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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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瘴気島の隠者

 廃城を南回りにぐるりと迂回し、西へ続く道を更に外れると、小高い丘がある。

 日の当たりと風の通りがよく青々とした草が生い茂った丘で、よくよく眺めてみれば数種類の薬草が素人目にも見て取れるほどに緑の豊かな土地だ。


 そんな丘の上にぽつんと寂しく建つ小さな庵を視界に収めたとき、テオはようやくひと息入れる気分になれた。


「あれが……」

「うん、キャバリーの家だよ」


 思わず漏れ出た呟きに先導するノエルが振り返って答えた。慣れた足取りですいすいと道なき道を行くそのさまは、彼女が何度もこの経路を通ってここに訪れていたことを示していた。

 大きく南を回り込むとはいえ、廃城のゴブリンたちの放つ斥候に気付かれる恐れもあった。いくらノエルが義勇団で最も魔法の扱いに長けた魔法使いであろうと、何が起こるかなどわからないというのに。


 ……そんなに、そのキャバリーというやつが気になるのか。


「どんな奴なんだ、そいつ」

「そいつ?」

「キャバリーとかいうやつだよ。仲、いいんだろ?」


 つっけんどんな口調になったのは無意識だ。

 自分の知らない間に、幼馴染が知らない男と会っている。魔法などという瘴気島の住民からは縁遠い代物を教え込んで。

 不気味に思う以上に、そのキャバリーとやらのことを楽しげに話題にするノエルを見ていると胸の内がむかむかする。


「……仲、いいように見えるんだ?」


 テオの心中を知ってか知らずか、立ち止まったノエルはきょとんとした表情で目を丸くした。


「……見えてない。会ったことがないんだから見えるわけないだろ。ノエルの話から聞いた感じじゃ、そう聞こえるんだよ」

「私の話?」

「まるで、その、こぃ……親友みたいな言い方だったじゃないか」

「ぶふっ!」


 歯に物が挟まった言い方をするテオに、ノエルが思わずといった様子で噴き出した。


「なんだよっ、何がおかしいんだ!」

「だって! テオがおかしなこと言うんだもん……!」


 赤面して怒鳴るテオ。対してノエルはけらけらとどこまでも底抜けな笑い声を上げた。


「キャバリーが親友? そんなわけないじゃん! だってキャバリーってば、私が魔法の練習で失敗すると決まって嫌味ったらしく笑いものにするんだよ! あんな性格の悪い親友なんて……!」


 じゃあなんでそんなに楽しそうに笑うんだ――――思わず喉から出かかった台詞を呑み込む。複雑なテオの心境を知りもせず、ノエルは屈託のない笑顔で言った。


「テオも会ってみればわかるよ! ものすごく偏屈で無愛想で、とても寂しそうな人だったよ」


 隠者の住む庵は近い。丘の上までもうひと踏ん張りだ。

 きっと半刻もしないうちに、彼女の言っている意味も分かるだろう。



   ●



「――んむ…………おぉっ! ノエルではないか! 半月ぶりだのう!」


 滅茶苦茶愛想いいじゃねえか。

 思わず出かかった感想をテオは苦労して呑み込んだ。いきなり幼馴染に裏切られた気分である。


 丘の上に到着してみれば、庵の軒先で藁を編んでいる小柄なローブ姿の人影があった。フードを目深に被っていて人相は見て取れない。ただ、風の吹くまま開け放たれた庵の簾から中を覗くに他に人もいない。ならその人影がノエルの言う『キャバリー』なのだろうと踏んでいたテオなのだが、それがこのざまである。


 面を上げてこちらを見るや喜色満点に声を張り上げるローブの人物に、話が違うと隣の幼馴染を振り返るテオ。青年の何とも言えない視線をなかったように丸無視し、ノエルはその人物に大きく手を振る。


「……なぁノエル、あれがキャ――」

「お久しぶりーイニティフさん! 今日は何してるのー?」

「――バリーじゃないんだな、うん。なんとなくわかってた」

「うむ、そろそろ冬も終わりじゃろ? なかなか美味なミカンの木を見つけたので、害虫避けにコモマキとやらをしてみようとな」

「この島でミカンの木なんて――」

「やだなぁイニティフさん、こも巻は冬になる前にやるものだよ」

「なんと!?」

「…………うん、もういい……」


 ちなみに過去の『客人』が広めたというこの習慣、害虫避けの効果など一切ない。むしろ害虫の天敵の方を集めて殺してしまうので逆効果とさえ言われている。

 スルーされるのにもいい加減慣れたテオは、改めて目の前の人物を見やった。


 ――フードを外して露わになった顔は、意外にも幼さすら感じられるほどだった。

 歳若い少女だ。陽に照らされていながらもやや青白い顔色が気になるが、それ以外は何の変哲もない。濡れ羽のような黒髪を肩のあたりで切りそろえ、頬の辺りに小さく描き加えたような刺青が彫られている。

 ……やけに強く薬草の臭いを漂わせていて、思わずむせ返りそうになった。


「――で、イニティフさん。キャバリーはどこに?」


 やたらと言葉遣いが老人臭いイニティフという少女についてテオが思いを巡らせている間に、ずんずんと話が進んでいく。直截に問いかけたノエルに対し、イニティフは軽く首を傾げた。


「うむ。この時間じゃと……そうじゃな、西の海岸ではないかのう? 最近はいつもあそこで海の果てを眺めておる。そろそろ帰ってくる頃なんじゃが――」


 そう言って西に続く獣道を振り返るイニティフ。――すると噂をすればというやつか、西の森から丈の長い雑草を踏み分けて現れたひとつの人影があった。


「イニティフ、帰り道で熊を殺した。何かに使えない――――」


 途切れる台詞、制止する足音、ノエルたちを認めた目が不快そうに細まる。

 剣呑な雰囲気を纏った少年と裏腹に、イニティフは我関せずと能天気な歓声を上げた。


「おぉ! 今宵は熊鍋といこうかの! それとも数日は日を置いて熟成させようか。肝は干せば薬の素材じゃ。毛皮は丈夫な敷物になろう。血を抜いてそこいらに塗りたくっておけば臭いを嫌って魔物除けにもなるわ。ほれカル――キャバリー、はよ案内せい。どうせ血抜きもまだなのであろ?」

「…………そいつら、なに?」


 少年の視線がイニティフ、ノエル、テオの順に伸びる。……いや、これはもう睨みつけているという方が近い。特にテオの、思わず腰に差した剣に伸びた手を見るなり瞳に警戒の色が宿った。

 村のチンピラ――そんな印象をテオは抱いた。閉塞した田舎の空気に耐えられず、しかし出ていくこともできない若者が持つ、今にも暴発してしまいそうな雰囲気だ。


「まったく愛想がないのう! せっかくノエルがお主に会いに来たのじゃぞ?」

「今日はキャバリーに相談があってきたの。実は――」

「知るか。帰れよ」


 意気揚々と用件を伝えようとしたノエルの言葉は、ぶっきらぼうな声に遮られた。

 半眼で三人を睨みながらキャバリーが言う。


「こないだ言ったよな、もう免許皆伝だって。教えることはないから魔法の練習は自力で進めろって。何無視して来てるんだよ。頭のなか蛆が湧いてるのか」

「おい……」


 少年の言葉にこめかみを引き攣らせたテオが向き直る。剣の柄から離した手を胸の前で組み、ボキボキと関節を鳴らした。


 ……一時とはいえ魔法を教えた弟子に対する態度ではない。いくら魔法に長けるといって、態度がデカすぎるのだ、この少年は。

 礼儀知らずの悪ガキには鉄拳制裁を喰らわせてやる。


 立ち塞がったテオを前に、キャバリーは身構える気配も見せず胡乱げな視線を向けた。物怖じする様子はなく、代わりに挑発気味な舌打ちを聞こえよがしにひとつ。

 一触即発。今にも殴り合いをはじめそうな二人に制止の声がかかるのはある意味当然のことだった。


「待てキャバリー。ここで暴れられると我が家が被害を受けるじゃろうが。喧嘩ならふもとの海岸でやるがよいわ」


 イニティフだ。彼女は険悪な空気の二人に割って入ると、ひらひらと手を振ってキャバリーに相対した。


「熊の血抜きや解体に時間がかかる。肉が悪くなるでさっさとやってしまいたいのじゃ。わかるの、キャバリー?」

「…………あぁ」

「儂はしばらく家を空ける。その間、そこな二人の応対をやっておいてくれるかの。――ノエルたちは儂の客でもある。無下に扱って失礼の無いようにするのじゃぞ?」

「…………わかったよ」


 渋々といった様子で頷く少年。振り返ったイニティフは、どんなものだといわんばかりの得意満面な笑みを浮かべていた。


「そういうわけで儂は一旦席を外す。あとは若い者同士で、というやつだの!」


 呵々々々と笑声を上げながら少女が姿を消していった。呆気にとられて残された三人のうち、回復の早かったキャバリーが深々と溜息をついて二人を促した。


「とりあえず、中に上がれよ。話だけなら聞いてやるからさ」

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