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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
431/494

半島再統一戦争④

 いつからそこにいたのか。アントンたちの背後に佇んでいた白狼は億劫そうに大きな欠伸を漏らした。


「オゥ……」


 ぶるぶると身を震わせる。後ろ足で首の後ろを掻けば、付着していた茶色の物体がボロボロと地面に落ちた。あれは……土か。

 思わず凝視したアントンに気付いたのか、白狼の方も静かに見返してきた。何の感情も浮かばない金色の瞳に、ひとりでに流れた汗がじっとりと服を湿らせる。

 そして――



「――ゥゥウウウゥオォオオオオオオオオン……!」



 白狼が吼える。雪解けの土を踏みしめ天に向けて吼え猛る姿は、ある種の神々しさすら窺わせた。遠く長く響く狼の声はまるで何かの合図のようで――


「――――まさか」


 ――ぼこり(・・・)、と。

 唐突に、狼の足元の地面が不自然に盛り上がった。


「まさか……!」


 持ち上がる。

 跳ね上げ扉でも押し退けるように、地面が浮き上がり蓋の裏側にある中の空洞が明らかになる。

 一つだけではない。いくつも、いくつも、次々と地面が蠢いていく。それこそまるで狼の声を待ちかねていたかのように!


「は、反転ッ! 反転せよ! 敵は後ろだ……!」


 アントンの絶叫に応えるように、仕込まれていた十余りの跳ね扉が一斉に開け放たれた。



   ●



 さて、恒例の種明かしといこう。


 結論から言うと、先手を打ったのはこちら側である。

 エリス夫人のやらかしにより短期決戦を望む竜騎士同盟と、それに応える辺境伯軍。先に戦場に布陣したのはあちら側だが、戦場の設定など最早決まりきったも同然のものだった。

 何しろあちらの主力はドラゴンブレス。彼らの王道はいかに敵を拘束して纏めて焼き払うかがキモの砲戦志向のものである。よって入り組んで身を隠す場所の多い岩場や見晴らしの悪い森林部など論外。開けた平原を取りたがるのは目に見えていた。


 半島は平原部が少ない。火山が多く山がちな地形なのだからそれも当然で、その上目ぼしい土地は大抵人の手が入って畑になっている。この時点で戦場になりうる場所など限られていた。

 そしてお嬢の進軍を大々的に知らしめ、それを迎撃する同盟側も南下して決戦を目指す……となれば、適した戦場の予想はついてしまう。


 あえて辺境伯側の到着を遅らせたのは、ベッケンバウアーに有利な丘の上を取らせるためだ。本陣があの丘の上となれば、他の五人の竜騎士の歩兵がどこに布陣するかなど大まかに予想がつく。彼らの戦術が見え透いた鉄板ものであるというならなおさらである。

 案の定、同盟軍の布陣はそれぞれの私兵を個別に並べ各自に当たらせようという陳腐なもの。もっとも、練度もへったくれもない農兵に連携など望むべくもないのもまた事実ではあるのだが。

 少し気になるのは最初の予想と異なり、本陣の後ろに後詰めらしき部隊が控えているところだ。後背からの奇襲を警戒したのか、動く気配が見えないのもまた不気味な気配を醸し出しているが……これは今は放置でいいだろう。


 ガイン中隊長の部隊が百人と少なく、右側面に森が位置するように布陣したのは敵を誘き出すためだ。……比較的無名の人物が率いる規模の小さい部隊、それもいつでも逃げ隠れ出来るよう近くに森があるとなれば、優先して襲い掛かりたくなるのもまた人情と言えよう。

 彼らは中隊を森に逃げ込ませないために回り込むように攻めかかる。出来れば本陣側に押し込んで、お嬢たちの部隊も加勢に加えた状態でまとめてドラゴンの餌食にするのが理想である。



 ――――いいですか、コーラル殿。彼ら竜騎士……特にベッケンバウアー以外の有象無象は、より大きな戦功を欲しています。戦後の権力争いを見据えて、この戦いで影響力を得たいのです。



 そう言ってエリス夫人は断言した。彼らが序盤にドラゴンを飛ばしてくることはないと。

 まずは歩兵を当てて、数に任せて押しに押す。辺境伯側がひと塊にまとまったところを見計らって、一撃で派手に焼き払うのが理想である。


 誰もが戦功第一を狙う。この戦いで活躍し存在感を見せつけ、その後の半島の舵取りにおいて主導権を握りたい。

 竜騎士は自らがより輝く機会を待ち構えるし、私兵はその機会を得るために舞台を作ろうとする。選択肢を自ら狭めているのだ。


 ガイン中隊長は自らの役割を見事に果たした。

 突出、釣り出し、誘導、そして防御(・・)

 殿を務めたガイン自身はかなりみっともなく逃げることになったが、それでもどうにか間に合ったようだ。華麗な跳躍からのルパンダイブで隊の連中が敷いているシールドウォールの向こうに身体が飛び込んでいった。


 ――では、俺たちの仕事を果たすとしよう。


「猟兵、かかれェ……ッ!」

「おん、どりゃあぁあああああっ!」

「重い! これクソ重い!」

「なんで鉄板なんか敷いちゃったかなあ!? 木の板でいいでしょフツー!?」


 潜んでいた穴の中から猟兵が飛び出してくる。蓋にしていた分厚い鉄板は、持ち上げるだけでも二人がかりだ。敵兵が穴の上を通り過ぎたとき、馬でも通ったのか異様な音が響いたが、疑われなかったようで何よりである。


「猟兵、横隊を組め! 三列横隊!」

「復唱、三列横隊!」

「三列横隊!」


 エルモが声を張り上げる。鬱陶しげにばたばたと頭をはたけば、潜伏中に髪についたのか埃と泥が舞い落ちて言った。

 部下たちが集結してくる。総勢五十名、手には装填済みのクロスボウ。昨日の夕暮れから穴に潜っていたせいで疲労の色も濃い。しかしそれは問題にならない。何しろこれより、わずか二射(・・)にて勝負を決める。


「構えェッ!」

「目標、敵部隊後方、督戦隊」


 騎馬の将が振り返り何やら叫んでいる。だがもはや遅い。もとより俺たちの狙いは農兵でなく中核を担う精鋭兵。奴らが普段ドラゴンの巻き添えを恐れて前面に出てこないことは把握済みだ。

 そして前方にはガイン中隊長の歩兵部隊。盾を揃えて一部の隙も無い壁を築き、これなら狙いが逸れても味方を射る心配はない。


「まずは一勝。――――斉射!」


 怒号じみた号令にて放たれた弩弓のボルトが、吸い込まれるように装備の目立つ兵へ向かっていく。防ぐ術などない。ワイバーンの鱗すら貫通する重弩の威力に耐える鎧がどれほどあるというのか。


 放たれた斉射の一撃は、馬上の男ごと私兵の大半を抉り抜き、周囲の農兵まで巻き込んでようやく止まった。

 私兵の生死など、今更問うまでもない。

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