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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
決断を迫る者
401/494

とあるゴブリンの場合:前

 ゴブゴブ、ぼく悪いゴブリンじゃないよ。


「ンなわけあるかボケェエエエエ!」

「ピギャア!?」


 怒号一閃。アムールの繰り出した杖の一撃がカピバラフェイスに直撃し、頭蓋骨を粉砕させる。物言わぬ亡骸となったゴブリンは金属バットでぶん殴られたサンドバッグのように洞窟の壁へ激突した。


「ビギッ!?」

「ギギ!?」


 同胞の末路を見届けた周囲のゴブリンたちが奇怪な悲鳴を上げた。それぞれ手に持つ得物は錆びつき刃毀れの著しい短剣や折れかけた棍棒が精々。真っ向から殴り合ってもどうとでもなる相手だ。


「……ったく、手間ぁかけさせやがってよ……」


 チンピラもかくやとういう形相でアムールはゴブリンたちに凄んだ。手に下げた杖を小脇に抱え、がりがりと頭の後ろを掻き毟る。懲りもせず襲いかかってくるカピバラにうんざりする気分だった。



   ●



 ――今回の任務は、新たにできたゴブリンの巣穴の駆除である。

 瘴気島中心部の廃城に居を構えるゴブリンロード、バーダンの群れから離反した少数のゴブリンが島の西方に新たに拠点を作ろうとしていた。ただでさえ小学生並の知能しか持たないゴブリンが、あまつさえロードの統率を離れて自立しようとしたのだ。思慮もなく好き勝手に振舞って周囲一帯を荒らし回るであろうことは容易に想像がついた。アムールとしても到底見過ごせる事態ではない。

 よって彼らの討伐へと単身赴いたのがつい昨日の明け方の話である。


 幸いなことに、群れ事態の規模はさほど大きなものではない。離反したゴブリンが五体程度に、大陸から海を渡ってきた『はぐれ』が十体。繁殖の暇を与えずに討伐に赴いたこともあり、カピバラどもが巣穴の奥で盛っている光景には出くわさずに済んだ。


 斥候役に巣穴の入り口でたむろしていた二体を風の刃で首を斬って無力化。単身での突入である。

 簡易のトラップは魔法で焼き潰して無効化した。土魔法で壁面をガチガチに固めると、壁の中に二体ほど横穴を掘って潜んでいる気配を発見。周辺の土を石化して封じ込め、餓死させることとする。

 迎撃に現れるゴブリンたちは散発的で装備も整っていない。押っ取り刀で取りも取りあえず駆けつけたという体で、本来後衛職であるアムールにも対処できる程度でしかなかった。


 連携が取れていない。役割が分担しきれておらず、各自にそれぞれ自覚が伴っていない。

 発破を鳴らせば誰も彼もがそちらに首を向けて逆方向が疎かになる稚拙な警戒。所詮は小学生レベルの知能である。

 たとえ統率者が優れた知性を持とうとも、士卒にも一定の脳がなければ組織は機能しない。まさにその典型だ。


 だからこそ、それを見越したうえでアムールはここへやって来た。討伐は容易だと判断した。

 ――これが、群れの全員がバーダンからの離反者で構成されていれば、また別の作戦を考えたであろうが。


 ともあれ、討伐作戦は半分以上完遂している。斥候二体、いしのなかに二体、道中焼き殺したゴブリンが三体、杖で殴り殺した馬鹿が四体。しめて十五体中十一体。

 残りは最優先対象の統率個体とその取り巻きだ。造作もなく他愛もなく、速やかに汚れ仕事を片付けるとしよう。



   ●



 一説に曰く、魔法使いの持つ杖は魔法の補助に用いるのではなく、詠唱中に接近してきた敵を撲殺するためにあるのだという。


「ギャギャッ!」

「グェッ!」

「――燃え盛る王冠、降りしきる雪と灰。噴き上げる黒い水は天を焦がす」


 ほぼ同時に躍りあがる二体のゴブリン。その様を視界に収めつつも口は淀みなく詠唱を紡ぐ。

 ずい、と弧を描いて捻じ込んだ杖先が片方のゴブリンの鼻先を叩き、返す刀で身体を翻しもう片方のゴブリンに足裏を突き込んだ。

 跳べば堕ちる、叩けば弾かれる。気分はまさにピンボール。不用意に跳躍した二体は引き攣った悲鳴を上げながら土壁へ激突した。


「磔刑の魔女は怨嗟の慟哭を上げよ。慈悲はなく、轟炎に紛れ消え去るのみ」


 呪文に外界へ働き掛ける作用はない。あくまで自らの精神を固定させるため、明確にイメージを結ぶための言葉遊びに過ぎない。

 たかが言葉、されど言葉。あらゆる存在を規定するのは観測者による命名だ。何の変哲もない切り株も、腰を下ろせば椅子になり傍らに胡坐をかけば膳となる。両者に違いがあるとすれば、それは呼称そのものに他ならない。

 ゆえに、魔力を形にするに際して言霊を紡ぐという行為は、その在り方を定め存在のベクトルを提示するということだ。



 ――――心を形にせよ。自らの中に世界を作れ。『現実』とやらをおのれの内に模倣する、その精巧さが魔法の精度となるだろう。



 アムールのかつての師は、よくそんな言い回しを自賛気味に笑いながら使っていた。


「さあ――――跡形もなく燃え尽きろ……!」


 火炎魔法が発動した。掲げた左手から赤熱した火炎弾が弾けるように飛び出し、未だ痛みに呻くゴブリンたちに襲い掛かる。

 火球の大きさは握り拳ほどに過ぎずとも、その威力は絶大だ。着弾するや爆発した火炎はその炎熱をもって蹲るゴブリンを一瞬で炭に変える。


「ヒ――――ギギギ!?」


 洞窟の最奥にて群れを取りまとめていた魔法使いの風体のゴブリンは、自らの配下たちが瞬く間に倒れていくさまを前に目に見えて狼狽えた様子を見せた。傍らに控えていた一際体格のあるゴブリンに甲高い声をあげ、自らはもたもたとローブの裾をもつれさせながら身を翻す。


「逃がすか、阿呆」


 たかがゴブリン一体、足止めにもならないというのに。

 嘲笑まじりに鼻を鳴らし、アムールは目の前に立ち塞がったゴブリンへ無造作に蹴りを叩きこんだ。プレイヤーとして鍛えつづけたステータスは呆気なく相手の耐久を上回り、ゴブリンは膝を逆方向に捻じ曲げて悲鳴を上げる。続けて手ごろな位置に下りてきた頭を掬い上げるように杖で一撃。顎を砕かれ脳を揺らされたゴブリンはぐるりと白目を剥いて仰向けに倒れ込む。


射出(Shoot)


 杖先を倒れたゴブリンの喉元に突き刺して止めを刺し、同時に逃走する首魁へと魔法を発動。略式の詠唱で、素の抵抗値の高いゴブリン相手といえど、それを補って余りある技量差が風の刃となってゴブリンに襲い掛かる。


 ――具体的に言うと、逃げようとするその右脚の膝から下を竹輪でも切るかのように切断した。


「ギ――――ギァアァアアァアアア!?」


 ゴブリンの口から悲鳴が迸る。杖を放り出してどうと倒れ、蹲って足を抑える姿に、人里を脅かす害獣としての面影など欠片も見受けられない。

 生臭い血糊の臭いが洞窟に充満した。粘着質な音とともに広がる赤い血だまりの中央に、啜り泣く赤茶けた体毛のカピバラ。傍目から見れば動物虐待の事件現場とも見て取れるに違いない。


 もっとも、どんなに哀れを催させても手心を加える気などないのだが。


「……あぁ、クソが。いちいち手こずらせやがってよ。俺だって忙しいってのに、こんな猿仕事」


 忌々しい気持ちを抑えきれずにアムールは吐き捨てた。……悲鳴も、肉を断つ音も、血の臭いも好きではない。せめて洞窟の外で済ませられれば少しは気が晴れたというのに、ゴブリンの習性上それも難しい。

 必要に駆られてとはいえ、まったくもってやってられない任務だった。


「……ヂ、ヂクジョウ……ぢく生……ッ!」


 不意に、目の前で蹲るゴブリンが言葉を発した。引き攣った不明瞭な声色で、痛みに喘ぎながら、それでも明確に言葉を発していた。

 目元に大粒の涙をたたえ、ゴブリンはアムールを必死の形相で睨みつける。


「あー、悪いことは言わん、早いとこ死んどけ。痛いだけだぞ」

「チクショウ! なんで――――」


 眉をひそめるアムールに、ゴブリンは絶叫した。


「――――なんでアンタなんだ、先生(・・)……!?」

「…………まったく、なんでなんだろうなぁ……」


 かつての教え子の叫びに、ゴブリンシャーマンのアムールは嘆息して天を仰いだ。

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