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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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来訪

 ――芸術都市を巡る戦いにて、王国軍と辺境伯竜騎士団は多大なる犠牲を支払いました。喪われた将兵の命は数知れず、その犠牲を前にしてはただひたすら哀悼の意を示すのみであります。


 しかし懸念は尽きません。特に戦死した竜騎士十九名。竜騎士とは乗騎たるドラゴンあっての貴族位。ドラゴン無き彼らに貴族家を名乗る資格があるのか疑問視せざるを得ません。

 ともすれば家格剥奪、平民に落とすことで辺境伯家内の人事整理に踏み込むのではないか、という疑念が尽きず、遺された遺族の中で疑心暗鬼が渦巻いております。

 あるいは彼らの戦死もまた、その状況を見越したうえで辺境伯が企図した策謀ではないのかという暴論すらまかり通るとのこと、家中の安定は心許ないことお察し申し上げます。


 ――先の戦いにおける辺境伯の失策は明白。戦力の曖昧な敵勢に自軍の全力を差し向け返り討ちに遭ったこと、これはルフト王国王子ロドリックの敗走に匹敵する不手際と申せましょう。

 辺境伯軍の統率者として辺境伯が責任を負うべきは自明であり、閣下が亡き後その責を継ぐべきは次期辺境伯アリシア・ミューゼル閣下以外にありえぬと愚考する次第であります。

 次期辺境伯閣下におかれましては、一刻も早く前辺境伯の葬儀を執り行い、来るべき魔王軍との戦いに備え一層の軍備の強化に励んでいただきたく。


 先の戦いの爪痕は大きく、これより辺境伯領を覆わんとする暗雲は深く、見通しの困難な道程となるでしょう。

 特に竜騎士の激減による辺境伯軍の戦力低下は著しく、これまで前辺境伯が目指した集権的政治では手が足らず、更なる辺境へ目が行き届かなくなることは容易に予想が尽きます。

 かつての構想を実現するには更なる時間が必要であり、時間を要しては来たるべき戦いに間に合わない。前閣下の構想は、抜本的見直しを行うべき地点に来ていると愚考いたします。



 ――――権限の委譲を。辺境伯閣下の忠実な家臣に、より確かな信頼の証をお与えくださいますよう。



 生き残った十にも満たない竜騎士たちに、半島領を分割して統治権を与えるのです。

 大領を得た竜騎士たちはより強力な歩兵を率い、強大な魔王へと当たるでしょう。一騎当千の勇者としてでなく一軍の将として辺境伯家に忠義を果たすことを誓い申し上げます。

 土地を得た竜騎士たちもまた、再び取り返した領地を守るため死力を尽くして魔王との戦いに粉骨砕身するでしょう。


 つきましては、任された領土を発展させるための初期費用を辺境伯閣下自らご負担なされれば、彼らに更なる恩義を与えることになり、いっそうの忠誠に繋がることでしょう。

 ご負担が重いようであれば、近年発展著しい交易都市ハスカールに一部を負担させるがよろしいと存じます。

 彼の者らは戦闘巧者を嘯きながら先の戦いに一度も加わらず、ただ西海岸の守備にて終始しました。手つかずの戦費があり余るハスカールの財を用いれば、辺境伯領の財政はたちどころに回復すること間違いありません。


 ――王国は崩壊し、その権威は失墜いたしました。もはや王国と辺境伯との間にしがらみはなく、縁を保ったところで百害あって一利なしと存じます。

 ここは無意味となった次期辺境伯閣下とロドリック王子殿下との婚約を破棄したうえで、改めてふさわしい相手を求めるべき時期であります。

 幸いなことに、私ルドルフ・ベッケンバウアーには今年十一になる息子がおります。次期辺境伯閣下の御心があくまで領内の安定に向いていることを半島内外に知らしめるためにも――



   ●



「ふざけた文言を恥ずかしげもなく! ベッケンバウアー、乱心したのですか……!」


 蜂起した三人の竜騎士、彼らから送り届けられた書面を流し読んだアーデルハイトは隠しもせずに激昂を露わにした。怒りのあまり握りしめた拳の中で書状が千々に千切れる。若草の竜騎士はそれを躊躇いなく手の中に熾した火で消し炭に変えた。


 ……まだ葬儀の手配も済んでいないというのに。世迷言を垂れ流す阿呆がまさか三人も。

 馬鹿げた佞言だ。失墜した辺境伯の権威をいいことに、要はかつて失った自らの領土を取り戻したいだけではないか。地方分権だの統率力の向上だの歩兵団の増員だのと綺麗ごとを並べてはいるものの、所詮彼らは数を減らし相対的に一人一人の価値が増大した竜騎士の武力にかこつけて、この半島を分断しようとしている。

 狭い半島とはいえ、十等分もすればそれなりの広さになる。彼らはそこで、この世の終わりが来るまで猿山の大将を気取りたいのだ。


 この火急時に、この鉄火場に! 南海の港町でオスヴァルト・ミューゼルたちが援軍を待ちかねているこの状況で!

 こんな些事にかまけていられる時間も人員も金もないというのに!


「姫様……」


 振り返る。領城の一角、閉ざされたアリシア・ミューゼルの私室の扉からは、啜り泣きひとつ聞こえてこない。

 最愛の父親を失ったとは思えないほどの不気味な沈黙が、目の前の扉から広がっていた。


「――――コーラル。あなたなら、どうしますか」


 思わず、そんな弱音が口を突いた。

 答えてくれる誰かなど、居ないに決まっているというのに。


 こんな時、一番傍にいて欲しい人が近くにいない。


 交易都市は遠い。わざわざ出向いてアリシアを置いて行くわけにはいかない。そもそも、次期辺境伯の側近である自分がこんな時期に不用意に彼らと接触すれば、それだけで他の竜騎士にいらぬ噂を立てられかねない。


 ――古参の竜騎士よりも新参の歩兵ごときを重用する進歩派気取り。


 そんな評価がついてしまえば、新たな辺境伯に忠誠を誓える竜騎士はどれほどいるか。

 こんな時に慎重に動かざるを得ない自分の立場に歯噛みする思いだった。


 ――――と、


「……ろ、ロイター卿……?」


 番兵のようにアリシアの私室の前に控えるアーデルハイトの前に、一人の兵が姿を現した。

 兵士はおどおどと落ち着きのない足取りで、恐る恐る声を上げる。


「…………どうしたのですか。何か姫様に火急の用件でも?」

「い、いいえ。姫様でなく、ですね。ロイター卿に来客がありまして……」

「今は公務中です。客人にはお引き取り願ってください」


 ……来客。親戚とほぼ縁を切り、ただの軍務官として辺境伯家に奉職する自分に?

 友人ならばアーデルハイトが公務中に私用を挟まれることを嫌うことを知っているはずだし、同僚ならばそもそも全員が辺境伯の葬儀の段取りに忙殺されている。――――ならば、だれが。


 一瞬考え込んだアーデルハイトだったが、すぐに首を振って思い直した。

 用件があるなら後日また話を聞けばいい。今重要なのは不安定な状態にあるアリシアを護り、適切に補佐できるよう常に控えていることだ。


 そう考えて意識を切り替えたものの、当の兵士はまだ諦め悪くその場に留まっていた。


「……何をしているのですか。客人を待たせるのも悪い、早く行ってお帰り願いなさい」

「いえ、それが、ですね……」


 なんなのだ、一体。


 兵士の歯切れの悪さにいい加減苛立ったアーデルハイトが口元を引き攣らせ、面と向かって叱責しようと――


「それが…………もう、こちらに来ておられるようで」

「――――――――――――は?」


 突然に姿を現した人物に、若草色の竜騎士は言葉を失った。

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