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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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名もなき港町にて①

 雪が解けた。宣言した刻限である。

 港町の西に臨時の防壁として築かれた雪の壁はほとんどが溶けかかり、残るは三割といったところか。ここ最近の陽気から見れば、五日と経たずに溶けきるに違いない。


 春の日差しを見て取った女魔族カーラは即座に行動に出てみせた。配下のガーゴイル、インプ、デーモンたちを招集し、旧芸術都市を進発したのは明け方のことである。

 そして見せつけるように整然と行進し続け、港町目前に布陣したのが二日後の夕暮れ直前。陣を敷いたまま夜を明かし、朝方から攻めかかる算段だった。


 遺憾なことに、魔王ウルリックからはアークデーモンの使用の許可が下りなかった。……あの大勝のあと、魔王軍は不可解な停滞を見せている。奇妙にも魔王自身が拡大へ消極的な姿勢を見せたためである。

 まずはあの戦で得た魔力溜まりによって兵力を蓄え、戦線の充実にはかるべし――至極もっともな結論であるがために、反論もまた難しかった。


 ……もっとも、たとえカーラが声を大にして主張しようと、魔王のあの様子ではてんで動く気がなさそうだったが。


「……何か、他に理由でもあるのかしらねぇ? 陛下が知っていて、アタシが知らない何かが……」


 それについて何も言わないザムザールの態度も癇に障る。何かを掴んでいるのかいないのか、曖昧な表情で表面上はこちらを立てて来る姿が、まるで姑息な演技ではぐらかそうとしているようにも見えてしまう。

 何を知っているのか。それとも知っていた(・・)のか。自分にとっては不可解でも、百年前の魔王もどきにとっては当然の選択だというのか。


「――――は、馬鹿馬鹿しい」


 腹の奥底をくすぐられるような感覚を誤魔化すようにカーラは一笑した。……あの死にぞこないが魔王陛下に匹敵する見識を持つだと? 有り得ない。そんなことはあり得てはならないのだ。


「……一体どんな顔をするのでしょうね、ザムザール。あなたが執着する紅銀の国、あなたが関わる間もなく滅びたと知ったらどう思うのかしら」


 魔王軍の軍師的立ち位置に収まったあの男はこの場にはいない。南にて兵力を立て直した王都勢力と、西の丘陵地帯のさらに西、ザルム渓谷に立てこもったウォラン王率いるドワーフ勢力の警戒のため、召喚した新戦力を編成し直す事務作業に追われている。

 半島への未練は存分にあるのだろう。兵を起こすとカーラが宣言したときの、何とも言えない表情が忘れられない。


 情けも容赦も与えてやらない。この港町を突破すれば、街道を抜けて領都までもが剥き出しになる。一気呵成に攻め上がってやるとしよう。

 幸いにして半島は今まさに内乱のまっさなか。守りに割くべき歩兵もこの港町に釘付けになっている今、ここを潰せば半島は丸裸も同然だ。さらには東へ道を分かれれば要塞都市にも接続する。リザードマンへの警戒を強めている彼らも、まさか後背を突かれるなどとは夢にも思うまい。


「ふふ……愉しみねぇ、コーラル。アナタは一体どんな足掻きをしたのかしら。必死で人手を駆り立てて柵でも立てたのかしら? 落とし穴なんて陳腐な小細工はやめてほしいものねぇ」


 雪に阻まれ帰還もままならず、港町へ閉じ込められているであろうあの男のことを考えるだけで笑いが込み上げてくる。

 港に小舟が数度にわたって行き来したのは報告を受けているが、それで得られる兵力などたかが知れている。おまけに人数がいたのは最初のひと便だけで、それ以降の往来は数人がいいところ。――半島も、手を出しようがないほど苦境に立たされているのだ。


 舟で猟師が逃げた、などとは思わない。あれは自分の獲物、自分の運命だ。あれだけ挑発してやったのだ、あちらもこちらの執着ぶりを知っている以上、必ず受けて立ってくる。

 勇者とは、英雄気取りとはそういうものだ。 


 精々涙ぐましい努力を積み上げてみるといい。もろとも踏みつぶされたときにどんな顔をするのか、今からそれが愉しみでならない。


 ふわり、とカーラの身体が宙に浮きあがった。背中の蝙蝠の翼を伸ばして羽ばたけば、ゆったりとした速度で視界は高度を増していく。

 冬以来に見下ろす名もない港町は雪の防壁を失い、防御と呼ぶもおこがましい貧相な姿を晒して――


「――――――え?」


 壁だ。

 壁がそびえている。

 半壊した雪壁の向こう側、港町の西面を、まるで立ちはだかるように土の壁が遮っていた。



   ●



「――墨俣一夜城、とはいかなんだが」


 なかなかの手際じゃろう、とギムリンは嘯いた。

 右手につるはし、左手に木槌。頭に巻いた手拭いは泥で茶色に汚れている。顔や服装も例外でなく、元がどんな色だったのか判別できないほどに泥だらけだ。

 ドワーフのプレイヤーは聳え立つ土壁の上に陣取り、雪壁ごしに覗く魔族軍に相対する。


「間に合った! 悠々軍を進めたのが祟ったのう! 奴らが呆然とするさまが見てみたいものだわ! ――馬鹿めが、馬鹿めが! 兵法を知らぬ凡愚め! 雪解けが貴様らのみに利すると思ったら大間違いじゃ!」

「お主はほとんど働いとらんじゃろうが……」


 呵々大笑するギムリンの傍らで呆れた声を出すのは老ガルサスだ。疲れ切った仕草で首を振る老人も例外なく泥まみれで、見て取れるほどに疲労が窺える。

 ガルサスから突っ込みを受けたギムリンはそれでも気にした様子なく鼻で笑い、


「何を言う。儂も人足に混じって汗を流したじゃろ。少なくともヒューマンの三倍は働いた自信があるわい」

「もともと頭脳労働だけの予定だったじゃろうが」

「土が凍り付いて作業が滞ったのが悪い。じゃが間に合ったじゃろ。――いやぁ、雪解けでぬかるんだ土は円匙の通りが良いわ!」


 突貫工事だった。あと一日でも早く魔族が到達すればこの防壁は未完全に終わっていたに違いない。冬の寒さにつるはしすら通さないほど凍り付いた地面を掘り返し積み上げて堀と壁にするなど、つい一週間前までは不可能だった。

 やむなくギムリンたちドワーフ集団は予定を変更。インベントリにぶち込んであったドワーフ合金製の金具を、近場の森から切り出した木材と組み合わせて防御兵器を製作。さらには雪解けに合わせて速攻で作業にかかれるよう、骨組みを組み上げ粘土を捏ね続ける毎日を過ごす羽目になった。


「……丸太を組み、竹を編み、捏ねた粘土はローマンコンクリート。領都の人間まで使って材料を揃えたのじゃ。パーツを合わせるだけならガンプラみたいなものよ」

「それつまり連撤しないとできないって言ってません……?」


 足元から声が聞こえた。見下ろせば青白い顔色をした女魔法使いが、げっそりと疲れ果てた様子で薄汚い毛布を被って横になっている。


「……ひどい。こんな扱い酷い。私ホワイトワーカーなのに、こういうの嫌だから転職したのに。毎日毎日馬鹿みたいに寒い風の吹く海の上を往復させられて。風が寒いって言ってるのに魔法でさらに風を吹かせて舟を進めろとか、スクリューはあるけど動力がないからお前が動かせとか、なんなのいったい」


 付与魔術師シャンテ。領城の研究室で眠りこけているところをギムリンに叩き起こされ、物資運搬の任を押し付けられた。

 不足した建材やら辺境伯軍の糧食の追加を運んだのは彼女である。インベントリがあるという理由だけで。


 言いたいだけ恨み言を重ねると、シャンテは事切れた死体のように脱力した。頭から被った毛布からぐうぐうと淑女らしからぬいびきが響いてくる。

 つい手が空いているならと強引に連行してきた女魔法使いのありさまに、思わず二人のドワーフは顔を見合わせた。


「……寝かしとくかのう」

「うむ。しかしここだと具合が悪い。下手をすれば流れ弾の的じゃ」

「仕方ない、担ぐか。……ううむ、宿までかなり距離があるではないか。ほれ、そこで寝ると泥が染みるぞ」

「お主が敵相手に見栄を切りたいからと来たのではないか。あぁもう下がれ下がれ」


 シャンテを背負いあげ、いそいそと土壁を降りるドワーフ二人。総大将(オスヴァルト)の待つ本陣への道すがら、身軽な方のガルサスは背後にあるであろう魔族の軍にちらりと視線を送った。


「……儂ら(ドワーフ)は穴熊が得意でのう、森に引き籠るエルフともそう引けは取らん。――我らの積み上げた仕掛け壁(・・・・)、とくと堪能するがよいさ」

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