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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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立場、身分に縛られる

 三人の竜騎士が反旗を翻し、半島北東にあるルドルフ・ベッケンバウアーの旧領にて軍備を整えている。

 集まる兵の多くは三家に元々仕えていた私兵だ。彼らが領地を返上し辺境伯の直参へ編入された際、編成からあぶれてしまった連中である。……とはいえ、別に士気が劣悪であったり能力が不足していたというわけではない。

 竜騎士家が俸禄制になった以上領地を守る兵は不要、という理屈で多くが辺境伯軍へ編入された。必要なのは領内を巡察する衛兵であり北方からの魔物の襲来を警戒する偵察兵。他領の領主との小競り合いのために兵を抱え込むことも、貴族としての見栄を保つために必要以上の私兵を持つことも禁じられたのだ。


 予算には限りがある。人員の整理を目的とした再編である以上、私兵としても領兵としても雇われずはみ出てしまう人材が現れるのは当然のことだった。

 員数外となった私兵たちはあるものは帰農し、あるものは地元の名士として帰郷し、またある者は用心棒として村落の一角に職を得ることになる。


 ――そこにあってのこの敗戦である。辺境伯軍に編入された歩兵たちの多くは死に、竜騎士すら二十人が命を落としている。生き延びた連中もオスヴァルト・ミューゼルとともに港町に釘付けにされ、さらに雪解け期に予想される魔王軍の侵攻に備えるために身動きが取れない。

 従軍経験者、あるいは単純に武器の扱いに長けた潜在的な兵力。そんな彼ら元私兵たちは否応なく自らの価値を引き上げ、今回の竜騎士蜂起に呼応して北方に集結することとなった。


 ……いやはや何とも言い難い。あぶれたとはいえ彼らもまた代々竜騎士に仕える身分に未練があったと見た。そんなやる気があるなら半島なんか飛び出して、王国の適当な貴族家にでも売り込みをかければいいものを。



   ●



「動けないな、残念なことに」


 ハスカール新城の一角にある一室、猟兵に割り当てられた小会議室に、俺の声が響いた。

 小会議室には猟兵中隊50人、俺の部下の大半が雁首を揃えている。各自思い思いに寛いで、中には机に頬杖をついて舟をこぐ馬鹿もいる始末だ。


「動けないって、どういうことかしら?」


 エルモが言った。疑問形で訊ねているものの、その表情に困惑の色はない。周囲の隊員たちに説明の機会を設けるためにあえて発した疑問のようだった。


「あの戦争に辺境伯軍の大半を持っていかれたせいで、半島の中身はほぼガラガラ。対して私たちは出番のない海岸警備で戦力温存してほぼ無傷。今なら好き勝手動いたって誰も邪魔できないわよ?」

「ウッス、ぶっちゃけ今なら俺らだけで天下取れる勢いじゃねえっすか?」


 まぁこの寒さで戦争なんてやってられませんけどねー、とだらしなく椅子にもたれながら続けたのはセドリック分隊長だ。どちらかというとエルモに近い気質の彼は身も蓋もない手段を躊躇なく実践するきらいがある。


「……雪解けと同時にベッケンバウアー領に散兵で潜入、敵本拠近くで集結して城門を閉じられる前に強襲。竜騎士だってドラゴンに乗せる前に殺すなり縄をつけるなりすればいい。楽勝ですよ、賭けたっていい。――ちょうどいいだろ、俺ぁもともと竜騎士(あいつら)が嫌いだったんだ」

「ま、好きな奴はここにいませんわな」


 ノエ分隊長が続けた。今年三十路を迎える彼は半島北部の生まれで、つまりはあのスタンピードの生き残りである。

 彼はもちろん交易都市に十年以上所属する人間は、竜騎士に対してあまりいい印象を持っていない。財政が逼迫していた当時の辺境伯家では、スタンピード被害への保障が十分に施されなかったためだ。生まれ故郷で生活がままならなくなった村人が逃散した結果、受け皿となったのがハスカールである。


「聞けば連中、もともと抱えてた私兵を呼び戻すだけじゃなく、近くの農民まで強引に徴兵してるらしいっすよ。急な挙兵だから装備も整わず、棍棒とピッチフォークで武装させて隊列を組ませてるそうで」


 クロスボウのいいカモですわと嘲笑も露わに吐き捨てる。ノエ分隊長も理解しているのだろう。徴兵された彼らが、古き良き竜騎士の常套戦術に用いられる肉壁にされるということに。

 ――ただの一度でいい、敵をわずかに堰き止め、ひとところに固めることができれば農兵の役目は終了だ。上空から襲来した竜騎士が敵味方区別なく焼き尽くすことだろう。


「……胸糞悪い。どうしてこれで動けないんです?」

「大義名分がないからだ」

「はぁ?」


 俺の返答に分隊長が語尾を跳ね上げた。納得しがたい表情でまじまじと俺を見つめてくる。


「相手は騎士とはいえ謀叛人でしょうが。それを討つのにどうして大義名分が要るんです?」


 実にいい質問だ。思わず頷いてしまいたくなるほどシンプルな疑問である。

 しかしコトは政治が絡む。イアン・ハイドゥク団長の今後を考えると、軽々しい武力行使は逆に首を絞める結果になりかねないのです。


「――相手さんは謀叛するだなんて一言も言っていない。今後の辺境伯領のため、統治方針について忠言する体を取っている。……事実、地方自治の政治形態は状況によっては間違った統治ではないからな」


 あちらの言い分は単純明快――領地を返せ、独自の軍を構えさせろ、それをやるための金をよこせ。代わりに武力を提供しよう。

 臣下により大きな権限を与えれば、その分だけ君主の負担は軽減される。国の中にまた一つ国を作るようなもので、領内全てに目を行き届かせる必要がなくなるためである。

 そもそもの話、辺境伯という身分自体が王国から多くの権限を委譲され問題の多い半島を統治するためのものだ。それを思えば彼らの言い分はさほど的を外した話ではない。


「さらに序列の問題も絡む。竜騎士たちは新参の俺たちが気に入らない。長くから辺境伯に仕え、最強の兵科として君臨してきた竜騎士を差し置いて、前辺境伯はぽっと出の歩兵――それも傭兵上がりの男を重用し始めた。おまけに直々に自分の姪まで娶らせる始末だ。見るものが見れば、うちの団長は上手い具合に辺境伯に取り入った奸臣に見えるだろうよ。 

 そんな中、奴らの反乱に俺たちが真っ先に動いて鎮圧したとする。……これは難癖つけられるぞ」


 見ようによっては、反目していた家臣の一人をこれ幸いと反乱に乗じて討死に追いやった真っ黒家臣の出来上がりである。

 辺境伯の姪を娶っているというのもこの状況ではよろしくない。極めて遠縁ではあるものの、団長とリディア夫人との間に生まれた子息には辺境伯家の血が流れている。つまり低位とはいえ継承権を有しているのだ。

 そんな状況で団長が独自に動きベッケンバウアーの反乱を打ち滅ぼしたとする。傍から見れば団長は、自分に都合の悪い同僚を排除し、果ては自分の息子にミューゼル領を継がせようと暗躍するタチの悪い親族衆そのものだ。


 独断専行が悪いなら許可を取ればいい、とアリシアの元へ参じてもアウトだ。その場合竜騎士から、主君を誑かし自分以外の権威を除こうとするろくでなしの烙印が押され、見事残る数人足らずの竜騎士を敵に回す結果になりかねない。


「――つまりこの騒動を俺たちが治めるには自ら動くのではなく、お嬢自身の要請がなくてはならないわけだ。それもこちらから担ぎに行くのでなく彼女自身の信頼によって俺たちを頼ったという体を取らなくてはならない。おまけにそうやって頼ろうにも、普段から親しくしているからという理由でなくれっきとした忠誠心を証明して信頼を得たからという理由を得てからになる」

「隊長、それ凄いめんどくさいです」


 言うなよ、それが政治だ。


 ただでさえ奴らの要求には交易都市の税収の一部を寄越せというふざけた文言があるのだ。これ以上付け入る隙を与えればどんな難癖をつけられることか。

 ただ手段を選ばず勝てばいい傭兵時代のやり方は通用しなくなった。今後は正道に基づいてケチのつけられようのないやり方で進めていかなければならないということだろう。


「……そんなわけで、今は俺たちは動けない。敵が仕掛けるのを待つか、こちらから大手を振って攻め入れる大義名分が必要なわけだ。もっとも――」

「コーラル、猟師コーラル。ちょっとよいか」


 長々とした講釈が遮られる。振り返れば小会議室の入り口に、ガルサス翁が難しい顔つきで佇んでいる。


「……老ガルサス。何用ですか?」

「至急じゃ、謁見の間へ急げ。えらいことになっとるぞ」


 髭だらけの顔に、更に皺が刻まれる。


「――――このままでは、下手をすると血を見るかもしれん」

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