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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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半島再統一戦争②

「――では、しばしお暇を」


 敵軍からドラゴンが飛び立ったのを見届けると、アーデルハイト・ロイターはアリシアに向き直り一礼した。

 それまでは次期辺境伯の傍らに控えていた若草色の竜騎士だったが、いざ戦いが始まったとなれば前面に出ざるを得ない。ドラゴンの数ではあちらの方に軍配が上がるのだから。


 ――絶望はしない。勝算は見えている。

 たとえ六騎全ての竜騎士を相手取ろうとも、一歩も引かずに鍔ぜりあってみせよう。


「――アーデルハイト」

「は」


 戦装束に身を包んだ主君は、贔屓目を抜きにしても可憐だった。白銀に輝く甲冑に金の装飾をあしらっている。身に纏う外套には辺境伯の家紋が記されていた。

 いつも纏う平服や訓練などで用いる革鎧と異なる、正真正銘正式の甲冑姿。……初めて身に着けるのがこんな内戦であることが残念でならない。


 床几に腰を下ろしたアリシアは、その赤い瞳をアーデルハイトに向けて口を開いた。


「必ず、勝って帰って来て」

「無論です」

「それと――――ボク(・・)の初陣は、ここで良かったと思うよ」

「――――」


 聞き慣れない一人称に思わず言葉を失う。……誰の影響か中性的な言葉遣いが増えてきたアリシアだが、これまでは普通に『私』と自称していたはず。

 それをあえて呼び変えた意味を、察せられないほどの付き合いではない。


「……必ずや、姫様の初陣に相応しい勝利を持ち帰りましょう」


 踵を返す。本陣を抜けて目指すのは自らの愛騎、翠竜スヴァークのもと。

 首元の襟巻を持ち上げて口元を覆うと、仄かにぬくもりが伝わってくる。五年も使い続けて若干くたびれてきた藍色のそれには、蔓のような刺繍があしらってあった。



   ●



「老いぼれめ、ようやく上がって来たか」


 黄色のドラゴンに跨り、見せつけるように上空で旋回していたオットー・ヨラが、遅れて敵陣から飛び上がる茶色の騎影を見てせせら笑う。

 特に華やかさのない地味な騎影。上昇の速度にも目を見張るものもなく、あくまで凡庸な手綱さばき。――それだけで相手が何者かなど察するに余りある。


「赤竜頼みの小娘になどよく従う。老いて気骨すら失ったか、ハータイネン」

『……貴様に気骨云々を語られるとはな、ヨラよ』


 しわがれた声が魔力を通してこちらに届いた。……竜騎士の加護はたとえ敵対していたとしても健在である。双方の波長さえ合わせてしまえば、風音騒々しい空でもこの距離ならば問題なく会話を交わせるほどに。

 白髪の目立つ初老の竜騎士は、ゆったりとドラゴンを羽ばたかせて上昇しヨラと並ぶ。改めて被りなおした兜のスリットから、感情の窺えない眼光がヨラを睨み据えた。


『私としては、貴様が辺境伯に楯突いたことの方が不思議でならぬ。そこまで道理を弁えぬ男ではなかったはずだが』

「はっ、道理だと……?」


 嘲笑する。……戯言極まりない。この老人は竜騎士たちが辺境伯から受けた仕打ちを覚えていないのか。


「土地を奪われ、兵を持つことを禁じられた。一領を有していた誇りある騎士がだぞ。申しつけられるのは小役人や兵卒にでも任せられる雑事ばかり。我々は伯の小間使いになったわけではない……!」

『時代だ。狭い半島を小領主が小分けにする時代は終わったのだ。小競り合いにかまけていられる余地はない。これからはより視野を大きく、それぞれが同じものを目指して動かねばならぬ』

「あの傭兵どもの風下に立って、か?」

『…………』


 黙り込んだハータイネンに、ヨラは畳み掛けるように言葉を重ねる。


「三百年だ。我ら三百年の忠勤を、あの小娘は無下にした。たかが竜騎士、吹けば飛ぶとでもいうように。そして手を組んだのはよりにもよってあの傭兵。奴はあの下民(りょうし)の一味なのだぞ」

『……あれは、正当な処分だった。ハルト・ロイターはああなるに足る因果を得ていた』

「嬲り者にされ、最期は頭を粉々にされる因果など! 貴様はわかっていない。あれは、あの末路は我々の未来なのだぞ……!?」


 あの光景は悪夢そのものだった。誇りある竜騎士が得体のしれない『客人』にいたぶられ晒し者にされ、最後には二目と見られぬ死に様を晒したのだ。

 あれを座視した辺境伯への憤りもあるが、それ以上にあれにすり寄ったアリシア・ミューゼルは断じて許せない。認められない。

 竜騎士の誇りはどこへ、矜持はどこへ。何故恥も外聞もなく下賤の民の力に頼ろうとする。いっそ滅びを良しとして真っ向から魔王に挑んだ方がよほどましではないのか。


「魔王相手に討死する最期は許容しよう。たとえデーモンに八つ裂きにされるとしても受け容れる。だが奴らと――あの狂人に背中を預ける未来など永劫有り得ん……!」

『……卿は――』

「貴様もだ、ハータイネン。老いぼれは大人しく引き下がっておればよいものを、そこまであの小娘に覚えめでたくされたいか。どこまで落ちぶれるつもりだ」


 ヨラの罵倒にハータイネンは沈黙で返した。大きく息を吐く音がこちらに届いてくる。


『…………意気は、汲む』


 今度こそ、決裂の音が聞こえる。


『あの日、あの猟師の仕打ちは、確かにむごいものだった。あの血まみれの鎚がこちらに向けられると思うと、私も身が竦む。ロイター卿の手向けを願う卿らの意志ももっともだと思う。

 だが――――私は、未来を信じたいよ』

「貴様……」

『娘が婿を取ってな、孫が生まれたのだ。……目に入れても痛くない。いずれ家を継がせたいと思っている』


 何も見えていない。

 老人は正しく耄碌し、迫りくる防ぎようのない破滅を受け入れようとしない。

 先にあるのは、誇りある滅びか無様な悶死でしかないというのに。


『ベッケンバウアーと別れたときにも感じていた。卿らには未来がない。この戦いに勝ったとしても、その先の魔王相手に潔く討死しようという破滅の志向しかない。だから私は、それには付き合えない』

「――――そうか」


 ならば死ね。

 言葉は無用だ。せめて竜騎士である内に引導を渡してやる。それが年老いた先達への、せめてもの餞となるだろう。


「残念だ、ハータイネン卿」

『私もだ、ヨラ卿。――だが、勘違いはするな』


 なに、と聞き返す間もない。

 翼を広げた茶色のドラゴンが、ひどくゆったりと目の前をよぎった。


『私は確かに才に乏しい。ロイター卿の娘ほど魔法に長けているわけでも、ルオン・マイヤーほどにドラゴンに精通しているわけでもない。

 しかし――――それだけで易々と墜とせると思われるのは心外だ』


 兜のスリットごしに覗く眼光が、ヨラを貫いた。


『付き合ってもらうぞ、オットー・ヨラ。精々足を引いてやるとしよう』


 上等だ、とヨラが吼える。

 茶の騎影と黄の騎影、二つのドラゴンが上空にて激突した。

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