半島再統一戦争①
コロンビア半島北方に位置する平原にて、辺境伯軍と反辺境伯軍――以降竜騎士同盟と呼称――が相対した。
戦力比はおよそ1.5倍。辺境伯軍800に対し、竜騎士同盟は1200もの歩兵を動員するに至った。本来主力があの港町に釘付けにされている中よほどの無理をして掻き集めたのか、装備が貧弱で鎧すら支給されず農具で武装した農兵もちらほらと見えた。
ちなみに辺境伯軍800のうち500が『鋼角の鹿』という比率だ。イアン・ハイドゥク麾下独立歩兵は戦闘員で総数700名。交易都市と領都の防衛に200を置き、残り全てをこの戦いに注ぎ込んだことになる。
辺境伯直属軍はアリシア麾下に入り本陣を固める。そして『鋼角の鹿』を前面に押し出してせめぎ合う構えである。
すなわち、主な戦力は以下の通り。
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【竜騎士同盟】
竜騎士ルドルフ・ベッケンバウアー(本陣) 歩兵300
竜騎士ハイモ・ディカー (本陣) 歩兵200
竜騎士ヴィルヘルム・ノイマン (後陣) 歩兵100
竜騎士シュルツ・ハービヒ (先陣) 歩兵200
竜騎士ユリウス・メルクル (左翼) 歩兵200
竜騎士オットー・ヨラ (右翼) 歩兵200
なお、竜騎士たちは騎乗により手勢から離れることから、直接の指揮はそれぞれの副官が務めることとする。
【辺境伯軍】
次期辺境伯アリシア・ミューゼル (本陣) 歩兵300
武官竜騎士アーデルハイト・ロイター (本陣) 単騎
『傭兵卿』イアン・ハイドゥク (先陣) 歩兵200
武官竜騎士エルヴェスティ・ハータイネン(先陣) 単騎
『豪剣』ウェンター副団長 (左翼) 歩兵200
『禿頭』ガイン中隊長 (右翼) 歩兵100
武官竜騎士は軍制上私兵を持たず、単騎にて飛行戦力を行使するものとする。
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明け方に同盟側が一足早く布陣し、それに対応するように辺境伯軍も戦場に到着、陣を敷いた。両軍とも奇抜な陣形を選ばず、本陣の前方に三部隊を置く形となる。
先手を取って場所を選べた分だけ同盟軍側に地形が有利となった。ベッケンバウアーのいる本陣はやや山なりな地に陣を構え、敵全軍を見張らす事が出来る。……どうせドラゴンに乗って飛び立つので、見晴らし云々の話などあってないようなものだが。
「――ドラゴンが少ないな」
正午の太陽に照らされた敵軍の全容を眺め、ルドルフはそんな感想を抱いた。……ドラゴンの隠しようのない巨躯は戦場でも目立つ。それが辺境伯軍でわずか三か所にしか位置していないことに、ルドルフは疑問を口にする。
「次期辺境伯、あの娘が矢面に出てくることはあるまい。となると実際に飛び立つのはあの二騎か」
「ロイターの娘とハータイネン卿ですか。散々渋った挙句あちらにつくや早速点数稼ぎとは、ご苦労なことです」
「…………しかし、侮れぬ」
横合いからディカーが口を挟んだ。多分な嘲りを含んだ口調に閉口する思いでルドルフは答える。
「アーデルハイト・ロイターはあの若さでドラゴンとの同調を果たした俊英と聞く。魔法の腕も相当のものだとも。ハータイネンはあの戦場を俺とともに生き延びた男だ」
「生き延びただけです、運が良かっただけでしょう! ――おっと失礼。……いえ、ベッケンバウアー卿を侮ったわけではなくてですね」
「わかっている。気にしていない」
実際はこの男が自分のことをさほど重んじていないことを薄々感じ取っていた。しかし、そんなそぶりを欠片も見せずにルドルフはディカーに続きを促す。
「ハータイネン卿といえばもう齢五十を超える老禿でしょう? これといった優れた噂も聞きませんし、大した脅威にはなりえませんよ」
「…………」
……果たして、本当にそうだろうか。
たしかにあの老人は才に乏しい。アーデルハイト・ロイターのように魔法に長けるというわけでもないし、かのルオン・マイヤーのようにドラゴンの扱いに秀でているわけでもない。
――しかし、そんな平凡な老人が生き残れるほど、あの地獄は生ぬるかったか。
「気に負いすぎですよ、ベッケンバウアー卿。あるいは難しく考えすぎている」
考え込むルドルフに対し、ディカーはあくまで気軽な口調で言った。
「数合わせです、十中八九ね。あちら側についた竜騎士はあの二人合わせてもたった四騎。うち一人は鞍の据わりも悪い青二才で、もう一人はドラゴンが休眠期に入って戦力にならない。満足に動けない彼らを交易都市と領都の守りにつければ、たとえ役者不足でも前線にあの老人を引っ張ってこざるを得ない。……そう言う理屈です、賭けたっていい」
「ふむ……」
もっともらしい理由づけだが、どこか釈然としない。しかし、いつまでも悩んでいられる時間がないのも事実だ。
ひとまず迷いは置いておき、敵をいかに料理するかを考えるとしよう。
「さしあたっては敵右翼でしょうか。一目でわかるほど陣が薄い。さぞ燃えやすいでしょうな」
「東の森に近いな。いざ劣勢になれば茂みに逃げ込む算段か」
「ははっ、森などもろとも焼き払えばよいでしょう!」
敵の陣立てを眺めながら攻め筋を考える。とはいえ竜騎士の戦とは単純にして強力無比。筋立てなど、どの獲物から屠るか順番を定める程度のものでしかない。
いくつかのやり取りのあと、ルドルフは端的に決断した。
「――決めた。やはり右翼を攻めるぞ」
「林に逃げられる前に、ですかな?」
「ふん。――ハービヒとヨラにはそれぞれの正面を攻めるように伝えろ。竜騎士には竜騎士、ロイターとハータイネンを引きずり出して相手をさせてやれ」
「その間に、我々主力が無防備な歩兵を焼く、と」
嗜虐的な笑みを浮かべてディカーが頷いた。
「とすると、四人でかかりますかな?」
「いや、ヴィルヘルムは残す」
思いもよらないルドルフの言葉にディカーが訝しげな表情を浮かべる。
「……よろしいのですか?」
「三人でも火力過多なほどだ。後詰めにひとりは置いておくべきだろう」
「しかし……いえ……」
敵の小細工に対応するためにも、こちらに余力を残しておくのは悪い手ではない。
そう説明するルドルフに、ディカーは曖昧に口を濁して沈黙した。何か不満を抱えているような、そんな色を瞳がやけに印象に残った。
「――この一戦が我々の未来を左右する。心してかかれ、竜騎士たちよ」
ルドルフの檄が飛ぶ。伝令が慌ただしく駆け出すのを見送ると、竜騎士二人はそれぞれのドラゴンが待つ陣へと足を向けた。
――――曇天の果てに飛ぶ小さな影が、甲高い鷲の嘶きを響かせている。




