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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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半島再統一戦争⑪

「ええい、歩兵どもは何をやっているのだ……!?」


 三方から攻撃を受け瓦解しようとしている自身の私兵団を眼下に見下ろし、シュルツ・ハービヒは不甲斐ない味方をなじった。

 後方に私兵を配置し、前方で敵軍と激突する場所に農兵を厚く配置したのが裏目に出ていた。敵先陣を指揮するイアン・ハイドゥクが恐ろしい勢いで農兵を刈り散らし、横合いから突っ込んだ百人の兵が混乱を更に広げていた。それらの対応に精鋭の部隊を振り分けた途端、その隙を待ちかねたかのように弩弓を持った部隊が後方から回り込んで手薄になった中核に射撃を撃ち込んでいく。


 もはや定石のごとく流れるように移行していく戦況。ただの作業のように押し潰されていく私兵たち。これほどの危機だというのに、ベッケンバウアー家の率いる本陣から援軍がもたらされる気配はない。

 ベッケンバウアーの家臣が何を考えて手控えをしているかなど知れている。この戦いを機にハービヒの力を削いでおこうという魂胆に違いない。


 竜騎士たちの間での水面下の主導力争いがここに来て顕在化していた。――アリシア・ミューゼルを下したあとで、誰が半島の舵取りをするのか。誰が魔王やルフト王国と相対するのか。

 戦功は大きいに越したことはない。しかしたとえ勲功第一でも被害甚大で戦いを終えては、名誉のみが与えられて実益のない立場に追いやられるだけだろう。残る竜騎士たちと競り合おうにも、財力も兵力も不足するようでは何も得られないのだ。

 姑息な皮算用である。しかし誰もが考える事態でもあった。戦いはここだけではないのだ、先陣に配置されなければハービヒですら温存策に走っただろう。


 ――結果として、ハービヒ家の私兵は見るも無残に蹴散らされ敗走のさなかにあり、それを彼は指を咥えてみているしかない。

 本来ならば竜騎士であるハービヒが真っ先に救援に飛びかかり、敵傭兵を焼き払わなければならないというのに。

 それが叶わない理由はただ一つ――


 ――――殺気。


「ちぃ……!?」


 視界の端から飛来する火炎弾。地上に意識を取られた隙を狙った攻撃を、ハービヒは咄嗟に身を捻じって躱しきる。鼻先を掠めて通り過ぎた火の塊は、ハービヒの騎竜の背中にぶち当たり四散して消えた。

 ドラゴンに応えた様子はない。対人用に威力を抑え弾速と連射に重点を置いた魔法は竜の鱗を焼くほどではなかった。


「舐めるな、小娘……!」


 業を煮やしたハービヒが叫んだ。乗り手の怒りに同調して騎竜が猛り狂う。大きく息を吸い込んだ喉元が赤く発光し、手綱を持つ手にまで熱が伝わって来た。


 やれ、と命じるまでもない。

 主の意を組んだドラゴンが大きく首を振り、薙ぎ払うようにブレスを放つ。

 轟、と暴風じみた衝撃すら巻き起こし、剣でも振るうように空を薙いだ熱線。しかし、必殺を期したその一撃は虚しく宙を切った。


「――――!?」


 いない。

 忽然と、さっきまでいたはずのロイターが、あの派手な緑色のドラゴンがまるで消えたように。

 混乱する思考、敵を見失った焦燥に視線が泳ぐ。ハービヒはせわしなく首を巡らせて敵を求め――


「――ロイター、何を……!?」


 こちらに背を向け、猛然と遠ざかっていく翠の騎影を見た。



   ●



 オットー・ヨラがその殺気を嗅ぎ取れたのは、恐らく天啓であったのだろう。


 決着のつかぬ空中戦。標的のハータイネンはのらりくらりとこちらの攻撃を躱し続け、時に射線が同盟側の歩兵に向かうように誘導してくる。徹底して相対を避け時間稼ぎに専念する姿には、元来一撃必殺を旨とする竜騎士の面影など微塵もない。

 そしてヨラにとって空戦で敵がここまで食い下がり、あまつさえ互いに目に見える打撃すら与えられない状況は初めての経験だった。


 隠しきれぬ苛立ちに喉奥から唸り声を漏らしながら、ゆらりゆらりと幻惑するように飛行するハータイネンの騎影を捉え続ける。実力の差は明白で、あちらにこちらの背中を見せたことなど一度としてない。だというのに、本来ならばとうの昔に決着していておかしくない戦いをいたずらに引き延ばされるこの恥辱。

 誇りはどうした、気概はどこへ消えたと通信ごしに怒鳴りつけること数回、こちらからの呼びかけにハータイネンは黙りこくったまま、ひたすらに凡庸な飛行を見せつけるばかり。

 いい加減ヨラも忍耐の限界に近づいていた、その時のことだ。


 ――――唐突に、背中を刺す殺気。


「な――――!?」


 指示を出したのが先か、それともドラゴンが危機を察して自ら動いたのか。反射的に折り畳んだ翼、沈み込む身体、急激な機動に鞍から尻が浮かび上がる。

 首をすくめた寸前に赤い熱線が通り過ぎたのを見て、ヨラはようやく襲撃を自覚した。


「ばかな……!?」


 いったい誰が。まさかロイターが? ハービヒは何をしていたのだ。

 混乱する頭を抑えつけ、ヨラは襲撃者を迎え撃たんと振り返る――が、


 いない。


「どこに!? 誰が撃った!?」


 有り得ない。いまだ黒く焦げ付いた軌跡を残す射線から見て方角は容易に見て取れる。ドラゴンの図体ならば振り返れば必ず視認できるはずだというのに、なぜ影も形も見えないのか。

 ましてやアーデルハイト・ロイターの騎竜は目の醒めるような鮮やかな翠色のドラゴン。一目で見ればそれとわかるあの体色を見逃したというのか。


 姿の見えない敵、無防備な自分、そして正面には弱小といえハータイネンと対している。焦燥感に駆られたヨラが目を皿のようにして周囲の空を見渡し、敵の姿を追い求める。

 しかしいない。どうあっても見つけられない。ドラゴンの巨体に透明化を施す魔法など、いかな魔法戦士のロイターにも不可能であるというの、に――――?


「――――ぇ……?」


 何かが。

 視界の片隅で何かが、歪んだ(・・・)


 色を失う風景の空色、絵の具が滲むように彩度を上げる何者か。見る間に接近してくるその物体は、冬の空色から瞬く間に翠に染まっていき――



 迷彩体色。

 翠竜スヴァークが、かつて森に潜むため自ら編み出した(・・・・・・・)、鱗の色を背景と同化させる特殊技能。

 誰が想像できたであろう、ドラゴンが天空において身を潜める術を得るなどと。



「な――」


 ならばヨラを襲ったその驚愕、察するにはあまりある。

 姑息に逃げ回る耄碌竜騎士と、小癪に空に潜む女竜騎士。

 辺境伯に残された人材が、誰も彼もがこのありさま。



 どいつもこいつも誇りも知らず、生き汚さばかり磨きをかけるか――――ッ!



「――め、るなァアァアアアアアアア!」


 金色の稲妻が迸った。

 ヨラの絶叫に応えて黄竜が咆哮を上げる。バチバチと宙に弾ける紫電はドラゴン全体から生じていた。循環する魔力は何よりも加速され、身を覆う電撃は肉薄するスヴァークすら怯ませた。


「――――っ」

「ロイターァアアアアア!」


 形勢が悪いと判断したのか。身を翻し背中を向け、再び距離を取ろうとする翠の竜。翼を大きく広げ高みへと昇らんとする姿、しかし背中の竜騎士は無防備に晒されている。

 また逃げるか、また隠れるか。させるものかとヨラが憤怒を向けた。指さす先はこちらを肩越しに振り返る女竜騎士の背中。ドラゴンはヨラの指示に忠実に従い口元に膨大な魔力を秘めた雷球を放出せんと――



「――サラマンダー、行って」

「――――」



 何かが、翠竜の背から飛び立った。

 赤い影、蝙蝠の翼を生やした、寸詰まりの蜥蜴のような。

 竜騎士の背中から三角跳びのように身を跳ねた影は、背中の翼を精一杯に広げて滑空する。グバリと開いた大顎は糸を引き、縦に割れた瞳孔は一心にヨラを見つめていた。


 一瞬の放心、あまりに現実感のない光景ににべもない感慨に囚われる。……蜥蜴の捕食とはあのようにやるのか、と――


「――――――!」

「お、おぉぉおおおおおおおお……!」


 瞬間、火蜥蜴の姿が形を失った。

 体表が燃え上がり実体すら失っていく。――否、もとよりあれは火精霊。蜥蜴の姿など始めから仮初めのものでしかない。

 エレメンタルの本質は純然たる魔力塊、形を失い、猛然たる火と熱の塊として飛翔することに何の不思議があろう。


 迫りくる火炎の塊、回避など望むべくもない。

 オットー・ヨラはそれでも勇ましく雄叫びを上げ、雷電を纏った剣で火蜥蜴を両断し、


「ぉ――……」


 次の瞬間、火蜥蜴の内部から爆発するように解放された火炎に身を包まれ、黒ずみ溶解した甲冑の残骸を残してこの世から消え去った。

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