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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
433/494

半島再統一戦争⑥

 ――ドラゴンが圧倒的強者であることに今更疑いようはない。

 鉄のように強靭な鱗、いかなる鎧も食い破る牙、馬を軽々と掴み上げる巨大な爪、そして耐火処理を施した盾でさえ十秒も晒されれば跡形もなく溶けてしまう強力なブレス。

 何もかもが規格外。およそファンタジー上に存在する生物の頂点に座すといっても過言でもない圧倒的な強者である。これでに出くわしたならば、みっともなく逃げ出すか見つからないことを願ってどこかに隠れるかの二択であろう。そしてその選択の結果、無意味な努力になる場合がほとんどでもある。


 かつてタグロが巡った大陸各地でも、はぐれドラゴンが消し炭にしてしまった村落があった。

 納屋に籠り子供を抱えたまま焼かれた母親らしき炭の塊、粉々になった消し炭の傍らに握り拳らしき炭が付着した槍のような何か、逃げることも諦めたのか跪いたまま頭部を失った老人。

 酸鼻を極めるあの光景がたった一頭のドラゴンに引き起こされたなどと、一体誰が信じられよう。


 人間の上位に位置する捕食者にして、荒れ狂う災害のごとき暴威。それがドラゴンだ。


さて(しゃて)……」


 ――しかし、そこに思考の陥穽がある。意表を突く隙があるとタグロは考える。

 絶対の捕食者であるがゆえに、あるがゆえの弱点というものは存在するのだ。

 たとえば――


「やっぱりか、気づかんもんばい」


 ごうごうと風が鳴る。

 正面から顔面にぶち当たってくる大風は、訛り混じりのタグロの独り言を容易く吹き潰した。周囲の耳を気にする必要がないとはいえ、この意志疎通の困難さは流石に閉口する気分だった。


 グリフォンに騎乗し、はるか上空を滑空するタグロの眼下には水色ドラゴンの騎影があった。事前情報が正しければ、あれが竜騎士ユリウス・メルクルその人であるという。

 気付かれる様子はない。地上の戦況に気を取られているのか、メルクルは周囲に気を配る気配も見せず鞍上から身を乗り出して戦場を凝視している。

 ……その竜騎士の、なんと間抜けな光景か。空をゆく自らのさらに上空(・・・・・)に敵が昇るなど、露ほどにも思っていないのだろう。


「いけん、いけん。あげな増上慢は良うなかね、俺たちも気ばつけな」


 ――捕食者ゆえの弱点。それは当人自身が捕食されることを考慮していないという一点に尽きる。

 ドラゴンの背中に取り付けられた鞍に跨る竜騎士。さぞあそこからの眺めはよろしいのだろう、しかし背中が剥き出しというのは頂けない。

 後ろを取られたときはどうするのだろう。まさか戦闘機のように尻からチャフやフレアを撒くというわけでもあるまい。

 寡聞ながらドラゴンの尿が強烈な毒液になっていて後ろの敵に噴霧するなんて話は聞いたことがないし、どこぞの仲達のように首が真後ろを剥いて火を噴きつけてくるなんてこともあるまい。あれはあくまで蜥蜴の首、構造上不可能なことはマジカルマジックでも使わなければ不可能のままだ。


 となれば、いざ敵が背中に近寄った時に竜騎士の身を守るのは彼自身の武勇ということになる。鞍に跨って身を捻じりながら振るう剣がどれほど強力なのか……今更な話である。


 ――さて、時間だ。


 見れば水色のドラゴン乗りはこちらの影に気付いたらしく、敵を求めて視線を彷徨わせていた。誰が迂闊な真似をしたのかと首を振りつつ、これも頃合いかとタグロは息を吐いた。

 左腕を耳元に掲げ、後方に追随する味方へ合図を送る――突入の手信号。来たるべき戦いへの興奮にかグリフォンがガチガチと嘴を打ち鳴らした。


「ようし――――カチコミや」


 くぇ、と鋭い嘶き。翼が折り畳まり揚力が失われ、腹の奥が竦むような感覚が襲い掛かる。

 部下からの返答が戻るのを待たずして、タグロは乗騎ごと身を空中へ投げ出した。



   ●



「お……るるぅうぁあああッ!」

「ぐ……!?」


 その一撃を防げたのは奇跡に等しい。その気配に気付けたのはまったくの偶然だった。

 いつの間にか上空から急降下してきた何者かの騎影。矢のように鋭く突き出された槍のひと突きを、身を捻じり剣を振って弾いた。いったいどんな材質で出来ていたのか、わずか一合で粉々に砕け散った敵の槍の破片が顔面に降りかかる。たまらず兜のスリットを庇ったメルクルは一瞬の交錯の隙に垣間見た敵の影を見て叫んだ。


「グリフォンだと……!?」


 それも一体だけではない、メルクルを仕留め損なった敵が舌打ちを漏らして離脱している間に、次々とグリフォンが降下してくるではないか。

 背中の上には革鎧を纏う人間の姿。槍や弓、クロスボウと、思い思いの武装を携えたグリフォンライダーたち。彼らの武装の尖端で、真鍮色の金属が不吉な光沢を放った。


「その武器……傭兵どもか!」


 聞いたことがあった。数年前のグリフォン討伐で捕獲したグリフォンの幼体を、傭兵たちが騎乗用に調教していると。

 所詮は下民の浅知恵、そう容易く上手くいくはずがないと高をくくっていたが、まさかこんな所で投入してくるとは思わなかった。

 

「下民が、思い上がったな!」

「――――」


 吼えるメルクルを尻目に傭兵は無言。十頭に及ぶ鷲獅子の編隊が次々と攻撃を叩きつける。

 しかしドラゴンの鱗は堅牢だった。いかにドワーフの合金と言えど、重みのない攻撃に価値はないといわんばかりに鏃と穂先を弾き返し、悔し紛れに誰かが放った投斧ですら傷一つつかない。

 新たな騎兵の攻撃が無駄に終わったことを察したメルクルが嘲笑する。


「貧弱! 所詮は傭兵、我がドラゴンは鉄壁! 我がドラゴンは盤石! 身の程を知るがいい!」

「ドラゴンはなぁ……」


 声が聞こえた。どこか陰気な、低い調子の男の声だ。

 ぼやくような口調の癖に、不思議と背筋に寒気が走った。


「――――ッ!」


 嫌な予感を振り払うようにメルクルはドラゴンをけしかけた。直前に感じた一瞬の恐怖、それを誤魔化すように騎竜を荒ぶらせる。


 ――――ォォオオオォォオオオ……!


 ドラゴンが身を捻じる。牙を剥いて咆哮し、爪を振るい尾を振るって鷲獅子の群れを叩き落とそうと暴れ狂う。

 しかし落とせない。グリフォンは細やかに翼を翻し、ひらりひらりと風を受ける落ち葉のように身を躱す。徹底してドラゴンの死角を狙い、当てては離れを繰り返して的を捉えさせなかった。


 焦れたメルクルが歯噛みし――――気付いた。


 一際体格のある鷲獅子と、それに跨る騎兵だけやけに距離を取っている。

 ドラゴンの周囲を一定の距離を取って旋回し、時折味方へ合図らしき仕草を送る姿は――


「貴様が親玉か――――!」


 雑魚に手間取り不快感の極地にあったメルクルの思考は即座に攻撃を選択した。炎を纏った剣にさらに魔力を注ぎ込む。限界まで熱を蓄えた剣は白光すら放って網膜を焼き、周囲から襲いかかろうとした鷲獅子騎兵達すら怯ませた。

 そして――


「鶏風情が。墜ちろ……!」


 火炎弾。

 メルクルがなしうる最速をもって火球は直進し、敵指揮官へ見事直撃した。目の眩む白い光を伴う爆発が周囲にばら撒かれ、たまらずグリフォンたちが悲鳴を上げる。


 閃光から回復した視界に、敵指揮官の姿はなかった。


「ははっ! 敵将、討ち取った――――!」


 メルクルの快哉が空に響く。さしもの鷲獅子騎兵も上官の死に衝撃を受けたのか攻め気を失い手が止まる。


 ……この機を逃す手などない。このままブレスで一掃してやる。


 勢い込んだメルクルがドラゴンの脇腹を締め上げる。合図を受け取ったドラゴンが大きく息を吸い込み、喉の奥が赤く発光して――


「な――――?」


 気が付いた。

 何かが、視界の端に。

 ドラゴンの首、手綱でもないものが絡まっている。

 よくよく見れば、それは細かい鎖がドラゴンの首に巻きついていて、



 ―――何かに締め上げられるように、ギチと軋んだ。



「――――犬笛に! むせび泣く……ッ!」



   ●



 気分はハリウッドな蜘蛛男。東映版は体の張りっぷりが割と好み。だが巨大ロボはやり過ぎだと思う。

 身体を振り子のように振って反動をつけ、ターザンのごとく跳ね上がる。命綱はドラゴンの首に巻き付けた鎖が一本、ちぎれたり外れたりすれば一巻の終わりである。


 月面宙返りのように身体を放り上げれば、逆さになった視界の上に上下逆さまでこちらを見上げる竜騎士の顔。呆気にとられて口を呆然と開いている。

 タグロは男と視線を合わせると、見せつけるようにニイと口端を持ち上げ、


「き、さ――」

「――――流派伏せ、鎖鎌裏太刀目録――――」


 斬りあげる片手剣、竜巻のように捻じる細鎌。巻き上がる鎖がジャラジャラと音を立てる。

 曲芸のように男の太刀筋を躱し、縫うように、滑り込むように片手を一閃。

 甲冑の隙間を狙った手鎌の一撃は、異音と火花を散らしながら男の首筋に吸い込まれ、


「――――ぁ、っか……?」


 音が聞こえる。

 ヒュウヒュウと甲高い、入り組んだ笹の間を風が通り抜けるような。

 掠れた笛の音は、鮮血を噴き上げる竜騎士の喉笛から漏れ聞こえていた。



虎落笛(もがりぶえ)



 絶命しゆく男に、竜の背に足を降ろしたタグロの声が聞こえていたかは、定かではない。

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