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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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半島再統一戦争⑧

「ビューリホー」

「ふう……」


 俺の惜しみない賛辞に、エルモは気のない溜息を返してきた。なんでや。

 手には最近あつらえ手元に届いたという滑車式長弓(コンパウンドボウ)。最初の引きは重いものの、保持と照準においては無類の精度を誇る代物だ。ドワーフの合金から鍛えた弾性に優れた板バネを用い、魔力の通りがよくなるようシャフトにミスリルと銅の彫金を施している。

 まさにドワーフの技術とエルフの付与魔術の集大成ともいえる大弓だ。威力は俺の持つクロスボウを上回り、射程に至っては今見たとおりである。


 彼女の身を包んだ旋風が収まっていき魔力を使い果たした風精霊が送還されていく様は、幻想的な美しさすら感じられた。

 足を開き天へ向けて弓を引き放った姿勢のまま残心を示す姿はなんとも堂に入ったもので、それは心からの称賛だったのだが、どうやらかのエルフはお気に召さないらしい。


「……いや、別に戦果に不満があるんじゃないわよ。ただ、射ざるを得ない状況になったのが憂鬱なだけ」


 俺の疑問を察したのか、エルモは構えを解きながら首を振る。弓と一緒に手挟んでいた二の矢を持ち替え、顔の前でひらひらと振ってみせた。


「これ、いくらすると思う?」

「お高い一点モノ、ということくらいしか」


 いつになく大振りな矢である。箆は普段のものより一回りは太く、特徴的な黒い矢羽もめったに見ないほど巨大なものを使っている。そして最大の特徴は、鏃が雁股の形状をしているということ。

 それもかなり巨大だ。弾速と当たりどころが良ければ人間の首ですら刎ね飛ばせるであろう刃の広さ。それにかかる重さや空気抵抗も相当なものと想像できる。

 もっともくだんの鏃は刃を潰してあり、敵を射抜くよりもその重さで衝撃を与えることを重視する造りになっているが。


 ドラゴンの翼の先端を正確に捉え、てこの原理まで利用して見事にブチ折った鏃を胡乱な目つきで睨み、エルモは言う。果たしてその高価な鏃のお値段とはいかに……


「…………金貨一枚。一本で一枚、つまり三本用意したから三枚吹っ飛んだわ。これ一本で吸血鬼のときに使った銀メッキの雁股(やつ)を十本は買えるのに」

「Oh……」

「というわけで二射目は御免よ、赤字になるもの。だから二体目は期待しないでちょうだい」

「善処しよう」


 とはいえ、今回の狙撃も本来の予定になかった保険のような曲芸だったりする。

 ――意気揚々とグリフォンで出撃したタグロ君だが、竜騎士を落としたまではいいものの肝心のドラゴンに攻めあぐねているところを目撃した。それだけでなく部下の一人とグリフォンが丸齧りにされる始末。こいつはいかんと万が一のために用意だけはしてきた手札を切ったのだ。


 エルモの長大な滑車式長弓による超遠距離狙撃。それもほぼ真上に対してで、狙うのはドラゴンではなくその翼の先端。

 ドラゴンが大きく羽ばたいた瞬間を狙い、振り下ろしとタイミングが合うよう矢を着弾させる。それもただの矢でなくずしりとした錘じみた重量の鏃を当て、通常の羽ばたき以上のインパクトを翼の先端に叩き込んだのだ。

 人間で言うなら後ろ回し蹴りの最中にハンマーを踵にジャストミートさせたようなもの。膝が逆方向にいかれたとしてもおかしくない衝撃である。実際に矢を受けたドラゴンの翼は見事に関節から折れ曲がり、無情にも失墜する憂き目となった。


 しかし……いかにも大仰な造りをしていたからさぞお高いのだろうと思っていたが、予想の数段上をいく答えを貰ってしまった。

 思わず言葉に迷う俺とは逆に、エルモは憤懣やるかたない様子で舌打ちを漏らす。


「しかもこれ、素材からしてめんどくさいったら。鏃が大振りなぶん全体のバランスに気を配らないとだし、追い風に乗せないといけないから矢羽はやたらでかくなったし。――団長のグリフォンから羽根を引き抜いたときは危うく八つ裂きにされるところだったわ!」

「うん、それは……ご愁傷さん」


 そうかー、射撃よりも矢の製作の方が面倒だったのかー、大変だなー。

 俺なんか部下と同じボルトをガルサス翁たちドワーフ職人たちに供給して貰ってるだけだしなぁ。


 誰かの苦労話を聞くとき、なんだか少し優しい気持ちになれる。この口元に込み上げてくる感情は一体……


「なに笑ってんじゃこの馬鹿猟師!」

「いっだぁ!?」


 脛! 今脛にブーツが!?



   ●



「――さて、ドラゴンは落とした。作戦続行といこう」


 パン、と手を叩いて俺は宣言した。

 周囲にはエルモたち猟兵中隊、総勢五十名。各員、穴の中で土に塗れて夜を徹したせいで疲労がたまっている。エルフなぞはよほど眠れなかったのか目の下にうっすらと隈ができていた。


 ――しかし、この程度の疲労など問題にもならない。

 穴を掘る訓練も、その中で眠る訓練も、不十分なコンディションで戦う訓練もあえてこなしてきた。みな自分の限界は熟知している。その上で彼らの足並みに狂いはなく、その瞳に迷いはない。


「敵左翼は壊滅した。残党が森の中に逃げ散ったが、大半が士気の低い農兵。取って返してくることはない」

「作戦通りね。ドラゴンも落ちたワケで、合図(・・)はもうあちらに通ったってこと」

「その通り」


 頭上を見上げる。ガイン中隊を攻めようと動いていたドラゴンは残り二騎。その二騎は今、タグロ率いる鷲獅子騎兵十名の攪乱を受けて身動きが取れなくなっている。

 騎兵たちは戦法を変えていた。つかず離れず、ドラゴンの視線の先には決して近寄らない。ブレスを防ぐためだ。

 仕留めにかかるなら先のように流血を覚悟しなければならないが、長引かせるだけならそうでもないのだろう。嫌がらせとして遠巻きに囲い背中の竜騎士を狙うそぶりを見せ続け、ドラゴンに本腰を入れた攻撃態勢を取らせない。

 あの調子なら、俺たちの仕事中は空を気にする必要もないだろう。


「――ではこれより、本番(・・)を開始する」


 俺の言葉に猟兵達が目を光らせた。


「俺たち猟兵は敵先陣の後背へ回り込み、正面からの団長、側面からのガインと同調して三方から攻めたてる。半包囲というワケだ」


 それはすなわち、俺たちが敵の先陣と本陣の間に挟まれるということ。

 その意味、その危険性を今更説明する必要はないだろう。


「――――気張れよ傭兵(ハスカール)、ここが俺たちの大一番だ」


 応! と雄々しく吼える声。

 オン! と勇ましげに白狼も声をあげ、猟兵達は声をあげて笑った。

今週も月水金の更新を予定しています

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