集う竜騎士
煌々と篝火が燃える。春の近い夜空で、星と火の光が地上を照らしている。
北方の砦の中庭に、五人の男が集まっていた。
アリシア・ミューゼルの勧告に従わず、反旗を翻すことを決した竜騎士である。うち三人はつい先日まで旗色を明確にせず、次期辺境伯の恫喝めいた要請を受けてようやくルドルフ・ベッケンバウアーに合流した男たちだった。
「――まさか、竜騎士が六人も集まろうとはな」
そのうちの一人、シュルツ・ハービヒが言った。くすんだ金髪に口ひげを蓄えた、壮年の男だ。
この中ではあの敗戦をベッケンバウアーとともに生き残り、この反乱に真っ先に迎合した男である。
「……正直に言おう。来るとしてもあと一人が精々だと思っていた。現にハータイネンは離脱したのでな」
「無理はない、奴の旧領は南にあった。取り戻したところで領都との関わりは断ちがたい。あちらについた方が利があると判断するのも道理だろう」
水を向けられた男の一人が言った。――ユリウス・メルクル。敗戦時は半島に残留し、魔物の生息する北方の警戒に当たっていた。
僅かに青みがかった巻き髪の男だ。歳の頃は四十半ば、髭は綺麗に剃りあげて洒落者らしくかっちりと衣装を着こなしている。
「しかし、六人。これならば辺境伯とも互角以上に戦えますな。まったくもって幸先のいい!」
手を叩いて喜ぶのはオットー・ヨラ。前辺境伯からは領城にて待機を命じられ、そこで討死の報せを聞くことになった男だ。
油で撫でつけた赤髪に恰幅のいい身体つき。――否、ルオン・マイヤーの体格が鍛錬で鍛え上げたものであるのと比べると、彼のそれはいささか以上に脂肪の比率が多いように見える。
「辺境伯なんするものぞ! 世間知らずの小娘にお灸を据えてやろうではないか!」
「はは。まったくです、ヨラ殿」
調子よく笑い声を上げるヨラにハイモ・ディカーが同調する。鼠のように目の細い、どこか本心の窺えない男だ。
「イアン・ハイドゥクが後見についたとて、所詮彼らは歩兵に過ぎません。空から襲いかかり纏めて焼き払う竜騎士の相手などできようはずがない。そして彼らにつく竜騎士で脅威になりうるのは精々がロイター卿程度。このまま平押しでも勝てる相手ですねぇ」
「ははっ、貴公もなかなか強気ではないか!」
「昂揚もしようというものですよ。我々は今、ともすれば新たなる半島の覇者の誕生に立ち会っているのかもしれないのですから」
「――口が過ぎるぞ、ディカー」
そこに、不意に砦の扉が開け放たれ、中から一人の男が姿を現した。
巌のような体躯、使い込まれた重鎧。突き刺すような眼光でディカーを睨むと、ルドルフ・ベッケンバウアーは重々しく口を開く。
「俺たちはあくまで辺境伯に諫言申し上げているにすぎん。新参の傭兵ばかり重んじられる閣下を戒めるためにな。……半島の覇者だと? 埒にも及ばぬ選択肢だ」
「ええ、その通りですベッケンバウアー卿。我々も道を誤った若き辺境伯に心を痛める同志。ですので――」
「それに」
言い繕うディカーをじろりと睨み、男は言う。
「立場は同じ、とはいえ貴様らと同類に扱われるのは心外極まる。優柔不断にもぎりぎりまでこちらとあちらを秤にかけていた連中が、俺と同志だと? 面と向かって袂を分かったハータイネンの方が骨があったぞ」
「まあまあ、そうわざわざ波風を立てずとも」
「大体だ、そもそも――」
宥める口調のディカーにさらに口を荒げようとしたルドルフは、ふと何かを目にした途端黙り込んだ。
ルドルフが向ける視線の先には一人の男。竜騎士たちの会話には混ざらず、黙然と佇んでいた歳若の竜騎士。
「ヴィルヘルム……」
「お久しぶりです、従兄上。ヴィルヘルム・ノイマン、罷り越しました」
言葉少なに頭を下げる男に、ルドルフは驚きを隠せない。
「……来るとは、思わなかった。お前は――」
「アーデルハイトの縁者。――ええ、確かに従兄妹の間柄です。より詳しくははとこの間柄ですが」
ヴィルヘルムは祖父がベッケンバウアーの出で、母方がロイターの血筋に当たる。近縁というほどではないがアーデルハイト・ロイターと親戚にあたり、辺境伯にはその繋がりで恭順するものと思われていた。
そんなルドルフの予想を裏切って現れた青年は、微かに瞳に険を宿して訴える。
「……しかし奴は――辺境伯につくあの猟師は、ハルト従兄を殺しました。そんな無法者をのさばらせる辺境伯になど未練はありません」
「そうか……」
沈痛に目を伏せるルドルフ。若いうちに惨殺されたハルト・ロイターの件はルドルフの記憶にも深くこびりついている。近しかった人間ならばなおさらだろう。
――当然、それを為した悪名高き猟師のことも。
「今こそ、ハルト従兄の仇を討つとき。若輩なドラゴン乗りですが、存分に使い潰し下さい」
「ああ、頼りにするぞ、ヴィルヘルム」
望外の助力を得た。そう確信を持ったルドルフは今度こそ笑みを浮かべてヴィルヘルムの肩を叩いた。寡黙な青年は沈んだ瞳ながら口元に僅かに笑みを浮かべる。
時にただの力以上に頼みとすべきものがあるとすれば、それは絆である。――そう断言したくなる繋がりが二人の間に存在する、そう信じて。
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「――さあ、時は来た……!」
ルドルフ・ベッケンバウアーの檄が飛ぶ。括目し歯を剥いて吼える男の声は砦中に響き渡り、中に籠る兵たちの鼓膜をびりびりと震わせた。
「これより四日後、我らは南へと軍を進める! 若さゆえに道を誤る辺境伯閣下へ、我らが諫言申し上げるのだ! 大義は我らにこそあり。来たるべき魔王軍との戦いを前に、竜騎士いまだ健在なりと天下に知らしめん……ッ!」
――ォォオオォォオオォオオオオオオ…………!
示し合わせたようにドラゴンの咆哮が天に轟く。いまだ冷え込む春先の夜空に、闘争への熱気を乗せて。




