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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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波紋は広がる

 王国軍敗走の報せは瞬く間に大陸中へ伝わっていった。北は雪原西は砂漠東は森林、そして南は瘴気島へ。

 知らせが届いたばかりの駐屯所の様相は、まさに蜂の巣をつついたようなと形容するのが相応しかった。率先して逃亡する末端の兵たち、方針を決めかねる指揮官、これ幸いと資金に手を付けて逐電する悪徳役人。


 徴税のための人手すらままならず、そもそもこの年に収穫が叶うかすらも暗雲の中。

 それ以前に、一体誰に対して税を収めればいいというのか。王都を掌握した宮廷魔術師たちに対してなのか、ゴダイヴァに流れ着きマクスウェルへ反攻せんと気炎を吐く王子たちへなのか、瘴気島を収めるに足る実力を持ちながら砂漠民と睨み合い身動きが取れないファリオン騎士団にか。判断しようにも、実力も意欲も正統性も、どれかが欠けた勢力ばかり。

 誰を大樹とすればいいのか、誰もが決めかねていた。


 本来国民を守護する兵士たちは、瘴気島と大陸を繋ぐ唯一の窓口である北の港から離れようとしない。……当然だろう。日に日に数を増していくゴブリンは、辺境に左遷された落ちぶれ兵士ごときにどうこうできる存在ではなくなってきている。昼日中でありながら人里の近くで威嚇行動らしき動作を行うゴブリンの集団を見かけることも増えてきた。

 島民の嘆願に北の兵たちが応える様子はなく、ただ『今秋の年貢はつつがなく収めるように』というお達しが届いたのみだった。


 ――限界は近づいていた。



   ●



「王国兵は一体何をやっておるのだ。この一週間、村の近くでゴブリンを見ぬ日はないぞ」


 瘴気島東部の、とある村の一角で催された寄合いである。東部に散在する村のひとつを代表して集まった壮年村長の一人が忌々しげに吐き捨てた。


「行商から話を聞けば、芸術都市で魔王に敗れて以来各地から兵が引き上げていくというではないか。――はっ、足元が揺らげば身の回りから固めていくか。要は切り捨てられたのだ、この島は」

「しかし徴税官は残っている。税を課すからには島を統治する意志はあるのではないのか? 見捨てられたと見るのは尚早だろう」


 鼻息も荒く言い捨てる男を、また別の年輩の村長が宥める。しかしそんな老人の言葉を壮年の男は鼻で笑ってみせた。


「税を課すからには民を守る意思がある? 奴らにそんな意志などあるはずがない! そもそも俺たちから搾った税をどこ(・・)に収めるのだ!」

「それは……」

「王族のいない王都か? ゴダイヴァに穴熊する王子の元へか? 金も麦も、届けたところで奴らにこの島へ兵を差し向ける余裕などない! 取られるだけ取られるだけだ! 見返りなど得られない! そもそも北の兵たちに麦を渡したところで、手前の懐に入れられるだけだ!」

「…………」

「くそッたれめ! これならゴブリンどもに食糧を捧げて見逃してもらう方がよほど目がある……!」

「タッダ! 貴様、儂ら人間にあの害獣の風下に立てと抜かすか!?」


 好き放題言い立てる男に業を煮やしたのか、奥の壁際に座り込んでいた老人が険しい顔で立ち上がった。額に青筋を浮かべ、怒りも露わに男を睨みつける。


「毎年毎年田畑を荒らす毛むくじゃらの厄介者ども! そんな連中に頭を下げて目こぼししてもらうじゃと? 人間としての誇りはないのか、恥を知れ!」

「誰があんな毛玉に。あくまでこれは取引、協調というやつだ。幸いにして奴らはそれなりの統率を弁えている。話の持ち掛け方次第ではこちら優位に関係を結べるだろうよ」


 それはどうだろうか――集会所の入り口付近で壁に背中をもたれさせながら話に耳を傾けていたテオは内心首を傾げた。

 テオはこの会合に青年団の一員として警護のために立ち会っている。緊急の時は彼らに避難を指示する立場にあるが、会合の内容に口を出すことはできない。

 腰には鋼鉄剣。さすがに胸甲は身に着けていないが、いつでも戦闘に移れるように集会所の軒先に小盾を立てかけていた。


 彼にできるのは、時折村の外から戻ってくる巡回役の男たちから報告を聞きながら、会合の内容に耳をそばだてて自分なりに展望を構えることくらいだ。

 その上で考える。――本当に、人間がゴブリンに食糧を捧げるだけで、あの業突く張りどもに見逃されることになるのだろうか。


 仮に、もし仮に島民がゴブリンへ恭順の道を取ったとする。……建前や名目などどうでもいい、本質が従属であるなら何を言い飾ったところで同じことだ。

 麦を捧げ、衣食を献上し、人間の生殺与奪を丸投げし、腹を丸出しにして寝そべってみせる。――そうすれば、本当にゴブリンたちはこちらに危害を加えないのだろうか。


「……馬鹿な。奴らにそんな頭があるもんか」


 隊伍は組めども所詮は突撃一辺倒な連中だ。たとえ恭順したところで、支配下にある村とそれ以外とを区別する眼も持たないだろう。

 与えられる食糧を当然の権利と思い上がり、人間を奴隷のように扱おうと振舞うに決まっている。

 その時になって、人間がゴブリンを撃退できるかといわれると、それはまずもって不可能だと断言できる。


 島民に数が足りない。全ては数。物量に開きがある。

 一年おきにつがいから五匹以上は生まれるゴブリン。それも獣じみた生命力で環境に対し強い適応力を持ち、数年で肉体的に完成する。そんな存在に潤沢な食糧を献上し続ければどうなるかなど、赤子でもわかる計算だ。

 二年もあれば、人口が逆転する。三年もあれば人間は虐げられるだけの存在となり、四年目には食糧が不足して島全体で飢餓が起きる。全てはゴブリンの繁殖力の賜物で。


 奴らが自業自得の飢えを甘んじて受け入れるわけがない。そうなればゴブリンは以前と同じように、人間の田畑から略奪を行うだろう。

 そうなったらもう詰みだ。ゴブリンは脆弱とはいえ人間の子供程度の筋力はある。同数の戦いならやりようはあるが、二倍三倍となればお手上げだ。人間はなすすべもなく磨り潰される。


 そして養い手を失ったゴブリンも、飢餓を解決することができずに自滅の道を行くのだ。


「バケモンと心中かよ、やってられるか」


 誰にも聞こえない声で毒づいたテオは気を改めて会議に聞き入った。……会議の内容は散々なもの。徹底抗戦を主張する長老と、協和路線を打ち出す中年の村長。彼らが主導する二つの派閥が対立し、平行線をたどっている。

 一応、方針を決めかねている中立派もいるにはいるが、かといって明確な打開策も思いつかないようだ。


 内心は、誰もがあのゴブリンどもを駆逐したい。ゴキブリじみた害獣ども、それこそ虫のように駆除してやりたい気持ちでいっぱいだ。

 しかしそれをやるには武力が要る。奴らの繁殖を上回る速度で島中を潰して回れるほどの軍事力が。

 生憎とテオが属する義勇団は村々の畑を守るのに手いっぱいで、攻めに回れるほどの余裕がない。おまけにゴブリンたちは瘴気島中心部の廃城を根城にしていて、あれを攻めるには少なくない被害が予想される。


 義勇団の構成員とて元を正せばただの農民、農繁期には貴重な人手だ。下手に廃城を攻めて人死にを被れば、今後何年にもわたって傷跡が残る。

 それを恐れて村長たちの誰もが積極的な攻勢を提案できないでいるのだ。


「……うん、キリがないよね」


 誰かが言った。その場に似つかわしくない、鈴の音を転がすような可憐な声色だった。集会場の面々の注意がその発言者に集まる。


「……ノエル、お前――」

「このまま続けてても意味ないよ、これ。だって何を選んでも先がないんだから」


 義勇団の構成員、ノエル。

 この場における唯一の魔法戦力である少女は、この一年で目覚ましいほどの戦果を挙げている。そのせいもあってか、魔法使いとしての視座に立てる貴重な人材として特別に発言が許されている。


 瘴気島島民勢力における唯一の魔法使い。その立ち位置を未だ理解しているか怪しい能天気な幼馴染は、周囲の視線を意に介さず呆気からんと言い放った。


「私達だけじゃゴブリンに勝てない。北の兵隊に頭を下げても税だけ取られて守ってくれない。ゴブリンに降参してもお先真っ暗。……もう結論出たよ、今のままじゃ、私達だけじゃ(・・・・・・)どうにもならない」

「おい――」

「だからさ」


 名案を思い付いたと言わんばかりに、少女はキラキラと目を輝かせて言った。


「助っ人を呼ぼう。心当たりはあるんだ、私」

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