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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
416/494

×騎士道 △武士道 〇●道

 何の皮肉か、決起したベッケンバウアーは逆に領民に決起されることになった。

 とはいえ、表立って大々的に反逆する、というわけではない。年貢を過少に報告したり、労役や兵役につく人員がタイミング悪く『病気』になったりとささやかなものだ。しかし塵も積もればというように、それが村一つだけでなくベッケンバウアー領全域で起こればどうなるか。答えは語るまでもない。


 男は長老たち村人の決断に感極まった様子で喜んだ。これでベッケンバウアーに対抗すればあるいは娘を取り戻す材料になるかもしれないと。

 涙ながらに感謝を告げる男は、その足で他の村も巡ってみるのだと語った。同志は多ければ多いほどいい、領内全域でこの機運が高まれば、より領主も話を聞きやすくなるだろう、と。


 村を発つ男の腰には、小ぶりな手鎌。

 柄の先に細かく鎖が連なり、分銅が取り付けられた特異な鎌だった。



   ●



 街道をてくてくと進んでいく。

 背中には古びた背嚢。村人から譲られた古い外套を羽織り、足を踏み出すたびに木靴がカツカツと音を立てた。

 暴行を受けたにしては軽い足取りで歩き続ける男は、村から十分に離れて人目が無くなったのを確認するとにやにやと嘯いた。


「ちょろいもんだぜ」


 先の騒動、一から十まで嘘っぱちである。

 男――タグロは当然近くの村の住民でもないし、徴税官から暴行も受けていない。娘なぞ、リアル時代から彼女すらいないのにどうやってできるというのか。


「ばってんまあ、あんご夫人もあくどかことば思いつきなしゃんな」


 キヒヒ、と笑い声が口から漏れた。見咎める者がいないのをいいことに、地が出るのが抑えきれない。


 ……偶然領城に訪れていたところをほとんど面識のない人物にに呼び止められたときは何事かと思ったものだが、なかなかどうして話の合う女性だった。

 ――兵は詭道なり。仏僧の嘘は方便で、武士の嘘は武略である。敵を騙すなら味方からというのなら、真っ先にペテンにかけるのは利害関係のない中立勢力からが具合がいい。


 ――ディール大陸の植物には、皮膚に触れると過剰なかぶれを引き起こす漆の一種が繁殖している。ちょうど、殴られたときにできる青痣のようなかぶれだ。

 故郷にいたときに使っていたものと姿形が似ていたから試してみたが、まさかのビンゴだった。それも皮膚炎自体は数日で後遺症もなく消え去るという便利仕様。出来るならリアルに持ち帰って栽培してやりたいほどである。

 切り傷も、自分で付けた後に引かない類の傷だ。数日食を細くして肉を減らし化粧と薬品で飾り立てれば、憐れにも兵士に暴虐を受けたどこにでもいる貧相な貧乏農民の出来上がり。


 まさにちょろい仕事である。


「あぁ恐ろしい(えずか)恐ろしい(えずか)。ここまでトントン拍子に進むとは思わなんや、いったいどこまで見通しとーんやら」


 本来、農民へ紛れ込むのは困難を伴う。人口の少なさもあり、閉鎖的な気風も相まって、村人が隣村の人員構成まで把握しているということが珍しくないからだ。見かけない人間がいくら地元民面して振舞おうと、あっけなく見破られるのが関の山である。

 そんなタグロの懸念を、仕事を依頼したエリス夫人は一笑に付した。そして断言したのである――小細工を施すだけで、半島民は見事騙されてくれるだろう、と。

 その理由は、半島特有の特殊な事情に起因していた。


 ――いいですか、タグロ殿。辺境伯領、特に北方に居を構える農民たちは、横の繋がりが強くないのです。

 いいえ、正しくは繋がりが断ち切られ、今なお修復の途にあるというべきでしょうか。


 スタンピード。

 十五年前に半島全域を襲った、大勢の魔物の南下進行。

 あれによって壊滅的な打撃を受けた農村は数多く、生活の成り立たなくなった農民の逃散が相次ぎ廃村に追い込まれたところも少なくない。

 発生した流民は半島外へ逃れるか、今の交易都市付近にイアンたちの支援を受けて新たな従属村を作ったという。


 ――ならば、人のいなくなった半島北部の村落跡はどうなったのか。

 新たに開拓民を受け入れて、農村を再建させようとしたのだ。

 辺境伯主導で行われた再開拓計画は、竜騎士領接収から数えて十年に及ぶ長期的スパンを見越していて、未だ半分の行程すら達せていない。すなわち北部は、志願者が流入し続けている状態にあるのだ。


 この状況ならば再開拓民の一人を詐称したところで怪しまれることはない。事実、タグロは彼ら村人にありもしない村の住民を名乗ったが、彼らは怪しむこともなく易々と受け容れてしまった。人の出入りが激しのだから、そんな人間もいるのだろう、と。

 田舎にあるまじき緩さである。そんな調子ではどこぞの詐欺師にいいように食い物にされてしまうに違いない。まったくもって由々しき事態、これは身をもって是正させねばなるまい。

 かくして一念発起したタグロは策士エリス夫人の導きに従い、先の副将軍のごとくひとり半島行脚を決行するのであった。


さて(しゃて)、次ん村はどっちやったっけ」


 次はどの手で入り込もうか。いっそ徴税官の格好に扮して悪徳風に振舞ってやろうか。思案するタグロの顔は、いつになく生き生きと輝いていた。


 ――別に、手に鍬や竹槍をもって立ち上がれと唆しているわけではない。むしろそんなことをされるとあとあと面倒になるからやめてほしいくらいだ。

 必要なのは不信の萌芽。本当に領主として相応しいのが誰なのか、惰性に思考を停止させている村人に選択の余地を与えるのだ。

 あちらとこちら、一度比較してしまえば羨望の種は容易く芽吹く。きっかけさえあればいい。そして人の心を揺るがすのには、遺憾なことに恐怖が最も手っ取り早い。


 僅かに反感を抱いてくれたらそれでいい。年貢をベッケンバウアーへ差し出すことに抵抗を覚えさせる。それだけだ。

 徴税官が現れたところで、きっと彼らは出し渋る。規格の違う緩いマスを使うかもしれない、一部を義倉から持ち出して隠してしまうかもしれない。――今はそれだけで十分だ。


 調略は積み重ねがものを言う。草は数代かけて地元に溶け込み、暗殺は十年かけて遂行するのがザラである。今回は急場しのぎ、大きな結果は求めていない。


 さしあたって一通り北領を巡った後は、急いで交易都市に戻ることになる。

 何しろ人手が足りない。インベントリが使えるプレイヤーはどこもかしこも大忙しだ。

 ノーミエックとかいう商人と、締めの一押しをして回らなければ。


≪経験の蓄積により、『扇動』レベルが上昇しました≫

≪スキルレベルの上昇により、魔力値が上昇しました≫


「そげんもん上がったっちゃ嬉しゅうなか!」


 大体なんだ、『扇動』って。演説家になぞなった覚えもないというのに。


 どこかでスキルを消してくれる神殿とか無いものか。そんな感想をぼやきながら、タグロは街道を北へ足を急がせて行った。

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