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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
443/494

半島再統一戦争⑬

 ――何かが来る。


「――――――っ」

「コーラル? 何が――」

「散開! 散れ散れ散れ散れェ! 轢き殺されるぞ(・・・・・・・)……ッ!」


 怒号を上げる。傍らにいたエルフの背中に足裏を叩き込んで蹴り飛ばした。完全に不意打ちを受けた彼女の身体が優に五メートルは宙を舞う。上手い具合に受け身を取ったエルモが振り返り、俺に向かって文句を口にしかけ――



 視界を埋め尽くす土色の壁。獰猛な地響きが耳鳴りのように鼓膜に響く。



「お――――!」


 盾を構える。構えた盾ごと押し潰される感覚が襲い掛かった。軋む腕の骨と悲鳴を上げる肩の関節、踏ん張る余地もなくざりざりと足裏が地面を滑り、跳ね上げるようにとどめの一撃で吹き飛ばされる。


「ぐ、ぉ……!」


 背中から着地し背筋だけを使って跳ね起きる。ぼこぼこに変形し跡形もない円盾を投げ捨て、インベントリから黒槍を引っ張り出した。

 中腰に構えた傍らに白狼が駆け寄ってきた。獰猛に唸り鬣を大きく膨らませ眼前の敵を威嚇するウォーセに、敵は――


「――貴様がコーラルか」

「お前は……」


 それは、象をも上回る巨体だった。

 鱗に覆われた体表、後足のみならず前足まで太く逞しく地面を容易く陥没させ、節ばった角が額から伸びる。チロチロと出入りする舌から硫黄のような臭気を零していた。


 ――ドラゴン。それもただのドラゴンではない。現実で言うならコモドオオトカゲを桁違いに巨大化させたような体形。背中の翼は退化し満足に飛ぶことも叶うまい。

 一般的に称される竜とはまるで異なるが、それでもこれはドラゴンだった。


「……土竜とは、なんともはや」

「驚いたか。己の情報収集のつたなさを恨むがいい。ドラゴンとは空を飛ぶだけが能ではないのだ」


 思わず零れたぼやきに返ってくる辛辣な皮肉。敵だから、というだけでなく、目の前の竜騎士は何かしら俺に含むものがあるらしい。茶色い髪に鉢金を巻いた竜騎士は鞍上から鋭い視線を俺に向けていた。


「おぉ! おぉ! ノイマン卿! ご加勢に感謝いたす……!」


 騎馬に跨った兵の一人が喜色を満面に浮かべてドラゴンの傍らに駆け寄ってきた。瓦解した先陣の私兵だろう。後背から猟兵の斉射を受けて回り込むように逃げ散っていたはずだが、応援が来たと見るや士気を盛り返したようだ。

 私兵が引き連れていた兵たちが戦意も露わに槍の穂先をこちらに向ける。一旦戦列を乱された猟兵も集結し、クロスボウを構えた。

 互いに武器を突きつけ合う構図。武器だけならば飛び道具のあるこちらが優位だが、あちらにはドラゴンがある。


「ノイマン卿の力添えがあれば百人力! 一緒にこの下民どもを殲滅いたしましょう!」


 声も高々に私兵がのたまう。対し地の竜騎士の送る視線はあくまで冷ややかだった。


「――じきに、私の兵が来る。貴様らは本陣まで後退せよ」

「は……?」

「聞こえなかったか。足手纏いだと言ったのだ」


 槍の穂先が翻る。竜騎士のこめかみを狙ったボルトは鮮やかに斬り落とされた。……絶好の隙だと思ったのだが。


「もはや戦列を保ちきれてもいない。これ以上戦っても意味がない。一旦下がり体勢を立て直せ。ヨラ卿、メルクル卿の残党を収容し次第、北の砦まで引き下がる」

「し、しかし……」

「退けと言ったぞ。此度の戦場、我々の敗北だ」


 ドラゴンが唸りを上げる。牙を剥いて威嚇する先は猟兵か、それとも聞き分けの悪い味方か。


「――コーラル」

「あぁ、このまま逃がすのは良くないな」


 隣の副官の意見に同意する。敵本陣は一戦もせず及び腰になっている。裏崩れ寸前の今、ここでつけば総崩れとなるだろう。

 せっかく追い首を取る機会だ、伏撃の気配もないし、ここは追って追って出来るだけ叩いておきたい。

 ……が、それをやるには目の前の竜騎士が邪魔になる。


 ――――ならば、やることはひとつだろう。


「……あのでかぶつは任された。お前たちは敵本陣の追撃に移れ」

「いけるの?」

「タイマンなんぞ慣れた仕事だ。造作もなく片付けて合流してやるさ」

「――――フ。随分と大言を吐くな、猟師コーラル」


 俺とエルモのやり取りを聞き取ったらしく、竜騎士が振り返った。話は終わったのか、私兵が無念そうに首を振り馬首を巡らせて後方へと引いていく姿が見える。

 それなりの身分の私兵らしいし、無防備な背中に一撃くれてやりたいところだが、目の前の男がその乗騎の巨体でもって遮った。


「ロイター卿を殺したように易々といくとは思わないことだ。そも、貴様は竜騎士とまともに戦ったことなどあるまい。……堅牢たる土竜の威容、その目に焼き付けるがいい」


 朗々たる声色が戦場に響く。嘲るような色の滲んだ台詞が、不思議と皆に言い聞かせるような調子を持っているように感じられた。

 事実、それは俺たちにだけ聞かせているのではないのだろう。ドラゴンの声と竜騎士の名乗りに農兵たちが振り返り、地獄に仏を見出した表情で意気を揚げたのだから。


「……いいわね?」

「合図をしたら、だ」

「殿軍は我々が引き受けた! 総員、北へ撤退せよ!」


 大袈裟な口上を尻目に副官とやり取りを交わす。再装填の余裕のない弩弓は青白い光へ霧散し、空いた左手で傍らの白狼の喉元を押さえるように撫でると、ガジ、と軽い甘噛みの感触が掌に。

 魔力が巡る。血流とともに脈打つ不可思議の力は人外じみた筋力を俺の両足に注ぎ込む。

 右手には黒槍。失血の付呪を備えた獲物を携え、必殺の隙を今か今かと――


「――――」


 土色のドラゴンが瞳を閉じた。

 僅かな瞬き、騎士の口上に飽きた仕草で、まるで溜息をつくかのように。

 たとえ息を吐くまでの秒に満たない空白でも、狙いを定めるには十分過ぎる――――!


「今!」

「応!」


 地面が爆散した。蹴り潰した土が飛び散ったのだ。

 風圧を押し退け跳躍し、慢心する竜騎士へと突撃する。

 背後は振り返らない。エルモならば部下を纏めてここを迂回し、敵本陣を突くだろう。俺の役目は彼らが無傷で追撃に移れるようこの竜騎士の注意を引き続けること。


 ――否、別にここで倒してしまっても問題はあるまい。


「オォォオォオオオオオオッ!」


 基本は足から。中空にあってもそれは変わらない。

 蹴り抜いた軸足を捻じり捻転は腰を伝わり肩から腕へ。弓のように引き絞った腕は砲弾のごとく打ち出され、手に持つ槍は穂先で螺旋を描きながら亜音速に到達する。

 撃ち込まれた槍は狙い違わず竜騎士の胸元へ――


「ぬるい」


 硬質な手応え、跳ね上がる穂先。

 がら空きになった脇腹に、男の無造作な裏拳が叩き込まれた。

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