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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
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うろ覚え君主論

 時には、問題を先送りにすることも有効である。


 ルネッサンス期の政治家、ニッコロ・マキャベリの言葉……だったっけ? あれ、ちがう? クラウゼヴィッツ? 孫子はそんなこと言うわけないし……はて、誰が言ったのだったか。

 いかんせん体感時間で三十年以上前に流し読みした書物だ、印象に残るフレーズくらいしか記憶していないのも無理はない。作者名すらうろ覚えというのは我ながらどうかと思うが、今更ログアウトして確かめるというのもアレ過ぎる。


 ――さて、話の続きを。


 長期的な将来に顕在が予想される大問題、しかし打開策は手元になく現状思いつけもしない場合、採る選択肢として『放置して先延ばし』というのも十分に有効である、という意味だ。

 一旦問題を置いておいて時間を置けば解決先が思いつくかもしれない。誰か第三者が手段を伴って現れるかもしれない。時間を置けば問題そのものが形骸化して意味を為さなくなるかもしれない。……このように、緊急性の低い問題なら文字通り時間が解決してくれる可能性も存在するのだ。

 孫子の兵法にもある『四路五道』の思想のように、問題を前にしてとりあえず動くのでなく、構えて座して待つという考えもまた重要といえる。


「――なるほどね。つまりあんたの言い分はそれで全部なわけ?」

「うむ。だから今回の件については我ながらファインプレーだと思ってる」

「馬鹿じゃないの」


 かっこーん、とエルフに投げつけられたマグカップが額に命中。小気味いい音を立てて跳ね上がった。解せぬ。


 ――二月の半ば、俺が交易都市ハスカールに帰還した翌日のことだ。俺はハスカール新城で催された軍議に顔を出していた。


 王国崩壊、竜騎士団壊滅、辺境伯討死という前代未聞の大事件に見舞われ、半島内は混乱の坩堝にあるという。魔王降臨と末法思想は瞬く間に平民たちに膾炙し、このままでは逃散すら危ぶまれるほどなのだとか。

 こうなっては戦時体制など取ってはいられない。人心を落ち着かせるためにも、外への警戒よりもうちの安定を優先するべきという鶴の一声がドナート執政から放たれるのにそう時間はかからなかった。

 西海岸の防備に配置されていた団長たちも交易都市に帰還し、主要なメンバーは顔を揃えている。


 ……そんな中、公衆の面前で顔に物投げつけて罵倒するのは、ぶっちゃけ謀叛案件なのでは?

 メンツを重んじる中世価値観ならブチ切れて決闘沙汰になってもおかしくないのですが。


「…………何をするか」

「何をするか、じゃないわよ馬鹿! あんた病人! 謹慎中! なに勝手に出撃して暴れ回った挙句吹雪の中顔真っ黒にして帰って来てんの!? そこはそのまま町で待機する流れでしょうが……!」

「そうは言うがな、あのまま雪解けを待ってたら敵襲に間に合わないだろう? なら多少無理してでも戻って情報を共有するべきだと――」

「掲示板使え! 無理した結果矛盾脱衣で八甲田山オチだなんて笑うに笑えないわこのバカ!」


 むぅ、部下の無理解が心に響く……

 みんなのために無理を押して頑張ったのにこの仕打ち。今なら十三号機にだって乗れるかもしれません。


「……まぁまぁ、そこまでにしておけ」


 救いの手を差し伸べてくれたのは工房代表のドワーフ、ギムリンだった。寸足らずな身体を椅子の上に乗せ、足をぶらぶらと遊ばせながら言葉を続ける。


「このアホ猟師が独断専行で馬鹿やるのはいつものことじゃろ。どうにか無事に帰ってきたことで良しとするほかあるまい?」

「うむ。ここに来て日は浅いが、そこのヒュームの行動傾向は大体掴んだわ。毎度毎度生きて帰ってくるのが不思議な男だの」


 ついでとばかりに追従するガルサス翁。俺の味方はいないのか。


「――話を戻そう」


 重々しい声が議場に響いた。議長席に座るドナート執政だ。手癖になったのか、片手で自らの義足をコツコツと小突き、片眼鏡の位置を直しながら執政は言う。


「……芸術都市無き今とはいえ、内海の交通の要となるあの港町の重要度は変わりない。領都・内海・港町・大街道・王都という交易ラインを抑えなければ、半島の発展はさらに二十年は遅れるだろう。そうなっては団長のグリフォン退治の功績も意味を失う」

「援軍を送るのは確定ってこったな」


 高座にふんぞり返っていたイアン団長が頷いた。傍らに副団長が控えているものの、いい歳したおっさんの癖に雰囲気はどこか餓鬼大将じみている。


「けどどうやって? 猟師がやったみたいに雪のなか突っ切るのは無理だぞ。半島を出る前に兵の半分が凍死しちまう。――懐炉の魔道具使えば行けるか?」

「あれは懐炉じゃありません、団長。……難しいかと。魔道具の大半は辺境伯軍が持っていきました。余り物ではまとまった数になりません。それに、そこのコーラルでも凍死しかけた道行きです、多少防寒具を充実させた程度で越えられるとは思えない」

「骨のある行商人なら越えてくるんですけどねぇ、十二月のエルフの交易品を目当てに一獲千金を夢見て。……まぁ、一見さんは無理を押して疲れ切った挙句凍傷で手足を失うまでがセットなんですが」

「一番雪が深い季節だしなぁ……」


 副団長の言葉に商人のノーミエックが続け、唸り声を上げた団長が天井を睨む。築五年も経たない城の天井には染みひとつなかった。


「……陸が駄目なら海はどうだ? 舟使えば行けるだろ」


 火山が近いためか、半島西海岸の海は比較的水温が高く、凍り付かない程度には温暖だ。やろうと思えば水路も不可能ではない。それを受けての団長の言葉だったのだが、


「難しいですね。この季節は逆風です」


 渋面を作った商人が首を振る。


「大規模の兵を運ぶなら帆船を使わざるを得ません。寒空の下、逆風を行くとなれば船足は遅くなります。それでも雪解けには間に合うでしょうが……残念なことに、あれは軍船では……」

「良い的だな。火球一発で火の玉だ」

「もとより内海での戦闘はないものとして設計されたので」

「改造でどうにかならねぇか? 周りに鉄板貼りつけたりでさ」

「団長、それではさらに足が遅くなります。一発防げても二発三発撃たれては元も子もない」

「あーくそ、そうだよなぁ……」


 難航する議題。会議は踊り、されど進まず。

 あーでもないこーでもないと頭を悩ませる面々に、きょとんとした声がひとつ。


「――――なんじゃ、貴様ら『客人』の癖に頭が固いのう」


 振り向くと、報告書をひらひらと弄びながら呆れた口調のガルサス翁が。


「簡単な話じゃろ。でかい船が狙われるなら、小さい舟で行けばよい。魔族どもも数人規模の小勢なぞ歯牙にもかけまい。小さい分、手漕ぎの余地もある」

「しかしご老人。たかだか数人程度、送り込んだところで何になるのです。兵を無駄に死なせるだけだ」

「かーっ! わかっとらん! わかっとらんなぁ! これだけ長くやってきて、お主らこの都市の強みがわかっとらんのか!」


 執政の苦言に、ドワーフの宝石師は心底呆れ返った表情で笑い飛ばした。


「援軍なんぞ! 二、三人もいれば充分よ! 人手ならその港町にあぶれるほどいるではないか! よいか? 早い話が――」

「一大事! 一大事……ッ!」


 意気揚々と語り始めた老ドワーフ。しかし彼の言葉は半ばで突如現れた乱入者に遮られる。

 議場の入り口を見やれば、そこには膝に手をついて息を整える一人の男が。


「……ビョルン君?」


 一体どうして、と怪訝な表情でエルモが零した。……自他ともに認める小心者なビョルン君は、滅多なことでこの議場に寄り付かないはずだ。事実今でさえ、議場の全員から一斉に注目を浴びた彼はびくびくと肩を震わせているほど。

 そんな彼が、どんな理由でここへやってきたというのか。


「いち、一大、事……!」


 うわごとのようなビョルン君の声が議場に響き――――次の瞬間、その場の空気が凍り付いた。


「帰還した竜騎士数名と、残留していた竜騎士が結託し、北東部にて蜂起した模様……!」

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