端であろうが!? 貴様らが手をこまねいている間に死ぬのは我が家の家臣なのだぞ!』
『そちらこそ道理を弁えていただきたい! 歩兵など所詮替えの利く消耗品でしょう、百や二百死んだ程度でガタガタと――』
「ディカー! 口を慎め――」
『矢面にも出ない弱兵揃いが何を抜かすか! 貴様は兵ひとりとも損ねていないから言えるのだ! ――――グ、おのれ老いぼれ風情が……!』
アーデルハイト・ロイターが離脱したとはいえ、ハービヒは単騎でハータイネンの相手をしている。老いた竜騎士は正面からの戦闘を避け、徹底して一撃離脱に専念していた。
ハービヒの射線から逃れることを第一に余裕をもって距離を置き、焦れたハービヒが地上の爆撃や味方の応援へ切り替えようとした途端背中へと襲いかかる。……一見すれば千日手、消極的に戦況を長引かせる悪手にしか思えない戦術である。――――状況が一刻前の話であれば。
ヨラ、そしてメルクルが落とされた。左翼は完全に壊滅し先陣は農兵が逃げ惑い、右翼は敵副団長『豪剣』ウェンターの指揮で攻めたてられている。あれでは崩れるのも時間の問題だろう。
時間は最早ルドルフたちの味方ではなくなった。現状が長引けば歩兵が狩りつくされる。猛烈な勢いで今まさに攻めたてられ、すぐにでも本陣へと到達しよう。
立て直さなければならない。すぐにでも応援に飛びかかり、あの傭兵どもを焼き払わなければならない。――しかし、その猶予がどこにあるというのだ。
「ぐ――――!?」
視界が空転し、今まで頭のあった場所を矢が通り過ぎていった。さらに続く殺気、身を捻じり背後に向けて剣を振ると硬質な感触。動物的な直感と死の気配のみを頼りに敵の攻撃を切り払う。
これは何だ、なんだというのだ。
すばしこく空を駆け巡るグリフォンの騎兵ども。正面から当たることをせず、姑息にもこちらが背を向けたときを狙って牙を剥いて襲い来る。
何度ブレスでもって焼き払おうと思ったことか。しかしいざ火を噴こうと溜めに入った途端、蜘蛛の子を散らしたように射線から逃れてしまう。そして攻撃の硬直を狙って別の体がルドルフの背中を狙うのだ。
目まぐるしく入れ替わる立ち位置、定まらぬ視点、常にせわしなく背中を窺い、はらわたの捻じれるような機動を強要される。時には騎手を狙う投槍をドラゴンの腹で受ける捨て身すら行使した。
どこへ逃げても敵がいる。まるで猛獣の狩りのような連携をもってグリフォン乗りはルドルフを封殺にかかっていた。――――認めがたいことに。
そうとも、認めがたい。
なんだ、これは。なんなのだ。
ドラゴンは空の王者だ。そのはずだ。だというのにどうしてこうも動きを制される。
こんな無理矢理な機動などこれまでの戦いで経験したことがない。こんな、まるで竜騎士が獲物のように追い立てられるなどあっていいはずがないというのに。
まるで悪夢だ。こんなに空が狭いだなんて――
『ベッケンバウアー! 地上への援護を!』
「わかっている! しかしグリフォンどもが……!」
絶叫じみたハービヒの要請にルドルフは歯を食いしばって答えた。しかしどれだけ突破を試みようと鷲獅子の騎兵は包囲を崩さず、ひらりひらりと身を躱してまともに相対しようとしない。ここからどうやれば地上の応援に迎えるというのか。
そんなルドルフの苦境を知ってか知らずか、通信ごしのハービヒの声には怒りが滲んでいた。
『このままでは総崩れだぞ! まさか貴様、こうなることがわかって我々を矢面に立たせたのか!?』
「馬鹿な! そんなはずが――!」
『いいや、有りうる。戦いのあと、我々の発言力を抑え込むために力を削ぎにかかったのだな!?』
『ハービヒ卿! 今はそんなことを言っている場合ではないでしょう!? それよりもベッケンバウアー卿、早く私の尻にへばりついている傭兵をどうにかしてください!』
『それよりもだと!? ディカー、やはり貴様も……!』
言いがかりじみた難癖をつけ始めたハービヒと取り合わず自らの援けを求めるディカー。通信ごしにいがみ合う二人の竜騎士に、しかしルドルフは仲裁する余裕など消え失せていた。
――と、
『――――潮時でしょう、従兄上』
別の方向から届いた、落ち着き払った男の声。ルドルフは始め、それが何を言っているのか理解できなかった。
「ヴィルヘルム、何を言って――?」
『もはや戦闘の続行は無益です。そう申しました。一旦退かれるがよろしい』
沈着に、冷静に。感情を交えずに土竜の騎士は言葉を重ねる。
『ヨラ、メルクルが落とされ、本来攻撃役の竜騎士はグリフォンに翻弄されています。地上部隊は壊乱し乱戦の様相、これではドラゴンで乗り付けても味方を焼いてしまう』
『ふざけるな! 我が家臣ごと傭兵を焼く気か!?』
ハービヒの怒号に、しかしヴィルヘルムは動じる気配を見せない。
『――これこの通り。ドラゴンの息は最早封じられました。我々の想定していた戦術が使い物にならなくなったのです。ここは一旦仕切り直し、戦局を見直すのが上策かと』
『は! 面白いことを仰る! 言うは易しを地で行きますなぁ!』
ヴィルヘルムの提案をディカーはせせら笑った。心なしか焦燥の滲む声で言い立てる。
『想定が外れたら今さら命が惜しくなりましたか。やはりモグラは逃げ足が速い! 逃げ遅れる人間は置き去りですか!』
『な――――謀る気か、ノイマン!?』
『異なことを仰せられる、お二方』
「ヴィルヘルム……!」
ディカーの言いがかりに激昂するハービヒ。その二人の剣幕に対し、ヴィルヘルムの口調はあくまで冷え切っている。
『味方は救いましょう。我々が守りきってみせます。――どうやら、お味方で歩兵が一番マシなのは我々のようなので』
『貴様――』
『ご安心を。従兄上の本陣とハービヒ卿の右翼、彼らが逃げ切るまで見事我々が戦線を支えきってみせましょう』
ノイマンの武辺、今こそご覧あれ。
そう嘯き、ヴィルヘルムは軽く喉を鳴らした。
『本日の戦い、最後の戦死者は我が家の者となるでしょう』




