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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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援軍などない

 二月が終わろうとしている。雪解けの季節が近付こうとしている。

 半島の雪解けは三月も終わりの頃だが、それより南の地域ではまた勝手が変わる。具体的には、王都なら月替わりとともに雪は消えるし、旧芸術都市なら三月半ば頃が季節の変わり目だ。


 オスヴァルト・ミューゼルが拠点としている港町もまた例外ではなかった。比較的海水温度の温暖な内海の風を受けてか、半島より幾分と雪の解ける速度が早い気がする。一週間前までは常に霜が降りていた浜辺も夜明けとともにぬかるむようになったし、心なしか行き交う雲の形まで変わってきたようにも思える。

 ――季節が変わろうとしているのだろう。


 それはつまり、女魔族カーラが切った期限に迫ろうとしているという意味であり、このままいけば打開策もなく芥のように蹂躙される末路が迫っているという意味でもある。

 援軍は来る気配を見せない。雪に閉ざされた半島ゆえに、春にならなければ兵を起こすことすらできないだろう。

 竜騎士ならばあるいは空路を飛んで来ることもあるかもしれないが、あの戦いで竜騎士が激減した今、下手に半島の守りを薄くするのははばかられる。……たかだか歩兵を助けるために領都を危険に晒すことになるなど、オスヴァルトは御免だった。


 そんな、絶望が刻一刻と迫るのをただ座視する日々の、ある朝のことだった。

 港町の北にある波止場に、小さな帆舟が漕ぎ着けた。



   ●



「…………」


 北の波止場にて来訪者を迎えたオスヴァルトの眼前に、目を疑いたくなる光景が広がっていた。


「……まったく、どうして儂がこんな真似をせにゃならんのじゃ」

「仕方なかろう。手のあいとる人間は少ないんじゃ。そもそもお主の発案じゃろうが」

「そうは言うがな、儂はただの宝石匠じゃぞ? 荒事なぞめっきり向かんというのに何をさせるというのじゃ」

「それを言ったら儂だってそうじゃろ。武器なんぞログインしてから一度も持ったこともないというのに! ほんとは今頃、蒸気機関の試験運転をしとるはずじゃったのに!」

「はっはー! お主にだけそんな美味しい思いなどさせるものか! 旅は道連れじゃざまあみろ!」


 ――否、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。


 波止場の留め木に係留した小舟から真っ先に降り立ったのは、ギャンギャンとやかましく口喧嘩に興じるドワーフの二人組。ひとりは黒髪黒髭で生え際の後退した頭の持ち主で、ひとりは白髪と皺の目立つもじゃもじゃ男。両方とも老人と呼ぶのがふさわしい風体と言葉遣いで、どちらかといえば白髪の方が年上のように見える。

 二人の背後にはまた十人足らずのドワーフが舟から降りてきて、思い思いに伸びをしたり雑談に興じたりとまとまりがない。


「道連れいうがな? そもそも今回、儂無関係じゃろ! 言いだしっぺのお主が来れば済んだ話ではないか!」

「残念じゃがそれだと物資が足りんでなぁ。誰かしら『客人』が要るのは確定じゃろ。なら勝手知ったるなんとやらでお主に白羽の矢が立つのもまた必定というものよ」

「ファック! インベントリなんぞ世界観壊すだけのクソ仕様じゃねえか運営仕事しろ!」


 ……まさかとは思うが、これが援軍?

 たちの悪い冗談のような思い付きに、不覚にも眩暈がした。


「――おう、貴様がここの責任者の叔父御殿か」

「……オスヴァルト・ミューゼルだ。暫定的にこの町の名代を務めることになった」


 ちなみに王都から派遣されていた元々の町長は失踪したあとだった。指揮権の一元化という意味ではオスヴァルトに全権が委任されたのは結構なことだが、そのため余計にこの町から離れられなくなってしまった。

 不利だからとこの町を見捨てて半島へ帰還すれば辺境伯の威信にかかわる。ただでさえ兄が討死し王国の権威に傷がついているというのに、辺境伯家まで落ちぶれたところを見せるわけにはいかない。


「……それで、貴様たちが半島からの援軍というわけか?」

「儂らが戦闘職に見えるか? 増援ではあるが援軍などではないわ! 残念だったのう!」


 黒髭の方が煽り口調で笑声を上げる。どうやらよほどここに派遣されたのが気に食わなかったらしい。首元の髭をぼりぼりと掻き毟りながら矮躯のドワーフは続けた。


「援軍はない! 半島の方でも反乱が起きての、それの鎮圧にアリシア・ミューゼルはてんてこ舞いよ! ここに送る兵がいるなら領都の守りを厚くするわな!」

「反乱だと……!?」


 なんということだ。王都のマクスウェルに引き続き半島にまで。これではどこもかしこも火山の噴火口のように火種まみれではないか。

 これでは港町の防衛どころではない。一刻も早く領都に帰還して――


「あーあーあー! 血迷うな血迷うな! まずは足元を固めんか!」


 思わず取り乱しかけたオスヴァルトに白髭のドワーフが言った。


「ここは絶対死守の防衛戦じゃろ。ここを抜かれたら魔族に半島か要塞都市への道をくれてやる羽目になる! わかっとるじゃろそれくらい」

「うむ。おまけにその傷ではまともな戦力にならんだろうしのう。大人しく春まで養生することだわ」

「ぐ、ぬ……それは、そうだが……」


 痛いところを突かれたとオスヴァルトは肩を押さえた。いまだ負傷した肩は癒えきっておらず、動かすたびに痛みが走る。無理矢理に治そうにもただの傷薬にすら事欠く現状、高価な魔法薬など望むべくもなかった。

 ……半島には娘が、姪が残されている。彼女たちがいる半島が危機にあることを思うと居ても立っても居られないが、それをどうにかする術も持ち合わせていないのだ。


「…………俺は――」

「阿呆! 気落ちなどしとる場合か!」


 肩を落として吐こうとした弱音を遮り、白髪が言った。


「春が近いじゃろ! 敵が迫っとるじゃろ! うじうじ身内の心配なぞしとる暇なぞあるか! まずは自分の身を全うせい!」

「応とも。まずはこの難局を生き延びることからじゃな。何しろ時間がない。今日からでも準備に取り掛からねば」

「準備?」


 なんのことだとオスヴァルトは首をひねった。港町の西面は堀を通し壁を築いている最中だが、案の定春までに作業が終わりそうにない。このままでは防壁不十分の状態で雪で作った仮の壁が解け、刻限通り襲来する魔族軍を不利な条件で迎え撃たなければならないと覚悟を決めかけていたところだ。

 それを、今しがたやって来たばかりの十人かそこらのドワーフで完成までこぎつけるとでもいう気なのか。


「言っとくがな、単純労働などせんぞ、儂らは」


 オスヴァルトの内心を察したのか、白髪がつまらなげに鼻を鳴らした。


「もとより儂は宝石匠でな。肉体労働には向かんのだ」

「奇遇じゃな。儂も鍛冶屋で鎚より重いものなど持たん主義じゃ。土嚢なぞ持ちたくもない」

「人足ならばお主の配下を使うがよかろう。というか適当な人手をこっちに寄越せ」

「は……は?」


 訳も分からず混乱するばかり。目を白黒させるオスヴァルトに、黒髭が呆れた口調で言う。


「単純作業の人手がいるのじゃ。細かい方は儂らがやるが、持ち運びだの嵌め込みだのは誰にでもできるしのう」

「しかし、それでは防壁の建設が――」

「構わん。遠目に見た感じ、どうせ間に合わんようだしの。……それに、時間を稼げばいいんじゃろう? 楽な仕事じゃ、屁でもこいとれ」


 不意に、黒髭のドワーフの手元から青い燐光が噴き上がる。光の粒子は量を増すとともに老人の手元に集まり、一つの物体の形をとった。


「――蒸気機関開発を邪魔された腹いせじゃ。プレイヤーのチートぶり、存分に思い知らせてくれるわ」

「ついでにドワーフの叡智もお見せしよう。……なに、仕込みは用意してきたわ。予算が半年分吹っ飛んだがな」


 顔を引き攣らせるオスヴァルトをよそに、ドワーフ二人は兄弟のような仕草で肩をすくめた。

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