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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
438/494

淫魔カーラの苦戦

 ガキ、と音を立ててガーゴイルが防壁に爪を立てた。

 いかに堅牢な防壁といえども、所詮は火山灰や石灰を混ぜ合わせたカルシウムの塊に過ぎない。衝撃を与え続ければ亀裂が入り、爪を打ち込みつづければ穴の一つも空いてしまう。これを防ぐならば防壁表面に更なる細工を施すことだが、ドワーフの土魔法も防壁すべての表面を硬化させるには至らなかった。


 ――これで攻略の糸口を掴んだか。

 そのガーゴイルがそう考えたかどうかは定かではない。もとより思考能力など期待されていない下級の魔物、千体使い潰して上位種が一体生まれれば儲けものである彼らに、そんな思案を望む方が筋違いである。

 ともあれ目の前にそびえる防壁、その一端を砕くことに成功した青銅獣は、見せつけるように甲高い奇声を上げた。金属の擦れる音を割れ鐘で響かせたような咆哮、あるいはファラリスの牡牛から漏れ出る悲鳴のような声を高らかに吹き鳴らし、青銅獣は更なる傷を壁に刻まんと腕を振り上げ――



 ――――バスン、と異様な音。

 何かが破裂するような、何かが撃ち込まれるような。



「――――!?」


 声もなく吹き飛んだ。

 巨人に足蹴にされたかのような猛烈な衝撃。唯一壁に食い込んだ青銅の爪があだになり、あっけなく肘から先がもぎ取られる。

 たかだかと宙を舞ったガーゴイルは、堀の上を飛び越えて味方のインプを巻き込み、鉄塊同然のその身体で味方数体を轢き殺してようやく止まる。


 千切れた腕を壁に残したままガラクタとなったガーゴイル。その土手っ腹に突き立つ真鍮色の杭が、昼下がりの陽光を照り返していた。



   ●



 ――インプが一網打尽にされたあの砲撃から、かれこれ半刻は経っている。

 状況は膠着の一途をたどっていた。インプたちは雪壁の残骸に残された黄土色の果実から生じる悪臭を嫌い、どうにかして防壁を迂回して襲いかかろうとする。しかしどこを迂回するにしてもまずはあの泥に浸かった堀を踏まなければならず、守備側はインプたちが堀を埋め尽くす時を狙い澄ましてあの投石を打ち込んできた。


 霰弾、散弾、飛礫の雨。

 ただのそれだけであれば脅威にはなりえなかった。ガーゴイルを覆う青銅の体表は強固で、たかだか拳大の飛礫が当たったくらいではびくともしない。人間の頭ほどの岩を当ててようやく痛打たりえるそのタフネスさをもってすれば、あの程度の投石に耐えるなど容易だろう。


 しかし守兵はそれを見越し、まずインプを引き剥がした。

 悪臭への対応が魔族軍で三様に分かれることも予想していたのか、ガーゴイルだけを脅威と見なしていたのか。……とにかく彼らはあの雪壁に仕込んだ一つの罠で魔族軍を分断し、霰弾が最も効果を発揮する敵を射程へ誘い込んだ。殺せる武器で殺せる相手を殺せる場所に追い込んで効率的に殺す――それはあたかもよく出来た狩りのようで、


「ふふ、アタシが獲物――なんて言いたいのかしらぁ……?」


 なんたる屈辱。脆弱な人間風情が。

 四肢をもぎ取って達磨にしてから殺してやる。


 含み笑いを漏らし、全身から怒気を撒き散らしながらもカーラの思考は冷静に回転を続けていた。

 ――このままではろくに壁を削りもできずに日が暮れる。戦果ひとつ上げられないまま無為に日暮れを迎えるなど、ザムザールに何といわれることか。あれとは普段から反目しているのだ、これを機に付け入る隙を得たと思われるなど業腹極まる。

 ならばやるべきはどうにかして突破口を開く。多少の捨て石は許容し、敵の全容を測ることから進めるべきか。


 敵の戦力、戦略、その意図、その規模、許容限界はどれほどか……今は不本意ながら方針の見直しを迫られているようだ。

 手元にあった初期戦力はデーモンが500、ガーゴイルが1000、インプが3500。

 インプは先ほどの誘引と投石による攻撃で500以上を潰された。デーモンもあの気色の悪い悪臭で50は使い物にならない。士気も削がれたのか、攻撃に消極的な個体もちらほらと見えてきている。


 ガーゴイルは――


「あの、壁……」


 ギリ、と歯噛みしてカーラは前方にある防壁を睨みつけた。開戦当時と比べて心なしか傷の増えた白い壁は、それでも依然として魔王軍の正面にそびえ、彼らを阻んでいる。

 防壁側面に規則的に点々と配置された黒い穴が、まるでこちらを嘲笑っているかのような錯覚さえ覚えた。


 ――そう、あの穴だ。あの孔だ。

 大きさは人間の子供の腕が通るかといった程度。女の手なら指先は入り、拳は通らない微妙な大きさの孔。

 あまりに早々と壁が完成したことから工期を早めるための小細工か何かかと思っていたが――――とんでもない。

 あの粗末さで、あの急造で。どうやればあんなものが出来上がるというのか。


 あれこそが、あの孔こそがあの防壁の防御の根幹。

 待ち構え防ぎきるための壁ではなく、近寄る敵を弾き飛ばす砲口(・・)であるなどと、誰が想像できたというのか。


「――――」


 デーモンの指揮官が動いた。ガーゴイル数体に指揮を飛ばし、眼前の壁を攻めさせる。唯々諾々と従う青銅獣は為すがままに堀の泥をかき分けて壁に近寄り、爪を壁の亀裂に引っ掛けてどうにかよじ登ろうとする。

 壁の孔は体のいい足がかりになっていて、知性のないガーゴイルはこれ幸いとそれに体重を預け、翼の羽ばたきも利用して一気に身体を持ち上げた。次の手がかりを捉えるために伸ばした腕、仰け反った青銅獣の肩が孔の正面を遮って、


 射出。

 被弾、そして絶命。


 孔の向こう側から放たれた真鍮色の杭がガーゴイルの右胸に深々と突き刺さり、断末魔すら上げる間もなく死に至らしめた。

 予兆はなかった。魔法の詠唱の気配も火薬による破裂音も一切ないまま、バシュ、と何かの機構が作動する音だけを置き去りにして杭が撃ち込まれたのだ。


「――バリスタ。そんなものをどうやって用意したのかしらね」


 あちら側にあるのは、恐らく壁と一体化した杭の射出機。

 壁を一直線に貫通する孔を通り、向かい側の魔王軍のなにものかを正面に捉えた瞬間、城壁の上に控える兵の合図で射手が打ち込む。

 機械そのものを壁の孔に固定してあるため、保持と照準に技能はいらない。ただ手際よく装填し合図に合わせて矢を解き放つだけ。射程も孔を通り抜け目の前を遮る敵に当たればいいのだから最低限でいい。矢羽も箆も取り払い杭のような鏃の形に成形した金属棒、ボルトとも呼べぬ奇怪な形をした真鍮色の金属片は、その重量と尖端の形状でガーゴイルの装甲すら貫通する威力を得るに至った。


 あんなものは見たことがない。あれほどの防御兵器、芸術都市どころか王都にすら配備されていなかったというのに、一体どうやって仕入れた。いや、どうやって運び込んだというのか。


「――――でも、弱点はあるのよねぇ」


 そこまで思考し、カーラはあの壁の打開策に思い至った。

 壁の上を見上げれば、弓矢を片手に懸命に魔王軍へ矢を浴びせかける守兵の姿。――その中に、怯えたように身を竦ませながら手旗のみを掲げている兵がいた。


「いいわぁ、付き合ってあげる。正面から攻略してあげるわ、コーラル」


 まずは目を奪う。

 盲目の射手など、いかなる脅威にも値しないのだから。

しばらく更新が不定期になりそうです。


私は悪くない……海外ドラマ原作の某ネトゲが悪いんや……

こうなるのが嫌だからお船のブラゲーも引退したのにこの有様よ……!

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